東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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【連載】妖世刃弔華

著者

草薙刃

挿絵

こぞう

妖世刃弔華【第47回 氷壁】

「よし、チルノ今だ! フルパワーで霧を凍らせろ!」

 腹の底を震わせるような砲声が響き渡る中、上空を黙って見上げていた萃香が突如として腕を組んだまま鋭い声を上げた。

「うん、わかった! いくよぉっ!!」

 萃香からの指示を受けたチルノは、待っていましたとばかりに両手を広げ、持てる力のすべてを注ぎ込んで周囲に潜む氷を操っていく。

 未だかつてないほど――――全身全霊で付近に漂う空気の中に潜んでいる水分を凍らせるべく冷気を送り込む。

(え? ちょっと待ってよ、おかしくない!?)

 チルノはただの妖精と呼ぶには強力な力を持っている。

 だが、それでも

 にもかかわらず、にとりの視界の霧が急激に凍てつき、日光も遮られていた湖上の広範囲がきらきらと無数の輝きを放ち始めた。

 いくら霧の湖が彼女の住処であるといえど、とどのつまり大妖怪でもないチルノがやってのけるには、あまりにも大掛かり過ぎる――――離れ業ではないだろうか。

 近くで見守っていたにとりはすくなからぬ違和感を覚えるが、非常時であることと、次いで動き出した萃香に意識をとられ、瞬く間にそれは上書きされてしまった。

「さぁさぁ、皆さまお立ち会い! 今から御覧いただきますはぁ、世紀のイリュージョン!そこらに散らばった水をこちらへとあつめまして――――」

 チルノの発揮した力へ呼応するように、今度は軽妙な口調で宣言した萃香が両手を真上に掲げた。

 その瞬間、チルノの能力で凍りつき、小さな氷の粒の群れと化していた周囲の霧が、カールを中心とした地点の上空へと渦を巻くようにして集結。それぞれの隙間を埋めるように極限まで密集していき、あっという間に巨大にして極厚の氷の盾と化す。

「まずは世にも不思議な“氷の盾”のできあがりぃ! さらにこいつは――――」

 瞬く間にカール上空に構築された氷塊が、すべてを吹き飛ばすべく降り注いだ30.5cm砲弾を真正面から受け止めた。

 鼓膜を打ち付けるような凄まじい音が辺りに響き渡る。

「「「えぇ、弾いたぁっ!?」」」

 にとりと小町と妖夢が揃って素っ頓狂な声を上げた。

 同クラスの戦艦の装甲はおろか、最重要区画バイタルパートまで貫くことを可能とする2発の砲弾が命中したにもかかわらず、氷の盾は砕け散ることなく砲弾を弾き返し、さらには作動した信管による爆風すら受け止めて妖夢たちを守り切り己の役目を完遂した。

 もっとも、衝撃を完全に殺すことはできず、砕け散った大小の氷が舞い落ち、さながらダイヤモンドのごとく色とりどりの輝きを放つ。

 その一方で、砲弾を形成していた金属片も、爆煙と水蒸気をまといながら湖面を叩き、多数の飛沫と波紋を残して消えた。

「どうだ、見たかぁっ! これが妖精と鬼のコンビネーション技、《妖鬼氷絶陣ソリッド・ステート・コキュートス》よぉっ!!」

 拳を突き上げて萃香が啖呵を切る。

「す、すげー! あたいらマジでさいきょーじゃん!! これがホントの《パーフェクト・フリーズ》ね!?」

「なんだよその中等生が考えそうなネーミング群は……」

 はしゃぎ合うふたりを眺めていたにとりがこっそりツッコむも、ふたりの合わせ技がとんでもないことは、にとりが一番よく理解していた。

 チルノが周囲の大気を冷やし、それで生み出された氷の粒を萃香が極限まで圧縮することにより、高圧力下で氷の結晶構造や密度すら異なる“別種の氷”を作り出すことができる。

