東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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【連載】妖世刃弔華

著者

草薙刃

挿絵

こぞう

妖世刃弔華【第68回 WR】

「よし治りました! それじゃあ行きますよ!」

 表情を引き締め、妖夢は楼観剣の柄を握り締めた。

 すっかり酔い止めが効いたのか、あるいは“効いた気”になっているのか。それはさておき、妖夢の頬は元々の色のせいで変化点がわかりにくいが、たしかにほんの少し赤みを取り戻しているようにも見える。

 時間は刻々と迫っているが、少女に気負いの色はない。もちろん諦めたわけではなく、剣筋を鈍らせないためだ。ここまで来たならただただ最善を尽くすだけなのだから。

「結局敵がいなくなるまで進むしかないんです。さぁ、道はわたしが斬り拓きます!」

 いささかやけっぱち――もとい先鋭化しつつある思考と共に、妖夢は右手に携えた得物を軽く振るって歩を進めていく。

(それにしても妙ですね……)

 ふと妖夢の胸中に疑問が生じた。建物に入ってから向こうからの攻撃がない。

 おそらく、敵は先ほどと同じように妖夢たちがやって来るのを待ち構えているのだろう。防御――籠城戦に切り替えたと言ってもいい。

 これまで戦ってきた亡霊からすれば消極的な動きに思えるが、一種の遅滞戦術として見れば実に有効だった。

 時間制限のあるこちらが痺れを切らし、亡霊たちを無視して進もうとすれば背後を衝くことができる。積極的な攻勢には出ないものの、ただ存在するだけで圧力プレッシャーをかけたり精神的消耗を強いることができるのだ。

「いやらしい戦い方だな。待ち伏せというかなんというか。誰の仕込みだ?」

 妖夢と同じことを考えていたらしく、にとりが毒づいた。

 そこらの亡霊にしては知恵を回している。敵の本拠地まで来たのだ。統率できる知性を持った個体が動いていると見るべきだろう。

「亡霊らしい陰気さだよね。でっかいヤツで撃たれないだけマシだけど」

 気を紛らわせるように小町が鼻を鳴らした。

 昨日の記憶が未だ脳裏に焼き付いているのだろう。地下まで来てあんな化物のような兵器が襲って来ないだけありがたいと真剣に思っているのだった。感覚が麻痺しているのは間違いない。

「建物の中で大砲ぶっぱなすようなイカレた真似されちゃたまんないよ。たぶん失いたくない何かがあるんだろうけど」

 想定し得る中で“最悪の場合”を回避できたにとりは、そっと安堵の溜め息を漏らした。

 同行者の不安を煽りたくないのと、もしも現実になったら困るので口には出さないが、建物ごとこちらを生き埋めにするつもりでこられたらお手上げだった。どうにか逃げることはできるにしても敵の情報が入手できなくなる。

(――いや待て。むしろなぜやらない?)

 ふと疑問が湧き上がった。

 ここが連中の司令部だとしても、今はツァーリ・ボンバ起爆の最終準備に幹部勢は動いているはずだ。亡霊たちが外に出ようとしているなら、敵が侵入しつつある拠点をわざわざ残しておく意味がない。

 これではまるで自分たちに――

「なんか……思ったよりも敵がいないですよね?」

 内心に湧き上がる皆の疑問が、とうとう妖夢の口を借りて飛び出た。

「やっぱりそう思う? 外にだってまだ兵はいるはずなのに挟撃してこないのも変なんだよな」

 妖夢の問いに思考が打ち消されながらも、にとりは同意を漏らす。

「だけどここが敵の本拠地なんだろ? それにしちゃ警備が薄すぎないかい。一番気配が密集してるの、勇儀たちが暴れてるあたりだぞ」

 不安交じりの声で答えたのは小町だった。

 面倒事は極力避けたいが、下手に見過ごすと更なる厄介事となって返って来ると経験から知っているのだ。

 隙さえあればサボりたい彼女でさえ、心配になってくるほど突入してから遭遇した敵が少ないと感じている。

 押し寄せる波濤はとうのような攻勢を受けたいわけではないが、敵の総数が同じであれば早めに片付けておいた方が後々安心できるのだった。

「陽動が成功しているにしても、すぐそこで襲われたわけですからこっちに戦力を割いてもおかしくないですよね。もしかしてこの建物じゃないんじゃ……」

 不安が伝染したか、急に妖夢が弱気な声を出した。剣を振り回していない時は本当にビビリである。

「いや合ってるはずだよ。進みながらあちこちの部屋覗いてるんだけどさ。書類部屋やらデスクワーカーの部屋やらまであるし間違いないと思うんだよ。でもこの敵の少なさはやっぱり変だ」

