東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

     東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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インタビュー
2021/07/16

「ドラゴンクエスト」のシナリオライターが、まさかの東方にやってきた。『東方ダンマクカグラ』シナリオを担当した、藤澤仁氏の株式会社ストーリーノートインタビュー

『東方ダンマクカグラ』シナリオ担当、株式会社ストーリーノート 藤澤仁氏・武田稚乃氏インタビュー

 東方Projectのリズムゲーム『東方ダンマクカグラ』(以下、ダンカグ)。本作はDeNAからリリースされるスマホゲームなのだが、同人サークルのAQUASTYLEが企画原案を務めている。いわば商業に同人スピリッツを叩き込んだかたちであり、その魂は、弊誌で行ったインタビューからうかがい知れるだろう。

『東方ダンマクカグラ』とは、同人スピリッツをソーシャルゲームにぶち込んだ野心作だった!? サークル「AQUASTYLE」インタビュー

 だが『東方ダンマクカグラ』では商業側からも、とてつもないスピリッツが、同人たる東方にぶちこまれている。本作のストーリーを、なんと株式会社ストーリーノートが担当しているのだ。

株式会社ストーリーノート

 同社はシナリオ制作を主な事業とする会社であり、輝かしい実績を持つシナリオライターが代表を務めている。「ドラゴンクエスト」シリーズ(以下、ドラクエ)をはじめとするストーリーライターを務めてきた、藤澤仁さんだ。

 商業RPGのトップを走り続けるドラクエ」に関わったレジェンドが、いかにして東方Projectと関わることになったのか? 今回は藤澤さんとともに、ストーリーノート所属のライター、武田稚乃さんにお話を伺った。

 インタビューには『ダンカグ』プロデューサーのうえだPも加わり、AQUASTYLEのJYUNYAさんたかむらさんまで入り乱れ、15000文字を超える「商業とは? 同人とは?」の境界が揺さぶられる逸話が展開された――。

聞き手/葛西 祝・斉藤大地
文/葛西 祝
写真/紡

“エンタメのストーリー水準を上げる”企業とは

――ストーリーノートとはどんな企業かをうかがえますか。

藤澤:
 ゲームのシナリオ制作業務をメインとしています。ですが、「日本のエンタメ作品のストーリー水準を向上させる」ことを企業理念とし、ゲームに限らず面白い物語をいろんなメディアに供給していくエンジンとなることを社命としています。

――あらためまして、藤澤さんの経歴を教えてください。

株式会社ストーリーノート 代表 藤澤仁 氏

藤澤:
 僕は若いころはプログラマーをしていました。ですが、21歳のときに書いた小説が文芸誌の新人賞の最終候補になったんです。それから物書きを志すようになって、27歳のときに堀井雄二さんのシナリオアシスタントとしてゲーム業界、「ドラクエ」の世界に入れさせてもらいました。

 プログラマー経験があるシナリオライター、というのがゲームの制作現場において便利だったんでしょうね。堀井さんの近くで、いろんな仕様のサポートをさせてもらっているうちに、気づけば全部の仕様を見るようになっていて『ドラゴンクエストⅨ』からはディレクターを任せられました。

 シナリオでは、『ドラゴンクエストⅧ』と『Ⅹ』でメインを務めています。

――堀井さんのお手伝いとはどんなものでしたか。

藤澤:
 まず最初は、堀井さんが「次のドラクエはこういうのにしたい」と夢を語るわけですよ。それで、その夢をディテール化していくのが自分の仕事でしたね。

 「ドラクエ」は皆さんご存知のとおり、シナリオが重要なゲームです。だからかなりの領分で、シナリオを優先して作るんですよ。

 システムとシナリオ、どちらに重点を置くかは、ゲーム開発でしばしばぶつかる命題だと思うんですが、ドラクエでは「とにかくシナリオ作りを優先し、ほかのシステムはそれに基づいて調整していく」という制作流儀を確立させながら手伝っていましたね。

――所属していた企業から独立して、ストーリーノートを立ち上げるまでの経緯を教えていただけますか。

藤澤:
 スクウェア・エニックス(以下、スクエニ)で『予言者育成学園【※】』を運営していたとき、シナリオのアシスタントに今泉麻奈美がいたんです。

 いまもストーリーノートでは武田とともにエース級のひとりなのですが、当時予言者のチームを解散するときに、彼女はシナリオライターも辞める決意をしていて、それはせっかくの才能がもったいないという気持ちが強かったんですね。ちょうど僕もスクエニを辞めるタイミングだったので、彼女の仕事を作るために外注として仕事の依頼を請け始めた、というのがはじまりでしたね。

