【連載】妖世刃弔華
妖世刃弔華【第46回 相撃】
萃香の放った砲弾は直線ではなく放物線を描くように飛翔。チルノを狙った亡霊たちではなく、それを飛び越えて森から出て来た新手に命中した。
亡霊の最前線を狙うものと思い込んでいた美鈴が叫ぶ。
「え! 外した!?」
「いやぁ、これでいいのさ」
当の萃香は涼しい顔のまま“次弾”を片手に掴んだ体勢で瓢箪を煽る。一見して敵を舐めた態度に感じられなくもないが、浮かぶ表情は勝利を確信していた。
Kar98kの槓杆を引いて次弾を装填した亡霊たちが、ふたたび銃口を掲げようとした瞬間、横合いから殺到した弾幕が彼らを薙ぎ払う。
「今だ、怯んでる! 押し返せ!!」
にとりがMG34の機関部へ新たな弾帯を叩き込みながら叫んだ。彼女はすでに次なる敵を迎撃すべく銃座を回転させていた。
「ここはわたしが――」
にとりの指示に従い、美鈴が駆けだそうとする。
しかし、この時点で彼女に追撃する必要はなかった。敵が足並みを乱したのなら──あとは“真打”が倒してくれる。
間髪容れず襲いかかった白刃が新たな血風を生み出した。瞬く間に距離を詰めた妖夢の放つ斬撃が亡霊たちにトドメを刺したのだ。
「妖夢さん!? いつの間に……!」
今気付いたとばかりに美鈴が驚愕の声を上げた。彼女自身はいっぱいいっぱいで周りの状況にまで注意が及んでいなかったのだろう。
「すみません! 抜けられたのに気づくまで時間がかかりました!」
白楼剣を素早く振るい、倒れ伏した亡霊たちを霊魂に戻しながら妖夢が応じた。
(((あぁ、この感じだとパチュリーがやらかしたんだな……)))
支援役で後を追いかけたはずのパチュリーがこの場にいない時点で、皆は“そういうもの”だと察していた。奇しくも心がひとつになった瞬間でもあった。
「ここはわたしが食い止めます! みなさんは早く湖の敵を!」
叫んだ妖夢は地面を蹴って森へ向かう。
その背を追い越すように、けたたましい音と共にティーガーⅡの戦車砲が発砲。高速で撃ち込まれた砲弾が周囲の木々を巻き込んで、亡霊たちを土と木との合挽き肉へと変えていく。
「すごい……」
見守る美鈴が簡単の声を漏らした。
何ら示し合わせていないにもかかわらず、にとりと妖夢が見せたのは驚くしかないほどの連携技だった。
「おいおい、いつまでもぼさっとしてんなよ。今のあんたはここを守る門番なんだぞ。妖夢が引きつけてくれてる間にやっちまわないと」
傍らまでやって来た萃香がやんわりと窘めた。
酔漢――もとい萃香は最初から戦場を余すところなく見渡しながら動いていたらしい。
先ほど投擲した砲弾にしてもそうだ。仲間が爆発に巻き込まれることを避けたのもあるが、すでに動き出していた“ふたり”の存在を把握していたからだ。
自分も負けていられない。美鈴は心中で覚悟を決める。
「ふぃー。ようやく役者が揃ったかねぇ」
カールの近くまで後退させ、鋼鉄の簡易城塞としたティーガーⅡの砲塔から顔を覗かせたにとりが息を吐き出しながらつぶやいた。
「……おっといけない。大事なことを忘れてた、美鈴!」
「な、なんでしょう!?」
突如として上がったにとりの大声に、美鈴がびくりと身体を震わせた。
「チンタラ動かしてたら照準合わせるのが追いつきやしない! ちょっとこいつの車輪、気功のっけて蹴飛ばしてくれないか!?」
「えっ!? いいんですか!?」
危険物をそんな乱暴に扱っていいのかという問いだったが、にとりは至って真面目な表情だ。
「構いやしない! どうせこれが終わったらもう使わないんだ、派手にやってくれ!」
多少シャフトが歪もうがまともに動かせなくなろうがべつに問題はない。ここを凌げなければそんな心配すら無意味に終わるのだから。