「やたら強い気配もひとつだけあるといえばありますが……」

 ふと妖夢が気になることを口にした。

「が?」

 イマイチはっきりしない。というかそういうのはもっと早く教えろ。

 そう言いたくなるのを堪え、にとりは続きを促す。

「あの親玉じゃないような……なんか掴みどころがないというか……」

「やっぱりはっきりしない物言いだな」

「わたしにもわからないんですよぅ」

 これ以上追及したところで成果はないだろう。勘が鋭い割りにこれでは片手落ちだ。

「考えても仕方ないよ。とりあえずにとり、あんたが調べたいものってのを探そう」

「うん」

 小町が結論付けにとりが頷く。

 その場その場で周りを見て冷静になれた者が他を引っ張っていく。いつの間にか頼もしいチームになりつつあった。

「調べたいものって見当はついているんですか?」

「さぁてね。それをこれからたしかめるんだよ」

 どうにも行き当たりばったり感が否めない。とはいえ元々手探りから始まったような事件だ。悩んでいるよりも先に進むしかない。

「ん?」

 気を取り直して一歩踏み出したところで、硬い物が床を叩きながら転がり込んでくる。全員の視線が集まり、そして顔が引きつった。

「しゅ、手榴弾……ッ!!」

「逃げ――」

「やらせないよ!」

 ふたりが叫んだ時には、すでに小町は動いていた。

 本来であれば伏せるべきだが遮蔽物もない上に近すぎる。イチかバチかで投げ返すか、仲間を守るために覆いかぶさるしかない。

 ――しかし死神にそんな自己犠牲は不要だった。

 倒れ込むように金属塊を拾った小町は

「……!?」

 投擲後の姿勢で固まっていた亡霊たちが、足元で生じた爆風と破片に声なき叫びごと飲み込まれた。

「ふいー危なかった……」

 小町が額に浮き出た汗を拭って息を吐き出した。

 使ったことのある武器だけに、その恐ろしさも自分が取った行動の危険性も正確に理解していたのだ。

 なんとか窮地を乗り切ったものの、比例するように精神力が削られていく。ここには脈絡なく襲いかかる呆気ない死がそこらじゅうに存在していた。

「今の爆発で好機と勘違いした敵が動くかもしれない。行くよ!」

 MP40を腰だめに軽く構え、にとりは先へと進んで行く。

 2階もまた敵が少ない。やはりこれは3階――最上階が本命のようだ。2階から直接行けない構造になっているのがまた面倒だが仕方ない。

 階段を上りきって曲がり角で立ち止まり、取り出した手鏡をそっと出す。

「たぶんここで――」

 不気味に繋がった銃声と共に砕け散った。

「うひょぉ!」

 にとりが声を上げて手を引っ込めた。声からして身体を撃たれたわけではなさそうだ。

「どうでした?」

「よくないな。機関銃を据え付けた土嚢が積んである。厄介な守り方だよ。最後の戦力なのか周りの兵も多いな……」

 にとりはげんなりした表情を浮かべた。よりにもよってここで新兵器の登場だ。

 階段の上からこちらを見下ろしているのはMaschinengewehr 42マシーネン・ゲヴェーア ツヴァイウントフィアツィヒ、グロスフスMG42とも呼ばれるドイツの生み出した傑作汎用機関銃である。

 これまでも散々相手をしてきたMG34と弾薬や作動方式は同じだが、連射のみに固定され生産性も上げるために製造方法が変更されている。

 細かい変更点は色々あるが、ある種の廉価版と言えるMG42が高価な旧型よりも耐塵性を増したのは特筆すべき点であり、最終的に40万挺以上生産されたことも頷けるものだった。有効射程も1,000メートルに及ぶが、なによりも驚異なのは命中精度を犠牲にしてでも採用した1,200~1,500発/分にも達する連射性能だ。高威力ライフル弾の圧倒的な弾幕で敵を蹂躙しようというのだろう。