 なので最初は、日本のエンタメ作品のストーリー水準を向上させるとか、組織を大きくしたいとか、そういう大層な気持ちもなく始まった、というのが正直なところです。その後、仕事が1本だと不安定なのでもう1本請けて、そうなると今泉と2人ではやり切れないので、「じゃあ人を増やして法人化しよう」となり、そのタイミングで武田が入ってきてくれました。

【※】予言者育成学園 Fortune Tellers Academy:
スクウェア・エニックスより配信されていたiOS・Android用ゲームアプリ。現実で起きた事の、未来の展開を予知する「リアル連動ゲーム(RXG)」を提唱しており、プレイヤーは現実日本で数日以内に起こる出来事に関するクイズ「予言テスト」に回答して、正解と思う未来を選択していく。2018年6月29日をもってサービスを終了。

――武田さんはどのように参加されたんですか。

株式会社ストーリーノート ライター 武田稚乃 氏

武田:
 藤澤さんが新しい会社を立ち上げたタイミングで、ライター募集の話を知り合いからいただきました。「新しいところで新しいものを書きたい」と思って応募し、入社しました。

 

同人文化たる東方に、いかにストーリーノートは関わることになったのか?

――『ダンマクカグラ』開発へ、ストーリーノートさんはどのように参加される形に決まったのでしょうか。

『ダンカグ』プロデューサー うえだP:
 東方二次創作で誰かにシナリオを頼むとき、まず「東方ってどういうシナリオであるべきなんだろう?」ということが問題になったんですね。

 ZUNさんが作られる原作のシナリオの書きっぷりって、多くを語らなかったり、キャラのセリフも思わせぶりで明かされなかったりと、独特な形じゃないですか。作者の芸術意識に依っているという意味ではある種、純文学的というか。

 「それなら、地の文が強くないと無理だよね」という話になったんです。キャラの掛け合いはもちろん大事なんですけど、そこだけじゃなくて地の文でしっかりと雰囲気を出せる人。だからゲームのシナリオライターというよりかは、本当に小説も書ける方とか、腕のいい方にお願いしたいなというのがすごくあったんです。

 そんなとき、東方我楽多叢誌の主宰の斉藤大地さんから「腕利きのストーリーライターがいる」と聞いて。まさかそれが藤澤さんだと思っていなかったんですけど(笑)。じゃあもうこの方しかいないだろうと。

編集部注:藤澤仁氏と斉藤は、電ファミニコゲーマー副編集長時代に行った取材以来、交流があった。

まず2Dゲームで開発、社員300人で1週間遊ぶ!? 新作ゼルダ、任天堂の驚愕の開発手法に迫る。「時オカ」企画書も公開! 【ゲームの企画書:任天堂・青沼英二×スクエニ・藤澤仁】
https://news.denfaminicogamer.jp/projectbook/zelda

 

藤澤氏:
 斉藤さんとはたまにごはんを食べたり、一緒になんかやれたらいいねって話す仲だったんです。自著小説『夏の呼吸』を上梓したときに本をお贈りしたので、自分の作家性みたいな部分を知っていてもらえたのかな。そんな経緯もあって、「東方のゲームのシナリオやりませんか」とお声がけいただきました。

――藤澤さんは、東方二次創作ゲームのシナリオを依頼されてどうでしたか。

藤澤氏:
 僕も東方のことは一応知ってはいましたけど、それほど詳しかったわけではないんです。娘がニコニコ動画でハマっていて、それを隣で一緒に見ていたくらいです。

 だけど、東方にはたくさんのファンがいる、ファンの熱意があって東方という世界観が象られているということは感覚的に分かっていた。だから、そういう世界に対して、自分たちがシナリオを作る資格があるのか、正直に言えば最初は自信がなかったですね。

――ちょっと変な話ですけど、藤澤さんは堀井さんの「ドラクエ」をディレクターやシナリオを担当することで、ある意味で二次創作的な関わりをしてきたとも言えるじゃないですか。今回、その経験が活かせるとも言えませんか。

藤澤氏:
 うーん、堀井さんがいる中でやっていたので、二次創作だと思ってやってたことはないですね。ただ、いつもイメージしていたことがあって、ほら、「ドラクエ」って基本的に前作の物語を引き継いでいないじゃないですか。

 だから、使えるのは「スライム」や「ホイミ」みたいな世界観くらいで、ストーリーそのものは毎回一から再構築していくわけですね。そういう状況で、自分たちが何に軸足を置いてものづくりをしていたのかと言うと、『ファンに喜んでもらいたい』という一念だったと思うんです。それが二次創作的であるというのであれば、そうだったのかもしれません。

