東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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【連載】妖世刃弔華

著者

草薙刃

挿絵

こぞう

妖世刃弔華【第67回 跳躍】

 目星をつけた建物への突入に際して、まず妖夢たちは周囲の亡霊を“狩る”ことにした。

 流れ流されて決着をつけるべく敵の勢力圏内に飛び込む形となったわけだが、攻勢はこちら――たとえ3人だけしかいないとしても、この数日間で潜り抜けてきた修羅場が違う。狩る側に回るのは自分たちだ。

「こっちを狙ってる気配はもうなくなったかな」

 小町が照準器スコープから視線を外し、通信機のマイクに向けて安堵の溜め息と共に言葉を放った。

 建物の間を縫うように走る味方のために、モシン・ナガンを構えた死神は周囲に潜む狙撃手を懸命に探していた。

 建物の屋上や隙間を空間ごと跳躍し、半ば虱潰しに動く。かくれんぼをしている相手には有効な手段だったと思う。

「とりあえず仕留めた亡霊は全部霊体に戻しました」

 あらかじめ設定しておいた合流地点に妖夢が降り立った。

 彼女も小町の支援を受けていい具合に活躍していた。迂闊にも身を晒した歩兵を小町が撃ち、敵の注意を向いたところを妖夢に急襲させる狩りの手法だ。潜んでいる狙撃手を炙り出すために手段を択ばなくなってきた。

「ごくろーさん。じゃあいよいよ本部に乗り込むか」

 光学迷彩を解いたにとりが最後に姿を現した。

「勇儀さんたち、大丈夫でしょうか」

 ぼそっと妖夢が自分たちのやって来た方向に視線を向けた。不安とまではいかないが、自分がいなくて大丈夫かそんな表情を浮かべていた。きっと短い時間で意気投合したヤマメが心配なのだろう。

「あんたも散々見ただろ? あのケタ違いの怪力で亡霊ごときに負けるなんて考えられないよ」

 小町が呆れたように感想を漏らした。

 たしかに鬼は常識外に強い。萃香だって戦艦に肉弾突撃を仕掛けて夜空に打ち上げられはしたが、行方不明になっただけで死んだ可能性など微塵もない。あれと肩を並べる勇儀が、大きく劣ることもあるまい。

「ヤマメとパルスィもいる。奇襲を使う相手が出てきても大丈夫だ」

「ですかね」

 強引に納得させた。戦いに絶対などないのだから同じように結論も出ない。ならば、自分たちは自分たちで駒を先に進めるしかなかった。こちらを直々に任されたのだ、あとで笑われないようにしなければならない。

「じゃあ行くよ」

 にとりの指示のもと、ドアの蝶番へ向けてふたりがライフルを構える。

 妖夢は扉から真っすぐ数メートル離れた位置で小さく腰を落とし、片方の手は楼観剣の柄に、もう片方は腰の白楼剣に手を伸ばしていた。

 そっと瞑目し、身体の中にある余計なものを外に放ってしまおうと、妖夢は長い息を吐き出す。

「――行きます」

 言い放つと同時に妖夢は目を開き、疾駆を開始した。

 みるみるうちに加速した妖夢は、地面を強く蹴って空中で姿勢を整える。同時に銃声が2発。弾丸は蝶番を破壊し、壊れかけた扉を慣性に従った妖夢が蹴り壊して内部へと飛び込んだ。

「――!?」

 果たして、押し寄せた弾丸はすべてひと足遅かった。

 地面に倒れ込んだ扉に乗った形となった妖夢は勢いのまま室内を高速で滑っていき、それが迎え撃とうとした亡霊たちの読みを外していた。着地のまま姿勢を低くしていた妖夢は押し寄せる弾丸を回避しながら敵のど真ん中へと潜り込んだ。

「なるほど、この場の指揮官はあなたですか!」

 放たれたのは問いかけではなく、トドメを刺すための言葉だった。

 後ろ腰から引き抜かれた白楼剣が翻り、拳銃を構えようとしていた亡霊の肉体を分解し魂に戻す。刃は何の迷いもなくなっていた。

 そのまま妖夢は宙返りの要領で天井へと飛び、送れてやってくる亡霊たちの追撃を回避。背中に目でもついているのかと思う動きだが、単純に敵が順応するまでの時間をあらかじめ読んでいただけだ。

