東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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【連載】妖世刃弔華

著者

草薙刃

挿絵

こぞう

妖世刃弔華【第50回 小休】

「にとり、気持ちはわかりますけど、まだ周囲には敵が――」

 座りこんでしまったにとりの姿を見咎めた妖夢が口を開きかけ、そして止まる。

 萃香の吶喊とっかん――戦艦マラートの轟沈を皮切りとしたかのように、周囲から波となって押し寄せてきていた亡霊たちの気配が、潮が引くように消えていくのを感じ取れたためだ。

「お? 連中の気配が遠退いた。こりゃひとまず勝ったと見ていいのかねぇ?」

 視線をさまよわせていた小町も長い息を吐き出した。

 口調は平静を装っているが、声の端々が微妙に震え、いつもの飄々ひょうひょうさはどこかへいってしまっている。

 ここまで戦い抜いてきた疲労と、絶望を切り拓いた勝利の喜びがぜになったものなのだろう。

「あれに勝った……」

 降って湧いた――いや、を噛み締めるように妖夢はつぶやいた。

 戦ったのは押し寄せる亡霊歩兵とだけで、湖に陣取っていた戦艦を沈めたのは自分ではない。それでも、妖夢の内には強烈な疲労感と共に達成感が存在していた。

 わざわざ周りを見回さなくてもわかる。皆、幸いにしてこれといった傷こそ負ってはいないが、その代償とばかりに全身の至る所が悲鳴を上げていた。気力体力、そして思い付くかぎり策、それらすべてを出し切りもうなにもできない。

 それでも、妖夢は刀を鞘に納めることだけはしなかった。オウスティナ襲来時の二のてつを踏まないためにも。

「――そうだ、亡霊たちを追撃しないと!」

 完全に気を抜いていなかったからか、いち早く我に返ったに妖夢が声を上げた。

 戦う以上負けるつもりはなかったが、それでもあんな化物相手に死闘を繰り広げてきたのだ。いざ勝ってみると誰もがどうしていいかわからない。

 そんな場の奇妙な空気を打ち破ったのが妖夢の言葉だった。

「ちょっと待ちなさいな。ここらでひと息ついていいかもしれないわよ」

 動き出そうとする妖夢をパチュリーが止めた。

「そんな悠長な」

 色濃い疲労は滲ませつつも、警戒を解く気配のない妖夢が小首を傾げて問い返す。

「わたしの気配感知にもまるで引っかかっては来ないもの。考えられるものはふたつ。純粋に撤退したか、一度退いてこちらを罠に誘い込もうとしているかじゃない? もっとも後者はないと思うけれど」

「とっておきの兵器を失ってからとる行動にしてはお粗末すぎるってこと?」

 にとりが問い返した。

 相変わらず腰が抜けて動けないようだが、向けられる双眸は目先の勝利に酔いしれることもなく冷静さを湛えていた。

 なにしろ相手は軍団、対するこちらはどこまで行っても寡兵かへいでしかない。

「そうね、紅魔館の傍に張り付いていた部隊はレミィたちを牽制するために配置されていたはず。でも、それはカール自走臼砲これマラートあれがあったからこそよ。切り札がなくなった以上、均衡は崩れたに等しいわ。ここから紅魔館を狙おうなんて思わないでしょう」

 パチュリーはこれまでに知り得た情報から分析を口にしていく。

「たしかに。ここでわたしたちを食い止めようと粘っても戦力を各個撃破されるだけか……」

 依然としてカール自走臼砲はこちらの手に落ちたまま――厳密には砲身の耐久性を無視した連続砲撃や美鈴の“手動方向転換”によって擱座かくざしているのだが、亡霊たちはそこまで把握してはいない――なのだ。