――なるほど、ファンを意識すればこそだったんですね。

藤澤氏:
 はい。なので、東方という世界の歴史やファンのことを考えると、これはそんな簡単な気持ちで請けていいタイトルじゃないと思いました。東方に対する敬意があればこそ、安請け合いはできないと。

 なので最初は積極的な気持ちにはなれなかったのですが、それでも最終的にやってみようと思ったのは、ふたつ理由があります。まずひとつ目は、ストーリーノートのスタッフに「もしも、このプロジェクトをやってみたいと強く思う人がいれば、請けてみたいと思う」と訊ねてみたら、武田が手を挙げてくれたことです。

 

――武田さんは東方のファンだったのでしょうか

武田氏:
 2010年代くらいのニコニコ動画にいて、そのときって東方を見かけない日はないって勢いだったんです。東方は身近なもので、推しキャラもいたりしたので、新しい二次創作ゲームが出るのであれば、関わってみたいという気持ちがありました。

藤澤氏:
 当時の武田は、どちらかと言えば主張が強いタイプではなかったので、最初はちょっと意外に思ったんですよ。でも、だからこそ、これは本気で言ってるなと感じました。ただ、それだけだったら、まだ請けてなかったと思うんです。やってみたいと思った理由のふたつ目は、うえださんでしたね。

うえだP:
 (驚いて)本当ですか!?

藤澤氏:
 はい(笑)。うえださんは初めて会った日に、東方というタイトルの現在地を僕に説明してくれて、「その東方を、老若男女誰もが知っているタイトルにしたい。天下を取らせたい」と熱く語ったんですよ。

うえだP:
 確かに、熱く語らせていただいた記憶があります(笑)。

 自分がこの『東方ダンマクカグラ』の話を最初に伺ったのは2019年の春ごろなんですが、プロデューサーを引き受けるに当たって池袋中の同人ショップを回ったんです。

 今は1個のタイトルを作るにも2~3年かかりますし、開発メンバーの数年を拘束すると考えると、軽々しく引き受けられないじゃないですか。「絶対に成功させてやる!」という確信がないと無理だと思っていて、その意味で「今の東方って、正直どうなっているんだろう?」ということが気になって同人ショップに行ったんです。

 まず同人誌の棚を巡って、東方の棚も勿論ありましたが、当時はほかのタイトルの本がほとんどを占めていたんです。でもCDを取り扱う階に行ったら違うんですよ。東方アレンジCDが、棚をブワーッと埋め尽くしていたんです。それを見て、音楽の力と組むことができたら、東方ってもっと広がる可能性があるな、と思ったのを覚えています。

藤澤氏:
 それで、「こんなに大きな夢を語る人を久々に見たな」と。坂本龍馬に会ったような気持ちになって(笑)。こんなに大きな夢を語る人と仕事をさせてもらうチャンスは逃しちゃだめなんだろうなと思ったんです。

――今回『ダンカグ』のお仕事にはどのように取り組まれましたか。

 

藤澤:
 この仕事を請けて、東方がどういうものなのか一から学び直しました。

 正直に言えば、僕は東方という世界が、もっと猥雑な世界だと思っていた節があったんです。ですが、調べていくほどに、これはそんな安易な猥雑さを狙った世界などではなく、キャラや世界観を真摯に描こうとしている世界だと感じたんです。それで、「この世界ならば、もしかしたら自分にも物語を作れるかもしれない」と思うに至ったんです。

――そういうイメージがあった中、「キャラや世界観を真摯に描こうとしている」と考えるようになられたきっかけがあったんでしょうか。

藤澤:
 ひとつではないんですが、決定的だったのは『幻想万華鏡【※】』を見たときですね。

【※】幻想万華鏡:
同人サークル「満福神社」による二次創作アニメーション作品。
2011年にコミックマーケット80にて『幻想万華鏡 春雪異変の章』を配布し、以後も継続して作品をリリース。サークル「幽閉サテライト」の楽曲『月に叢雲華に風』などのMV制作でも知られる。満福神社公式Youtubeでは過去の幻想万華鏡全作品を公開している。

藤澤:
 自分の中にあった東方の漠然とした知識が、「純粋なキャラ愛が東方という世界を支えている」という認識に変わりました。ファンと作品の共存の仕方が独特で面白く、「これは全力で取り組まなくてはならない」と決心したんです。

 

東方の二次創作を商業のシナリオとして作るということ ―「もしも東方が夏休み公開の映画になったら?」

――どのように今回のシナリオに取り組まれたのでしょうか。

 

藤澤
 まずは社内で「東方強化月間」みたいなことをやっていました。

 うちのスタッフがひたすら東方の知識を吸収していったのもあるし、社外から人を採用するときも「東方どれくらい好き?」と聞いてましたね。東方のタイトルをやっているとも言えないので、ほかのタイトルと混ぜて聞いていましたが(笑)。