「どこ見てるんだい!」

 挑むような叫び声が上がった。飛び込んできた妖夢はまたひとりではなかった。

 亡霊たちは一番槍のごとく突撃してきた剣士にばかり気を取られていたが、それは間違いなく致命的な過ちだった。

 まず一体の頭部が新たに飛び込んできた7.62×54R弾によって柘榴のように破裂。

「こっちだけど気付く前にくたばれ!」

 続いて入口から覗きこむように向けられたM1ガーランド銃口が咆哮し、吐き出された.30-06スプリングフィールド弾が、余所に気を取られていた亡霊たちの肉体を破壊していく。

 もちろん、それだけでは終わらない。仲間たちの的確な援護の中で、妖夢は室内を縦横無尽に暴れまわっていた。

 仲間たちが加える銃撃の隙間を縫うように、妖夢は天井を足場として下半身のバネで急降下。

 わずか3メートルほどのスカイダイビングだった。しかし、猛禽類のような強烈な加速によって、襲撃を受けた亡霊は対応ができないまま刃に貫かれ肉体を喪失する。

 ふたたび妖夢は楼観剣を抜きながらその場で旋回。真っ只中で振るわれた刃は、敵襲に集中できないでいる亡霊たちを容赦なく両断してのけた。

「制圧! 次はどっちへ!?」

 完全に沈黙させるべく白楼剣を振るいながら妖夢が吼えた。もはや亡霊たちでは冴え渡る剣を止めることはできない。

 銃の優位性アドバンテージを活かせるうちに彼女を仕留められなかったからだ。

 そう、驚くべきことに妖夢は近代兵器との戦いに適応しつつあった。

 雨を斬るには30年かかる? 知ったことか。今は目の前の敵を斬るだけ。

 ヤケっぱち気味ではあるが、状況に呑まれ細かいことを気にしなくなっていく中で、妖夢は無意識に剣の冴えを身に着けていた。

 もっとも、本人はその事実にまったく気づいていない。この様子では一連の事件を巡る緊張から解放されたら真っ先に忘れてしまいそうだ。

「とりあえず上へ行くよ! 一階に重要区画があるとは思えない」

 銃を構えたまま内部へ入ってきたにとりが周囲を見渡しながら告げた。ここからは狭い場所での戦いとなるためM1は肩に担ぎ直して鹵獲しておいたと思われるMP40に持ち替える。

「まぁそうだよね」

 最後に入ってきた小町が納得したように応じた。

 彼女も彼女で長物のモシン・ナガンからいつもの鎌に替えたようだが、逆にそっちの方が長くてこの場所で振るえるのだろうかと心配になる。

 階段を上がって行き踊り場にさしかかったところで妖夢はついてきていた小町とにとりを掴んで後ろへ下がらせる。

 瞬間、地面と壁へと大量の銃弾が突き刺さっていた。息をつかせる間もないほどの銃撃だった。敵も本気で食い止めようと必死らしい。

「こんにゃろ!!」

 付け入る隙を見せては押し切られるかもしれないと、にとりも負けじと撃ち返す。それでも火力が不足しているのは否めない。

「ああもうドカドカうるさいですねぇ!」

 苛立ちを隠そうともせず妖夢は向こう側の様子を窺おうとするが、強烈な鉛で作られた弾幕がそれを許さない。

「んがーー! やっぱすんなり通してくれないか!」

 どうしたもんかと叫んだにとりは次のクリップをまさぐりながら思案する。

 ここでモタついていると手榴弾でも放り込まれて一巻の終わりだ。向こうがそうしてくる前にこちらから打って出るしかないだろう。問題はその方法だった。妖夢に死の弾幕の中を突っ込めとは言えない。

 弾倉に取り出したクリップを叩きこむと、機関部の奏でる無機質な音が戦闘準備完了を告げる。やはり妙案は出てこない。

「妖夢、ちょっと腕出して」

 そんなにとりの思考を打ち破ったのは小町だった。

「ふへ?」

 間抜けな声を出した妖夢だったが、それも仕方ないと思えた。すでに小町は妖夢の腕をガシッと掴んでいたからだ。どうやら拒否権は存在しないらしい。強引過ぎる。

「このまま飛んであいつらの後ろに出るから。すごい目がぐるんぐるんするかもしれないけどなんとか慣れるか耐えて。……できればやりたくなかったんだけどなぁ」

「え? ええ?」

 一方的に語り掛けられた妖夢は目をしばたかせる困惑しきりだった。

(やりたくないとか言うならちゃんと覚悟できるまで待ってやれよ)

 にとりに幾分か残された常識的な思考がそう訴えかけるも、このままモタついていて手榴弾を投げ込まれてはかなわない。やむを得ずにとりは黙っておくことにした。ちょっとだけ申し訳ないと思ったが、やはり背に腹は代えられなかったのだ。

「んじゃ、善は急げということで!」

 まずはとばかりに叫んだ小町の言葉を認識するや否や妖夢の視界が大きくブレた。

(ここは――?)