余計心配になるが、兵器のことなど微塵もわからない美鈴には反論などできない。
「……じゃあやりますよ!? あとで文句言わないでくださいよ!?」
「くどいぞ! いいからやっちまえ!」
にとりの怒鳴り声に背中を押されたように、美鈴は身体に巡らせた気を丹田で練り上げて大地を踏みしめながら渾身の一撃を繰り出す。
「――――せいッ!」
鋼鉄の巨体へ鉄槌のごとき蹴込みが叩き込まれる。
固唾を飲んで見守っていた周りの祈りが届いたかのように──カール自走臼砲の130tにも及ぶ巨体が、ほんの少しだけではあるが地面を滑るように動き、砲ごと車体の向きを変えたのだった。
「よっし! 動いた!」
叫んだにとりが両手で握り拳を作る。
「いったああああああいいいいいいっ!!」
一方の美鈴は地面を転げまわりながら美鈴が悲鳴を上げていた。気が抜けた瞬間、肉体の方が耐えきれなくなったのだろう。蹴りを叩きこんだ足を押さえてのたうち回っていた。
「動いた! ほら、小悪魔! ボサっとしてないでしっかりハンドル回せ! 早くしないと撃てないだろ! 美鈴の尊い犠牲を無駄にするな!」
「わ、わた、ひ……しん……」
にとりの物言いに「わたし、死んでないんですけどぉっ!!」と叫びたかった美鈴だが、襲い掛かる痛みで抗議の声すら上げられないでいた。
「無茶言わないでくださいよぉっ! わたしも肉体労働派じゃないんですからぁっ!!」
「んなもんわたしだってそうだよ! 死にたくなかったら働けっ!」
次なる役割を振られた小悪魔が抗議の声を上げるも、にとりの怒声がそれを呑み込んだ。
下手に反論などしようものなら数倍の罵声になって帰ってきそうな気迫だった。その世界の人間が見たらこう言ったかもしれない。河童なのに“鬼軍曹にとり”と――。
「冷えたよ! たぶんこれで大丈夫!」
そこでチルノがタイミングよく冷却終了を告げた。
「おし、わかった! そろそろ砲撃がここに降ってくるよ! こっちの準備も大事だけど、防御できなきゃ元も子もない!」
ティーガーⅡから降りて周りに注意を促すにとり。何か根拠があるわけではない。
だが、これまで生き残ってこれ経験と勘が強く警告していた。
時間の経過と共に敵からの砲撃頻度が高まっている。カールが放つ大口径砲弾の威力に焦っているのが伝わってくるようだった。
確信にも似た予感を得て、にとりは視線を萃香に向ける。
「心配しなくても、ちゃーんと考えてあるよ」
萃香は相変わらず│飄々としているが、けして無責任な表情を浮かべてはいなかった。
「チルノよぉ、ちょっと周りの空気も冷やしといてくれるか?」
「んー? どのくらい?」
萃香が語りかけると、近付いてきたチルノがひょこっと顔を覗かせた。
「そーだなー。ブリザードが吹く一歩手前くらい。 できるか?」
「べつにいいけど、そんなの役に立つの?」
普段ならイヤがりそうなものだが、やる気スイッチが入っているらしくチルノは驚くほど前向きだった。
懸命になった妖精の気持ちが伝わったか、萃香も笑みを深めてチルノの頭を撫でる。
「おおよ。やってくれたら、あとはこっちでなんとかするからさぁ。それとわたしの傍から離れるなよ、ここが一番安全だからな」
瓢箪を煽りながら答える萃香。やはり酒を飲むのだけは止められないらしい。
「はー、鬼が妖精を手込めにしようとしてるよ」
ふたりのやり取りを見ていたにとりが横から口を挟んだ。
河童の持つ鬼への苦手意識がすこしだけマシになり、軽口となって表れたようだ。
「妖怪聞きの悪いこと言うな。これから絶妙のコンビネーションを見せてやるんだからさっさと撃てよ」