 結果として、当時と比べて、うちの東方の知識……いうなれば“東方力”みたいなパラメーターはずいぶんと上がったと思います。

 僕らは社内でシナリオを相互チェックしながらクオリティを高めるんですが、そこも分業が進んでいて「これは物語として展開が不自然だ」とストーリーの指摘をする人もいれば、「これはキャラが違うんじゃない?」とキャラの指摘をする人もいます。

 物語全体が面白くなるよう旗振りするのは自分の役目ですが、実際にキャラ観やキャラ同士の小さなエピソードは、そこに強い人が担当しています。そういう意味では、会社全体の東方の二次創作を作る力は日々強化されていっています。

――今回のシナリオを作るに当たって、東方の二次創作はどういうものを見てきましたか。

藤澤:
 さっきの『幻想万華鏡』を見ていたのと、二次創作ではありませんが『東方茨歌仙』を読んでましたね。もともとはそれくらいで、そこからさらに学んでいきました。

武田:
 ニコニコ静画で、東方のタグでダーっといろんなものを見ていました(笑)。どうしても自分の原風景に「東方と言えばニコニコ動画」というのがあって、そこを探せばなんでもあるんじゃないかという気持ちがあるんです。

――東方で物を作るときって、みんな冒険できることが多いんです。ストーリーノートさんも普段やれなかったことはありませんか。

藤澤:
 新しく入ってきたスタッフには、比較的自由にやってもらっているところがあります。完全に決まった型の中でやるんじゃなくて、みんなが思っている「好き」をぶつけてほしいというやり方をしているのは、このタイトルだけじゃないかと。

 うちのライターは20人以上いて、範囲の広狭はあれど全員が『ダンカグ』を担当しているんですよ。だから、うちの会社では、このタイトルは全員が自分事なんです。ちゃんと自分の案件として受け止めているから、「だんかぐだんちょうのだべりらじお【※】」とかライブもみんなでワーワー言いながら見ているんです(笑)。

うえだP:
 視聴者の1000分の20はストーリーノートさんが見てる(笑)。

【※】だんかぐだんちょうのだべりらじお:
『東方ダンマクカグラ』開発チームである「アンノウンX」団長のサークルAQUASTYLE:JYUNYA氏、副長のうえだP氏による、Twitterに寄せられたダンカグへの質問や、通常生放送の「ダンマク祭」で触れられなかった内容などを取り上げる、Webラジオ形式の生放送。第4回までの平均視聴者は大体1000人くらい。(うえだP談)

 

―― 各ライターが好きな所を書く、というところはまるで同人みたいですね。

藤澤:
 担当を決めるときに「ドラフト会議やりまーす」って言って、若い人から「僕これやります」って挙手していくという。

武田:
 「射命丸のお話取られた!」みたいな(笑)。

藤澤:
 こういう場面では、武田が全体の指揮者になってくれてるんですよ。僕はいくつかのプロジェクトを見なければいけない立場にあることもあって、『ダンカグ』を100%では見られないという現実があります。最終的なクオリティの確認は抜かりなくやっていますが、それでもシナリオ全体を見ているのは間違いなく武田なんです。

――武田さんがシナリオ全体を見るとき、「ここは押さえておこう」というところはありましたか。

武田:
 東方らしさ、キャラらしさはもちろんですが、まずはシナリオとしてのクオリティでした。そこがクリアできないと、藤澤さんのチェックまではいけないので。

藤澤:
 僕のところにチェックが来るのは武田の関門を通ってきているので、ある程度クオリティが保たれてるんです。だから、これは全然ダメみたいなことは一度もなかったですね。

――武田さんは藤澤さんからどんなチェックを受けましたか。

武田:
 いっぱいありました(笑)。セリフが噛み合っていないせいでシナリオの流れが悪くなっているとか、ここで入れたはずの読者への引きや伏線が回収されていない、とか。

 あと、テンポの悪さに関しては「三点リーダーが多い」というのがありましたね。

藤澤:
 僕はとにかく「三点リーダー削るマン」なので(笑)。

――『ダンカグ』のシナリオを書くに当たって、どんなテーマにしましたか。

藤澤:
 僕なりにイメージしていたテーマは、「もしも東方が夏休み公開の映画になったら?」なんですよ。

――ああ、夕方のテレビアニメがアニメ映画になるような。

 

藤澤:
 ですね。家族で観て「今日観た映画は面白かったね」と笑って話せるような作品、つまり僕らにとって小さいころから触れていた作品の劇場版みたいなものです。対象年齢を下げたいというわけじゃなく、劇場で観る映画ならではの特別感ってあるじゃないですか。そういう感覚を引き出せたらと思いながら、とにかく完成度が高い物語にすることに集中したつもりです。