 そんな見た目は氷に過ぎなくとも埒外の性質を持っているため、ケタ外れに巨大な盾を作り上げ、そればかりか砲弾まで防ぐことができたたわけだ。

 文字にすればたったこれだけだが、現実のものとするのは甚だ容易なことではない。

 とはいえ、萃香に言われるまま大気を冷やしていたチルノとしては、まさかここまでのものになるとは思っていなかったのが正直なところである。

「ああ、さいきょーだ。ホント、よくやってくれたよ」

 チルノを向いて破顔する萃香。それを受けたチルノも顔が自然と綻んでいくのを止めることができなかった。

「ねぇねぇ」

 踊り出しそうなくらい喜んでいるチルノを尻目に近付いてきたにとりが、空気を壊さないようそっと萃香に耳打ちした。

「訊くだけ野暮とは思うんだけどさぁ。霧を集めて氷の盾にするだけなら萃香さんの力だけでもできたんじゃないの?」

「なんのことかな? ……ってトボけても良かったけど、やっぱりバレてたか。河童の知識は侮れないな」

 下手に誤魔化すつもりはないらしく、萃香はにとりの問いに首肯した。

「そりゃあ、伊達にエンジニアを名乗ってるわけじゃないんで。水の密度を高めれば氷になるのは知ってるからね。擬似的なブラックホールを作り出せる萃香さんなら単独でそれくらいできるんじゃないかなと思ってさ」