 真っ先に平衡感覚を狂わされていた。それでも妖夢は強引に敵のいる場所だけを認識し、その上でどう動けばいいかだけを判断する。

 撃ち下ろされる弾幕を越え、相手の真上――天井側に出たと思ったところで密集形態をとっている側面に飛び、そこから曲がり角へと距離を縮めた妖夢は敵の後ろ側へとたどり着いた。

「っ!」

 警告通り――というよりも想像の数倍ひどかった。

 脳を攪拌かくはんされたように視界がブレまくる中で、妖夢は必死に意識を繋ぎ留める。

 耐え切れなくなって目を閉じ呼吸を止めると、わずかに楽になったような気になる。しかし、敵がこちらに気付くまでの時間がない。

 刹那の休息を経て妖夢は目を開き、敵に焦点を定めて最初から倒しきるつもりで白楼剣を手に奇襲を仕掛ける。

 小町も鎌を振り回す前に牽制でモシン・ナガンを一発放ち、手近な亡霊の頭部を弾き飛ばす。そこから一度相棒を投げて残る方の手で握った鎌を振り回す。小町の動きが読めていた妖夢は再度天井側へ飛び、死神の鎌が猛威を振るう中で体勢を立て直していた。

「やっぱこっちのがしっくりくるねぇ」

 鎌を振り抜いた小町の表情に不敵な笑みが浮かび上がった。

「あの……これ……おえぇ……」

 その場の亡霊たちを無力化した瞬間、妖夢はその場に膝をついた。食道をこみ上げる“すっぱい何か”を感じたが気合で耐える。いくらなんでも尊厳まで漏らすわけにはいかない。

「目を閉じて深呼吸して。あんまり使うべきじゃないんだけど、突破するにはこれしかないかと思って」

「へぇ、誰かを一緒に連れていくこともできるんだ?」

 追いついてきたにとりがM1ガーランドを担ぎながら問いかけた。妖夢の様子を見ながら取り出した水筒を与える。今の妖夢にとっては何よりもありがたかった。

「そりゃそうさ。でないと服や装飾品を置いて裸ひとつで跳躍しちまうだろ。露出狂かっての」

 なにを当たり前のことを――とでも言いたげな小町の口調だったが、むしろそっちの方がおかしい。

「意外と物理法則に縛られてんだな、その能力」

 深く気にしても仕方ないので、にとりはここは好奇心を封印することにした。

「ぷはぁ……。落ち着いてきました……行きましょう」

「大丈夫かい? 頭の中が上下左右ひっくり返るみたいな感覚のはずだよ」

 小町が語りかけた通り、まだ妖夢は万全の様子に見えなかった。

 いつぞやもそうだったが、元々色白なので多少顔が青くなってもわかりにくいのだ。声のトーンや目の動きで判断するしかないため、本人が無理をしているのをこっちが見抜かねばならない。

「ひどい気分ですけど……早くしないと」

 誰が聞いてもわかる辛そうな声だった。

「これ飲んで。酔い止め」

 見かねたにとりが鞄から錠剤を取り出した。

 たしかに時間は限られている。しかし、ここで焦ってはすべてが水泡に帰す。

「いつの間に用意してたんだ、そんなの」

 呆れたように問いかける小町はそこである考えに辿りついた。

 にとりの鞄からあれこれ出て来るのは、あらかじめ備えているのではなく、役に立ちそうなものをとりあえず詰め込んでいるからなのではないかと。そう考えると急にありがたみが薄れてくるような気がする。

「……兵器の山の中から戦車を見つけたときに必要かなって……」

「要するに霖之助から仕事を受けたあとかい。こどもの遠足じゃないんだ、ワクワクしすぎだろ」

 今回ばかりは小町も心底呆れた。同時にその予見があったからこうして役立っているのだから責めるわけにもいかなかった。

「あ。ちょっと楽になってきた気がします」

「そんなに早く?」

 さすがの死神も胡乱な表情で妖夢を見た。

 もしかすると半分だけ生きているから有効成分が倍効くのだろうか?

「『効いた』と思い込むプラシーボも重要だしね」

(自己暗示にもかかりやすい単細胞ってことじゃないのかそれ)

 にとりの言葉をよくよく咀嚼するとそう言っているようなものだった。

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