 とはいえ、メインストーリー第一章は完成までにすごく苦労して、何回も書き直しましたね。僕らが自信を持てなかったこともあって、途中までは正直いうと、AQUASTYLEさんやDeNAさんからの反応もあまりよくなかったんですね。

 一回、明確に全体へのNGをもらったことがあったんです。それから「これをあと2週間で自分たちの水準に達しているプロットにしなければならない」という、シナリオライターとしてはかなりヒリヒリする状況がやってきました。

 そのとき、武田を中心に社内で総力を上げて、ホワイトボードにベタ付きで、「どうしたら水準を超える物語に仕上げられるのか」と何時間も話し合ったんですよ。……6時間を3セットくらいだっけ?

武田:
 それくらいやってましたね。

藤澤:
 そうして「〇〇が✕✕して、プレイヤーもその一部として入りこんでいる」という全体構成が生まれて、そのあとから「これなら行ける!」という発明も生まれて、そこからはひたすら物語を膨らませていきました。

 でもその構成も、プロットの段階ではまだ皆さんの反応が必ずしもよかったわけではないんですよ。

 だけど、最終的にシナリオとして仕上げたものを見ていただいたときに、皆さんから「これはすごい」と言っていただけて、そこでやっと東方の物語を書く人間としてスタートラインに立てたのかな、と。僕らのなかで記念碑的な瞬間だったな、と思います。

 

「オタク、いるじゃん!」

――武田さんはシナリオを書かれていたとき、「ここが面白くできた!」という点はありますか。

武田:
 いままで東方で二次創作するということを考えたことなかったので、今回初挑戦だったんです。二次創作経験もそんなに多くはないので、胸を張ってここです、と言うのは少しためらいが(笑)。とにかくお仕事のひとつとして、真剣に取り組まなきゃいけないなという意識が強かったです。

――そこは仕事人に徹したと。

武田:
 ……でも、それはそれとして、自分の中でキャラクターの解釈が深まっていって、それをテキストに叩きつけてしまう瞬間があるんですけども(笑)。それがAQUASTYLEさんたちに評判がよかったりして。熱量が反映するんだなと思って、すごく面白かったです。

AQUASTYLE たかむら:
 初稿いただいた時点で読み物としてはもちろん、東方の同人誌としても「レベル高いぞこれは!」と思えるものになってました。それと同時に、「いきなりこのレベル来る?」と企画チーム内で話題になってましたね。

AQUASTYLE JYUNYA:
 年季入った東方オタクいるじゃん! って思いましたね(笑)。

一同:
 (爆笑)

――ちなみにストーリーノートの皆さんも東方の推しキャラはおりますか?

武田:
 射命丸ですね! (早口になり)カラーがかわいいんです。黒と白のコントラストがかわいい! 羽がついてる! 下駄と天狗の帽子がめちゃめちゃにかわいくて……帽子が大好きなんですよ。

――(確かにオタクだ……)

武田:
 (早口は止まらず)ほかにも正邪と針妙丸の関係性が好きで、ほかのライターさんにも口を出しちゃって(笑)。

――いやそれもう解釈違いにツッコむやつじゃないですか!

 

武田:
 反省してます……。ただ、それでライターさんとたくさん相談をして、最終的に出来上がったものを面白がっていただけたりもしたので、よかったです(笑)。

――さすがの解釈力ですね(笑)。藤澤さんはいかがでしょうか。

藤澤:
 僕はドラクエⅩの運営ディレクターをしていた経験から、こういうときは、こう言うと決めています。「どの子もかわいくて、一人には絞り切れないですね」と(笑)。

――東方の箱推しですね(笑)。楽曲で好きなものはありますか?

武田:
 『砕月』と、あとは『芥川龍之介の河童』が好きですね。東方風神録をやっていたので。

藤澤
 アレンジですが、やっぱり一時期Bad Apple!! feat.nomicoをずーっと聴いてましたね。一生聴いてられるなあと。

――東方って解釈違いで揉めることがしばしばありますけど、この問題はどうされましたか。

藤澤:
 うちの会社では、僕が最終チェック者なんですが、その工程で台詞を大きく直したりすると、武田に「キャラ感合ってる?」ともう一回武田チェックに戻します。最終チェックになってないじゃんという(笑)。

――そうしてファンとの解釈違いを避けたと(笑)。

藤澤:
 武田から、「ちょっとキャラクターがキャピりすぎてますね」って指摘されたり(笑)。

――そういえば、藤澤さんは「ドラクエ」で堀井さんと解釈違いで揉めたことはありませんでしたか?