 ならば、射程圏内から撤退することでこちらが持っている意味を喪失させるしかない。

「てぇことはなにかい。亡霊たちがここで戦う意義を失ったと考えていいのかい?」

 小町がわずかではあるが表情を輝かせた。これまでそれなりに派手ではあったが、自分たちが勝っている実感をイマイチ得られていなかったのだ。

 サボり癖があるだけに、目に見えた成果があると案外やる気を出すのかもしれない。

「どうかしら。でも、ここら周辺で活動する安全を担保してくれるものはなくなったでしょうし、局地的な勝利とは言って良さそうね」

 パチュリーの声にも安堵が滲み出ていた。

 自分たちの住処の周辺が平和になれば安心して帰れるのだろう。まこと羨ましいことだが、最終目的が別にある妖夢たちはそうもいかない。

「残念ながらわたしたちは湖の敵を倒して終わりじゃないので、確証を得られるまで安心はできません。できることなら今のうちに連中の撤退する先を突き止めておきたいんですが……」

 妖夢は口を開き、ちらりとにとりを遠慮がちに見遣る。

「わたしなら大丈夫だよ。それくらいならまだできるさ。湖に沈んだ兵器までどうにかしろって言われたら御免蒙るところだけどね」

 いい加減落ち着いたのか「どっこいしょ」と声を上げ、にとりがゆっくりと立ち上がる。

 船を失って水面みなもを漂っている亡霊なら武器さえなければ危険度も低いはずだが、問題はにとりが指摘したように彼らが持っていた兵器群だ。いくら砲撃戦が主体の戦艦といえども、銃火器のひとつも積んでいなかったとは考えにくい。

 であれば、多くはあの爆発で吹き飛んでいたとしてもひとつやふたつ残っていても不思議ではない。

 幻想郷の平和のためには必要かもしれないが、その作業にいったいどれだけの時間がかかるのだろうか。ここで貴重な兵器関係の知識を持つにとりが別行動をとるような事態だけは絶対に避けたい。

「潜って拾ってこいとか言う気もないですけど、放置してしまってもいいものなんです?  他の河童に渡りをつけてやってもらうとか……」

「大丈夫だよ。外の武器だ兵器だってのは意外とシビアなもんでね。例外もあるみたいだけど、しばらく沈んでいれば鉄の塊だし勝手に錆びて朽ちていくさ。それに河童って言ったって湖の底まで潜って作業を続けられるほど達者なわけじゃない」