 大砲ほどではないが室内に据え付けるような兵器ではなく、あの前へと出て行くには相当の覚悟が必要となるだろう。

「また面倒な真似を。だったらこちらも連携で仕留めるまでです!」

 スペックを聞いた上で妖夢は断言した。

 戦いとなると急に果断な性格に変わるから味方でいると頼もしい。目が据わっているように見えるのがすこしおっかないが。

 このような場所で戦うには突進力、突破力が必要だ。危険を覚悟で進まなければならないが戦いとはそういうものだ。

「よっしゃ行くか! 今度はこっちからお返しだ! 小町、手榴弾持ってこい!」

「あいよ!」

 “反則擲弾兵”と化した小町がにやりと笑いながら応じた。鎌ではなく武器の扱いがすっかり板についたものである。

「差し入れのお届けってねぇ!!」

 躊躇なく鹵獲してあったF1手榴弾のピンを引き抜き、転がすように敵の足元へと投擲――ではなく“転移”させた。

 なんの前触れもなく目の前へと現れた手榴弾に、亡霊たちの表情が引きつったように見えたが、それは爆発に飲み込まれ消えていく。

(弾幕が途切れた。今だ……!)

 爆発で機関銃まで再起不能にできていればいいが、そう考えるのはあまりに楽観的だ。

 相手が体勢を立て直す前に間違いなく仕留めなければと、妖夢は迷わず突撃を開始。

 地面を蹴ってから疾走に至るまではまさに一瞬だった。階段を一気に飛ばしながら敵の喉元へと食らい付くように迫る。亡霊たちも妖夢の速度に対応できない。

「ここで崩す!」

 彗星のような突進で瞬く間に距離を詰める。

 着地と同時に繰り出される斬撃――人符じんふ現世斬げんせざん」で進み出てきた前衛をまとめて腰や腹部で両断しつつそのまま前進。続く後衛たちを流れるように繋げた剣伎けんぎ桜花閃々おうかせんせん」により、階上の敵にも桜色となった剣閃が襲い掛かり、色合いの美しさとは裏腹に亡霊たちの首を刎ね飛ばした。

 瞬きひとつ許されない――剣舞とも呼ぶべき技だった。

「はぁ~。援護するまでもなかったようだね」

 隙があればと構えていたモシン・ナガンを下ろして小町が感嘆の声を漏らした。

「手榴弾の一撃がなければ妖夢だってあんな突っ込み方はしなかっただろうよ。もうちょっと誇っていい」

 肩に手を置いたにとりが言葉をかけた。

「なんだ慰めてくれるのかい?」

「ああ。まだまだ働いてもらわないといけないからな」

「ちぇ」

 ふてくされるような反応が面白かったのか、にとりは肩を揺らしながら笑って先へと進んで行く。笑われた小町もまた小さく鼻を鳴らしてそれに続く。

「あらかた敵は片付けましたね。もう気配もありません」

 3階を進んでいくと行き止まりに部屋があった。今までよりも広く、そして薄暗い場所だった。

 壁にはびっしりと文字が書きなぐられた黒板があり、手間には大きな机とその上にいくつかの書類が残っている。

「やっと見つけた」

「ここは?」

 小町がにとりに問いかけた。ぱっと見ただけでは何もわからない。

「作戦司令室だな。地図と作戦概要の走り書きがあるだろ」

「あっ。これは幻想郷の地上と地下ですね、それと……」

 妖夢が気付く。

 幻想郷に長く住まう者ですら未知の場所が多いにもかかわらず、よくもここまでまとめたものだと感心してしまう。

「鉄道や兵器の配置図、どこで何がやられたかまでチェックしてる。まさしく統率された軍隊だな」

「はーん? あたいらの行動も筒抜けだったってわけか?」

 どこか不愉快そうに小町が口にした。

「筒抜けってほどでもないけど、相手に与えた損害と誰にやられたかぐらいは把握してる……いや、ちょっと待て」

 にとりの声が不意に真剣味を帯びた。作戦計画書の一部分を見つめたまま視線が止まっている。

「これは……幻想郷の勢力図……! どこにどんな奴がいるか、どのくらいの脅威かをまとめてる……!」

 計画を阻止してきそうな者に奇襲をかけるか、手に負えないくらい厄介ならなるべく手を出さないようにするつもりだったのだろう。

「さすが組織立って動いているだけあるねぇ。あ、やっぱ赤い悪魔の館もバッチリ警戒されてる」

 山に近い紅魔館にはしっかりと大きな丸で印がつけてあった。同じ印のものは監視対象のようだ。妖怪の山などもそうなっているし、守矢神社も同じ扱いだ。不思議なことに、“あの向日葵畑”にはこれといった印はなかったが――