藤澤:
 いやいや、そういうのはしょっちゅうでしたよ(苦笑)

一同:
 (爆笑)

藤澤:
 僕らの世代ってロトシリーズ直撃で、『DQ3』で『DQ1』の世界につながるというビッグサプライズに酔った世代なんですよ。なので、僕らが「ドラクエ」を作る側に回ると、過去作と世界観がこうつながる……みたいなことをやりたがるんですよ。

 だけど堀井さんは、「あれはあくまでもロトシリーズという作品に対して使ったトリックであって、あれがドラクエらしさではないんだよ」と。

――東方のシナリオを手掛けるとき、これまでのほかの仕事との違いってありましたか。

武田:
 ほかとの違いは、あまり意識したことはないですね。物語を作るという点では、やっぱり同じなので。

 

藤澤:
 物語としての深みを出そうというのは、どんなタイトルでもやることなんですよ。

 ただ東方って、意図的に『外す』必要があるタイトルと思っています。本来通るべきメインストリームから外れた話を、あえて混ぜ込むんですよ。

 物語には色がないですけど、仮に物語が一枚の絵だとしたら、 “差し色”を入れていくような感覚ですね。意外性のある色を入れることで、全体として印象や完成度を高めていく。それがほかのタイトルよりも強く求められる作品だと思っています。

 僕らが本当に気を付けていることは、キャラクターが多様であることだけではなく、物語のテイストがワンパターンにならないことです。「ここで笑わせたら、こっちでは泣かせる」というふうに。

 

同人サークルが驚いた、ストーリーノートのシナリオの強さとは?

 

藤澤:
 そういえば皆さん東方のファンの視点からすれば、僕らの物語ってどういう点が認められているんでしょう? その辺りの感覚が、言語として掴めていなくて。

JYUNYA:
 僕はテキストで見るときの感触より特にゲーム中に実装された状態での「プレイ体験」に感情が揺れるかどうかをチェックしてて、その立場から見てもしっかりとした “ゲームシナリオ”なんですよね。スマホゲームの限られた制約や読む人の負担にならないタップの尺、その上でシステムと絡んで文章をしっかり見せているからプレイをしてて感動がありました。

 僕らもこれまで東方の二次創作ゲームを作ってますけど、お恥ずかしい話、これに比べれば自分たちのシナリオは思いつくまま適当に作ってたなと(笑)。

たかむら:
 本当にゲームに実装された形で見るとテキスト監修で読んだときと全く別の印象になるんですよ! 没入感が全然違うんですね。

 テキスト監修、台本チェック、ボイス収録時と実装前に4,5回は読んでいて毎回面白いと思うのですが、実装された会話シーンをデバッグすると「ああ、やっぱりこのテキストはメッセージウィンドウで表示されたときに魅力が引き出されるテキストなんだ!」と思わされました。

うえだP:
 ストーリーノートさんが書かかれる文章の強みって、僕は間違いなく構成力だと思います。

 「キャラが勝手に動く」って言い方、けっこうするじゃないですか。そういうのはキャラが好きだったら書けるんです。

 ですが、シナリオの高みに行くためには、マクロとなる物語の構造を作らなければならないんですよ。それが面白い必要があるんです。このミクロとマクロが両方できるのがメインストーリーに発揮されているのが、僕は気に入っています。

 ストーリーノートさんのシナリオは、数タップの短いものなんですけど、その中に緩急もあれば、オチもあるし、物語として納得感もある。そこが僕らが文学的と言っていることにも近くて、今までの東方の二次創作にはなかったかもと思わせてくれました。

たかむら:
 「ちゃんとこのキャラのこと好きなんだな」というのが見えるのがいいんですよね。

 武田さんも言ってましたけど、「たまに自分の好きを詰め込んでしまう」というのが受け入れられる。その部分はすごく大切だと思うんです。ダンマクカグラのシナリオはマクロ視点で藤澤さんが監修してくださっているので、全体バランスがとてもいいものになっている上で、キャラの口調や関係性などの割とミクロな部分もちゃんと大切にされているんですよね。

 今回いただいたシナリオは、「こういう解釈の人はいるよね」というのが見えてくるというか、「こういう “好き”の形は絶対あるよね」というふうに思えるのがとても大きいです。

JYUNYA:
 地力という話でいうと、東方は「みんな分かるよね?」という共通認識が多くて、それを言わないことも多かったりするんです。

 でも、時にはそこをストレートに言ってほしいこともありまして、言ってみればベタなんですけど、そのベタを真面目にやるにはシナリオ作りの地力、フィジカルがすごくいる。ストーリーノートさんはそこがめちゃめちゃ強いから、どんなものが上がってきても安心して読めるんです。