 小さく首を振ってにとりは否定する。

 戦艦がいなくなったとはいえ、亡霊がいるかもしれない湖で仲間に探索させたいとは思えなかった。そもそも異変の大本が解決してからでなければ意味もなくなってしまう。

 にとりの意図を察した妖夢が方針を決めていく。

「じゃあ、ひとまず亡霊たちを追いかける方向でいいですね。パチュリーは――」

「乗り掛かった舟だわ。あとすこしくらい付き合うわよ。わたしひとりでもないし」

 妖夢の言葉を遮ってパチュリーは答えた。

 先ほどと違って顔色はだいぶよくなってきている。いざとなったら美鈴や小悪魔にどうにかしてもらうつもりなのだろう。

「じゃあ、もうすこしだけ頑張りましょう」

 いつしか日は沈み、夜の帳が降りる中、追撃――もとい追跡戦が始まった。

 元々少数で動いているため、妖夢たちは集団で動く亡霊たちと比べて気取られにくい。いざとなれば小町の能力で跳躍して様子を見てくることも可能だ。

 そうして気配が遠ざかって行った方へ進んでいくと、妖怪の山の麓へ辿り着いた。

 辺りには妖怪の気配すら感じられない。そんな寂しい場所に、地下へと通じていると思われる穴が開いていた。

「あそこか……」

 双眼鏡を覗き込んでにとりがつぶやいた。幸いにして穴の入り口には小規模なものだが灯りが灯されておりしっかりと見通せる。

「ふーん、見張りは少ないね。あとは中にどれだけ待ち構えているかだけど、とりあえず潜入までならいけなくもないかな」

 そこまで知性がないのか、亡霊歩哨の警戒範囲は地上ばかりを向いている。これなら妖夢と小町が上空から奇襲を仕掛けるだけで倒せそうだ。

「じゃあ、わたしたちはこのまま地下へ突入しようかと思いますけど……」

 ここまで付き合ってくれたパチュリーたち紅魔館組と、当初は冷却装置役だったのが獅子奮迅とも呼べるだけの活躍まで見せてくれたチルノを向く。

「わたしたちは紅魔館に戻るわ。一応また何かあってもいいように家を守らないといけないし」

「あたいは湖が元に戻ったみたいだし、みんなが心配だから戻るよ」

「そうですか、今までありがとうございました。わたしは――うっ……」

 立ち上がって礼を述べたところで、妖夢は急に眩暈めまいを覚え、その場に膝をついた。

「ちょっと妖夢!?」

 仲間の異変に慌てて駆け寄ってくる小町とにとり。

「……溜まりに溜まった疲労ね。無理もないわ。昨日からずっと戦いっぱなしだったんでしょう?」

 妖夢の状態をいち早く見抜いたのはパチュリーだった。恒常的な虚弱体質だけに人の不調を見抜くのも得意なのかもしれない。

「いえ、でも博麗神社でひと晩休んで……」

「そりゃ多少はマシかもしれないけれど、異変解決に選ばれた重圧プレッシャーは自分で思っている以上に精神的な負荷をかけていたと思うわ。毎回のように出張ってる霊夢みたいにいかないのが普通なのよ」

(よくも彼女を選んだものね、白玉楼の主は。何を考えているのかしら)

 妖夢のプライドを刺激するだけなので口にはしない。迷いを断つ白楼剣があるからと言えばそれまでだが、ここまでの使命を与えられて平気でいられるとはパチュリーにも思えなかった。

「ですが、先を急がないと幻想郷が……」

 尚も妖夢は立ち上がろうとする。

 もしかするとこの愚直なまでの使命感が選ばれた一因なのかもしれない。であるなら、猶更ここで倒れてもらうわけにはいかない。

「今は焦る時じゃないわ。もしもすべての用意ができているんだったら、あんな風に湖から結界を破壊しようなんてしないでしょう? 幻想郷中の警戒を集めるだけだもの」

「妖夢、一旦退こう。夜なら戦闘機も飛ばないだろうし、連中も体勢を立て直そうとするはずだよ。わたしも休むのに賛成だね」

 パチュリーの言葉に同意するにとりと、珍しく真剣な表情で頷く小町。

「紅魔館でひと晩休んでいきなさい。宴とはいかないけれど、しっかりと食事をとって休むのも戦いのうちよ」

 ここまで言われては妖夢も首を縦に振るしかなかった。

 念のためにと美鈴が妖夢を背負い、一行は亡霊たちの本拠地に繋がる穴から離れ紅魔館を目指す。

 しばらく夜の森を進んで辿り着いた紅魔館では、先行した小悪魔と彼女が迎えにいった魔理沙とアリス、それになぜか射命丸文の姿があった。

「あれ? なんでブン屋のあんたがここに?」

 予想外の人物を見たにとりが問いかけた。

「どうしたもこうしたもないですよ! こんな異変に関わらせるなんて、あの性悪妖怪狸めぇ!!」

「妖怪ダヌキってマミゾウですか?」

 すこしだけ回復したのか今度は妖夢が訊ねる。

「ちがいますよ、八雲紫です! せっかくジャーナリストとしてスクープを捉えに行こうとしたら、空中戦に付き合わされて死ぬかと思ったんですから!」

 憤慨する射命丸。この様子だと戦いが中心で写真を撮っている暇などなかったのだろう。

「いやぁ、いい感じに敵を引き付けてくれる囮……じゃなかった、味方がいて助かったぜ」

「いなかったら無駄弾ばかりを撃つところだったわね」

 不機嫌な射命丸とは対照的に、魔理沙とアリスは小さく笑っていた。

 予想外の人物こそ加わったものの、ひとまずの危機を乗り越えた妖夢たちは、紅魔館でひと晩の休息と歓待を受けることになった。

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