そこでにとりへ水を向ける萃香。あいにく、チルノに向けるものほど優しくはなかった。
「へいへい。さっさとやりますよー。防御は頼んだからね」
カールの車体へと登りながら、にとりは最終確認とばかりに萃香に語りかける。
「心配すんな。ここが天王山。ヘマしたら鬼の名折れってやつだ、ちゃんとやるよ。で、そっちはどうなんだ?」
「亡霊って言葉だけしか追ってなかったけど、連中思ったよりもずっと腕がいい」
ぼやきながらもにとりは真剣な表情で思案する。
これだけ深い霧が辺りを覆い隠しているのだ。いかに強力な砲を持つ戦艦とはいえ着弾観測などまともにできたものではないだろう。
そこから考えるに、おそらく計器類やわずかに見えるこちらの発砲炎を頼りに射撃を繰り返しているに違いない。それだけでもすさまじい執念だ。
「はーん、たまたま手に入れた力で暴れてるってわけじゃないんだな」
「兵器の進化はそれを使う兵士の進歩なしには語れないんだ。こんな連中が幻想郷に来るなんていくらなんでもおかしくないか?」
ずっと気になっていた疑問を口にした。萃香なら知っているのではないかと思ったのもある。
問いを受けた萃香は瓢箪を煽る手を止める。どこか迷っているようにも見えた。
ややあって口を開きかけたところで、チルノが横から話を遮る。
「ねぇ、冷やすのってどれくらい? 人10人分くらいの範囲は冷やしてるけど」
「『範囲』って言葉は知ってるのに、距離の単位がずいぶんと大雑把だね、おまえは」
萃香が笑った。
「鬼もあたいを馬鹿にするのかよぉ」
「いんや。そうだな、湖の半分くらいの範囲の霧を凍らせることはできるか?」
「そ、それは……。やれないことはない、と思う」
けして強力な力を持ってはいないチルノだが、自分の持てる力のすべてを出し切ろうとする覚悟が垣間見えた。
「小難しい調整は必要ない。全力でなるべく広く凍らせてくれ」
「わかった!」
カールの広場を中心に、冷気の渦が発生する。霧が次第に輝きを帯び、夕暮れの光を浴びて赤く煌めいた。
「ひぃぃぃぃ、やたら寒いじゃないかい! こりゃあいったいどうなっているのさ!?」
偵察から戻ってきた小町が苦情混じりに声を上げた。ガチガチと歯を鳴らし、顔を青くしている。
「鬼の秘策だってよ。ほら、あんたは敵艦の動きを報告して」
「あー、そうだった。すこしずつだけどこっちに向かって移動してきてるよ」
小町の報告でにとりは作業の手を速めていく。焦っているわけではないが、やはり時間との戦いとなりつつあった。近付けば近づくほど相手も観測しやすくなりこちらの優位性が失われてしまう。
「……ほら、今は余計なこと考えてる暇はないよ。まずは勝たなきゃどうしようもないんだから」
「ああ、そろそろ決着つけてやるよ」
細かいことはあとにしろと窘める萃香の言葉を受けて、照準作業を終えたにとりは拳を掌に当てて音を鳴らす。
こちらにも勝てる要素は揃っている。一度に切れる手札こそ少ないが、空間を渡れる小町の観測によって命中精度は素人の集まりにしては飛躍的に高まっている。
ならば――――ここで勝つ。
「よっしゃ、撃つよ! いっけぇっ!」
幾度目かの轟音が、にとりたちの鼓膜を揺さぶった。
(いや、待てよ。なんか違うぞ……)
にとりはすぐに気がついた。いつもとなにかが違うことに。
「くそっ! 敵も撃ってきやがった!」
なんという偶然だろうか。互いの射撃が重なった。
だが、逆に言えば非常にまずい。砲弾の数もそうだが、初速は確実にマラートの方が速いのだから。
「敵弾くるぞ! 防御しろぉっ!」
全身から噴き出る汗を感じながら、にとりが腹の底から絞り出した声で叫んだ。