――そこが商業で鍛え抜かれた技術というところもありそうですね。改めてシナリオのフィジカルの強さとはどのあたりのことでしょうか。

JYUNYA
 ストーリーノートさんのシナリオは山がちゃんと存在していて、キャラクターも型にはめて書いているのではなく、しっかりと密度を濃く書かれており、普通にシナリオとして味わいが濃いんです。

たかむら:
 大量生産のシナリオという感じじゃなくて、一個一個真面目に作っているものが毎回出てくるんです。

――事前に少し見させていただきましたが、確かにお話の緩急がすごいですよね。

藤澤:
 と、思ったらまったくナンセンスな話が入ってくる(笑)。そのナンセンスな話だけを読んだら「何これ?」ってなるんだけど、全体としては確かに効いている。

 単体では意味を持たない音だとしても、それらがアンサンブルとして演奏されて重なると、やがて大きな楽団のオーケストラのようになって意味を持つ、突然輝きだす。そういう感覚ですね。

――「ドラクエ」シリーズなどのシナリオ作りと毛並みが違う感じがしますね。

藤澤:
 そうですね。そこまで多様性を意識してデザインする物語は、たぶんこれが初めてだと思いますね。

JYUNYA:
 ストーリーノートさんは「シナリオを声に出して読まれる」というお話もあったじゃないですか。声に出したときに語呂がよかったり、リズムがよかったりもあって。

 

藤澤:
 ボイスのあるシナリオは声優さんがセリフを読む前提だから、ちゃんと声優になったつもりで演技しながら読むんです。セリフとしておかしくないかの点検は社内でやっているので、その辺が奏功しているのかなと思います。

 あとは僕らは社内でプロットを見ていたり、ブックという最終的なテキストの形式を見ているとき、よくあるふたつの指摘があるんです。

 ひとつは「物語として成立していない」こと。これは物語として人を喜ばせられる水準に達していないということです。もうひとつは「テンポが悪い」ですね。これはライターの筆が滑ってしまったときに多く、やたら会話はしてるけど話が一歩も進んでいない、というものです。

 僕らは「セリフの量と物語の展開速度は比例していなければならない」と考えています。これはゲームシナリオに限らず物語の鉄則だと思っていますが、そういった鉄則をきちんと重視していることが、さっきおっしゃられたフィジカルの強さにつながっているのかな、と思います。

 

開発中に”感想”があった! シナリオ制作で励みになった出来事

――AQUASTYLEさんとしては、今回シナリオを監修していてどうでしたか。

JYUNYA:
 僕らもいろいろ監修するんですけど、監修で毎回シナリオ見てみたら「……俺ら、いらねえなあ。毎週藤澤さんたちの同人誌読んでるだけじゃんこれ」と(笑)。東方オタク集団が作ったシナリオの山を監修という名目で別の東方オタク集団たちが同人誌読んでるだけの仕事、とは。

たかむら:
 毎回即売会の戦利品を読んでる気持ちでしたよ! 「ほぼ毎週新刊読めるのすごくない?」「実はどこそこのサークルの人なんじゃないか?」とか、そんな会話をよくしてました(笑)。

藤澤:
 そういうのをちゃんと伝えてもらえる「感想システム」がよかったですよね(笑)。

JYUNYA:
 会議中に出来たシナリオを各々がチェックした項目を確認する時間があるんですよ。普通は「ここちょっと直したほうがいいね」ってフィードバックするんですけど、そっちよりも「純粋に読んでみて感じた気持ちを書く欄」が新しく存在するという(笑)。

 

藤澤:
 そうすると大体、お褒めの言葉をいただくんです。シナリオだけじゃないですけど、ゲームって開発中に誰かから褒められるタイミングって来ないじゃないですか。

JYUNYA氏&たかむら氏&うえだP氏:
 そ~なんですよね~、来ないですよね~。(心の底からの同意)

藤澤:
 なので、開発中に心が病んでいくことがあるんですよ(笑)。

JYUNYA:
 そういうのないと、「開発は正しい方向に向かっているのか……?」みたいな。

藤澤:
 ですね(笑)。僕らの中でも、東方というタイトルに “畏敬の念”を持っているのだけど、その畏敬の向きはこれで合っているのか……?と迷っていると、AQUASTYLEさんの感想で、「これでいいんだよ」と言ってもらえるんですよ。

 だから、僕たちが「もっと行ける!」と回転数を上げて加速していけたのは、皆さんがたくさんの感想をくれたからです。これは本当に感謝しています。

――東方ならではのスタッフ兼ファンだからこそ、ありえたのかもしれないですね。

藤澤:
 ただ、最近はお忙しいらしくて、感想が少なくなっています(苦笑)。

――『ダンカグ』以外の仕事では、そんなに開発側からのレスポンスはないものなのでしょうか。

 