「仙界や冥界まで調査してるな。どうやって行ったんだ……?」

「白玉楼のことまで書いてあるんですか?」

 書いてあるも何も見れば――と言いかけたところでにとりはまさかと思う。

「まさかおまえ字読めないのかよ」

「えへへ難しい漢字はあんまり……」

 恥ずかしそうに答えて妖夢は頭を掻いた。

「よくそれで……いや、庭師に剣術指南なら別に勉強できなくてもいいのか。植物の知識とかないと仕事にならんだろ」

「そ、そんなことはどうでもいいんですよ」

 あまり深く言及されたくないのか、妖夢は目を泳がせながら話題を逸らそうとする。にとりも気付いていたが、時間もないのでそれに乗っかることにした。

「ああそうだった。見たところ、幻想郷に関係する有力者や妖怪、神々の勢力をざっくりとまとめてある。これだけ詳しかったら、思ったより行動が慎重だったのも頷ける」

 戦闘機を飛ばしたり、湖に戦艦を浮かべたり、地底に線路を敷設したりするのは果たして慎重なのだろうか。いやここはあえて触れまい。小町と妖夢は物言いたげな表情だけに留めた。

「じゃあ今はどこにいるか、書いてないのかい?」

 小町は問うが、そんな親切なことをするだろうかと妖夢は思った。

「それは――あった、こっちだ。奴ら、妖怪の山の火口下に基地を造ったらしい。ツァーリの起爆手順解析率は……この報告書に書かれた時点で6割ってところか。マニュアルだけ先に破棄しておいて正解だったな。でなけりゃ間に合わなかったかもしれない」

「え、すごい有能。やりますねぇ」

 心底驚いたと妖夢は目を真ん丸にしていた。

「あんたがわたしをどう思ってるのかよくわかった。で、発射に使うのは……はぁっ!? エネルギアぁッ!?」

「何だいそれ」

 珍しいほどの素っ頓狂な声を出したにとりを小町が怪訝な目で見る。

「あいつら本気かよ! かくかくしかじか――」

神妙な顔となったにとりは概要を語り出す。

 エネルギア。かつて外の世界を二分した超大国、ソビエト連邦が生み出した超大型ロケットである。

 エネルギアはケロシン・液体酸素を推進剤とするRD-170エンジンを備えた4本の液体燃料補助ロケットを備え、中央部には液体水素・液体酸素を推進剤とする4基の単燃焼室のRD-0120 エンジンを備える。

 特筆すべきは打ち上げ能力で、低軌道へ100トン、静止軌道へ最大20トン、月周回軌道へ最大32トンとなっている。

 いったいなにを飛ばすつもりなんだ? と思うかもしれないが、衛星ではなく重量27トンにも達するツァーリ・ボンバを特別改造した爆撃機もなしに投射するにはこれだけの性能が必要なのだった。

 むしろ、これだけの性能を有しているならば、第三次月面戦争を起こして月の都、あるいは天界に撃ち込んでやることとて可能であろう。迎撃される可能性を考慮しなければの話だが。

「月にも届きそうなほど高くまで飛ぶだなんて……。はぇ~これなら月にも簡単に行けそうですね……」

 想像力の遥か向こうを行っているらしく、妖夢は半ば放心しながら言葉を漏らしていた。

「でも結界にぶち当てるんだろ? そこまで低い位置で爆発させるわけじゃないじゃん。案外被害少なくて済むんじゃないのか?」

「あんたは字読めるのか。でもこの性能概要さ……肝心なところが間違ってるんだ……」

 口端を引き攣らせながら震える声でにとりが言った。こころなしか顔色も悪い。

「「え」」

 意図せずしてふたりの声が重なった。

 猛烈に悪い予感がする。でもそれは間違いであってほしい。

 揃って浮かんでいるのは天に懇願するかのような表情だった。

「結界に当てれば大丈夫だって? とんでもない!」

 にとりは机の書類を手で払い除けながら叫んだ。

「威力が過小評価されているんだ! アレが爆発したら――幻想郷全域が太陽の炎で焼き尽くされることになるよ。何も、残らない……!」

「な、なな、なんだってーっ!?」

 それまで静まり返っていた部屋の中に、これでもかとばかりの絶叫じみた声が木霊した。

「そうか。やはり危惧した通りだったか」

 3人の誰でもない――新たな声が放たれたのはその時だった。

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