「まぁな。でもチルノも活躍したって幻想郷中に広めてやらないといけないんだろ? 約束を違えないのが鬼だからな」

 小さく鼻を鳴らし、「どうよ?」と言わんばかりに片目を瞑って見せる萃香。

「さりげなくニクいことしますよね」

 小さく肩を竦めつつも妖夢は微笑んだ。

 自分の出る幕はないが、それでも仲間の作り出したかけがえのない勝機に喜ばずにはいられなかったらしい。

「とはいえ、これは“ついで”みたいなもんさ。ほらご覧よ、邪魔だった霧が晴れた」

「……んげぇっ!」

 萃香の指示した方向を向いたにとりが仰天の声を上げた。

 完全に失念していた。あの氷の盾の材料となった水分はどこから持ってきたのかを。

 にとりの盛大に引き攣った表情を見て、美鈴が首を傾げる。

「どうしたんですか? これで砲弾も当てやすくなるんでしょう?」

「そうだけど! でもそれは――」

「相手側も同じってことじゃないかい!」

 にとりと小町が続けざまに叫んだ。

 ふたりの叫びを聞いて、言わんとするところを理解した美鈴と小悪魔がみるみるうちに顔を青ざめさせる。

 これ以上ないくらいわかりやすく、今までで一番の青さ――土気色寸前だった。

「「と、いう、ことは……」」

 古くなった機械のようなぎこちない動作でふたりの首が背後を振り向いた次の瞬間、全容を現したマラートの砲塔が一斉に火を噴いた。

「「みぎゃあ――――――!!!」」

 いくら氷の盾が直撃弾を防いでも、周囲に落下する砲弾まではどうにもできない。

 より鮮明となった暴力を前に、ふたたび抱き合って悲鳴を上げる美鈴と小悪魔。すっかり不条理に慣れてしまいつつある妖夢たち初期組の代わりに狼狽えまくってくれていた。

「ほら見ろ、言わんこっちゃない! いいか、ここでトドメを刺すんだよ!! こっからは本当に早い者勝ちだからね!!」

 反撃を繰り出すべくカールへと駆け寄りながらにとりが叫ぶ。

「なんだい、そんな慌てちまって。こっからが本当の真剣勝負だろ?」

 瓢箪を呷りながら萃香は慌てふためく面々へ怪訝な表情を向ける。

「あのねぇ萃香さん!? そりゃサシの対等な勝負なら『俺たちの戦いはここからだ!』とか言えるかもしれないけど、向こうが圧倒的に有利なんだよ!!」

 刀を振り回せるとなれば喜んで駆け回る“あの妖夢”であっても、今は表情を硬くしているくらいなのだ。

 いや、戦艦相手に斬り込んでくるとか言われても困るので、むしろ大人しくしていてほしいのだが。

「え、何で?」

 肝心なところを理解していないのか萃香はきょとんとした顔で首を傾げた。

「あの巨体! 運動性能! 投射能力!! すべてがこっちを上回ってるんだ! 多少砲塔を潰したくらいじゃ変わらない! 油断したらみんなの命が危ないんだよ!!!」

 焦燥感に突き動かされ、髪を掻きむしりながら答えるにとりの頬をいくつもの冷や汗が流れ落ちていく。

「こっちにはわたしがいるんだから、むしろハンデをやってるようなもんだろ」

「いやまぁ、たしかに30.5cm砲弾を真正面から防御できるのはすごいんだけど……」

 どうにも話していて調子が狂う、というか噛み合わない。

「そんなに怯えるなって。ここにいるのは幻想郷最強の鬼なんだぜ」

 こっちはあんたみたいに規格外じゃないと反論したくなるが、にとりは必死で言葉を飲み込んで会話を続けようとする。

「えぇ……? で、でもさぁ。いくら萃香さんだって攻撃と防御をいっぺんにはできないでしょ?」

「そりゃちょっと考えないといけないかもなぁ」

 そもそも砲弾の直撃を避けられているのは、盾を作り出した萃香がここにいるからにほかならない。彼女の能力を上手く使えばマラートを倒せるとしても、この場の安全が保障されなければ本末転倒なのだ。

「このまま続けていたって決定打にならないんだけど……。あと2回当てるまで盾は持ち堪えられる?」

「2回も当てるまで待ってろってのかぁ? ……じゃあ、もういっそわたしの力であれを仕留めちまうってのはどうよ? たとえばさ――」

 容赦ない全力砲撃が降り注ぐ中で投げかけられた萃香の提案に、にとりは盛大に顔をしかめた。それどころか「正気か?」と言わんばかりの視線を萃香へ向けている。

「……それしか勝ち目が見えないってことかぁ」

 観念したようににとりは大きく溜め息を吐き出した。

「わたしも賭け事は嫌いじゃない。だけど、賢くいくなら勝負ってのは確実に勝てるよう動くもんだよ」

 どこか諭すように萃香は語りかけた。正々堂々とした勝負を好む鬼の流儀にまで妖夢たちを巻き込むつもりはないらしい。

「ああ……でもあれには重油って言ってわかるかな、汚い油がいっぱい詰まってるんだ。それが湖に流れ出すと大変なことになるから、やるとしたら完膚なきまでに叩き潰す――いや、吹き飛ばさないといけないよ?」

「てぇことは、要するに燃えるもの全部燃やし尽くしゃいいんだね? わかったわかった、派手な花火にしてやろうじゃないか」

 追加で何か思いついたらしく底知れぬ笑みを浮かべる萃香。それを見たにとりは総毛立った。

 やはり鬼だ。苦手とかそういう次元ではなく純粋な畏れを抱いてしまう。

「じゃあそうだな……ここに盾を残しといてやるから、私をあいつらのとこへ飛ばしてくれよ。霧になって向こうへ行ってもいいけど、それだと奇襲みたいだしさ」

「待って待って!? まさか戦艦とサシで勝負するつもり!?」

「おいにとり! 敵が来てる!! 妖夢だけじゃ危ないよ!!」

 萃香を止めようとするにとりだが、それを小町が制止した。森の奥から第二波が迫っているのだ。

「くそ、そっちもか! 頭から抜けてた!」

 一度退けたことで油断していたのかもしれない。

 湖の戦艦にばかり気を取られている間に敵の第3波が押し寄せていたことに気付いていなかった。

 押し寄せた亡霊兵は、カールの三方を取り囲み、完全に隙を埋める形でじりじりと迫りつつある。

「わ、わたしも加勢します!」

 小町と美鈴は妖夢を助けに後を追いかける。

「突破させなきゃいい! 無茶するんじゃ――」

 幾度目かの砲撃が大地を揺さぶり、にとりの言葉を打ち消した。

「く……! 小悪魔、砲撃準備は!?」

「いつでも!」

 即座に答える小悪魔。促成栽培ながらにとり軍曹の薫陶が行き渡り始めたようだ。

 なんだかんだと泣き言を言いながらも、裏ではしっかり仕事はこなしていたらしい。いや、これも生き残ろうとする意志だろう。

「萃香さん! 頼んだよ!」

 ここで選択肢を間違えなければ勝てる。

 かつてないほど絶望的な状況であるはずなのに、これまで戦ってきた経験がそう思わせるのか、にとりはいつしか勝利を確信していた。

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