藤澤:
 ないですねえ(笑)。シナリオは、書き上げてからリリースされるのが3年後、みたいなことがある仕事なんですよ。もちろんスタッフ内での面白い面白くないという感想はあるんですけど、そんないろんな忖度が交じった感想は真に受けられないので(笑)。

 なので、本当にお客さんの感想を受けるころには、僕らはとっくに次の作品に着手していて、すっかり忘れていたりするんです。だから、このスピード感で感想をもらえるということは、僕もうれしいし、うちの若いシナリオライターにとっては大切な経験になっています。人に感想を貰うということ自体が、人を元気にするし成長させるんですね。

 皆さんから感想をいただいて、武田が共有すると、みんな社内チャットに群がるんです(笑)。「褒められたー!」みたいな。鯉に餌をあげるみたいに、ひとしきり感想を喜び合うんですよ。

JYUNYA:
 僕らもですよね。「こんなに熱いもの見たら、ちゃんと作んなきゃ」みたいな。毎週、即売会で帰ったあとのオタクみたいになってるんですよ。「今回のストーリーノート例大祭楽しかった」みたいな(笑)。

 『ダンカグ』のシナリオは半分、他人事として読めるんですよね。それぞれの東方への解釈と性癖があるから、「いや! 違うよ」と言うところもありつつ、「でもそうだよね」があるから、僕らの作品でも一周して他人事として読めるんです。二重三重と咀嚼しつつも、客観性のあるシナリオだから感想書いちゃうよね?

たかむら:
 オタクだからしゃーないですね。良いと思ったら良いって言っちゃう

JYUNYA:
 毎週、会議が終わるたびにね、「君らの話を聞いて今週楽しかった」みたいな。なんか例大祭後のファミレスでダベるみたいですよね(笑)。

 

同人と商業の境界を越える、関係者の苦しみと冒険

――『ダンカグ』は成り立ちからそうですけど、あらためて皆さんのお話を伺うと同人と商業をいいとこ取りすることについての関係者の苦しみと冒険ですね。

JYUNYA:
 僕らは同人側でいわゆる自由人側でいいですけど、ストーリーノートさんやDeNAさんがよくまあ付き合ってくれてるなあと(笑)。

藤澤:
 普通、いくつかの開発会社が連合軍になってやるチームって、コミュニケーションとか人間関係とか簡単じゃないと思うんです。信頼関係がないとできないことなので。

 そういう意味で言うと、このチームは奇跡的に仲のいいチームですよね(笑)。これはすごいと思いますね。

――それこそ東方ならではのマジックなのかもしれないですね。

藤澤:
 やっぱり、完全な商業作品じゃないんですよね何割か同人の血でやっているからこそ、この連帯感が生まれてるんじゃないかと感じています。

 いまうちの会社はある種、同人サークルみたいになってるところもあります。全員で同じタイトルをやるなんて、ほかのタイトルでは絶対に考えられないですし。

JYUNYA:
 (恐れおののきながら)すげぇサークルが誕生したもんだ……。

――そろそろまとめとして、今回のプロジェクトに参加していかかだったでしょうか。

藤澤:
 この『ダンカグ』に関わらせていただいた1年半は、個人的に有意義だったとともに、毎日武田の成長日記を見ているような感覚でした(笑)。

武田:
 すごく成長させていただきました! 新しい形の東方の二次創作だと思うので、我々にできるすべてをぶつけて二次創作させていただきました。

藤澤:
 東方が持っている、いろんな味が混然一体となってひとつの味になる、ちらし寿司みたいなところがあるなと思っていて、今回のタイトルではそんな東方のちらし寿司感を僕らなりに表現したつもりです。

 なので東方ファンの皆さんが「本当に東方のシナリオ書けるの?」と心配に思われたなら、検査や確認の意味も込めてぜひ実際に見ていただいて、何らかの形でコメントをいただければ、それが何よりの励みになります。僕らシナリオライターは、感想を栄養にして生きている人種なので。

――次はストーリーノートさんの例大祭参加は見てみたいですね!

一同:
 (爆笑)

藤澤氏:
 僕はやってもいいですよ(笑)。

 

左から、うえだP氏、藤澤仁氏、武田稚乃氏、たかむら氏、JYUNYA氏

 

「ドラゴンクエスト」のシナリオライターが、まさかの東方にやってきた。『東方ダンマクカグラ』シナリオを担当した、藤澤仁氏の株式会社ストーリーノートインタビュー おわり