【連載】妖世刃弔華

著者

草薙刃

挿絵

こぞう

妖世刃弔華【第45回 剛柔】

 萃香の提案に乗っかる覚悟を決めたところで、ふたたび森が轟音と共に爆発した。

 幾度目かになる艦砲射撃が、森の木々を轟音と共に生まれる爆風で薙ぎ倒しながら徐々にカール――にとりたちの方へと近付いてくる。悠長に構えている時間はなさそうだ。

「こ、これはいくらなんでも危ないんじゃ……」

 にとりのもとへ駆け寄ってきた美鈴が、声に不安を浮かべながら問いかけた。

 戦艦から投射される本気の艦砲射撃。その脅威と威力を肌で味わったに等しい状況下で、湧き上がる感情を隠しきれないのは無理もないことだった。

「愚問だね。危険なのは百も承知。それでもみんなこうして命を張ってる」

「そうですけど、わたしたちだけでどうにかなるんですか?」

 淡々とカールの装填作業を続けるにとりへ呻くように語りかける美鈴。先ほどの砲撃で完全に腰が引けてしまっている。

「どうにかするしかない。あんたも紅い悪魔スカーレットデビルの番犬なんだろ、お嬢様並に強いのが不埒働きに来たらどうすんのさ?」

「どうもこうも、お嬢様並に強い不届き者なんて、幻想郷に数えるくらいしかいないじゃないですか。わたしは所詮、悪戯好きの妖精を追い払ったり身の程知らずの妖怪をあしらったりするくらいで」

「思った以上に下っ端だった」

 頼りにならねぇ……。にとりが額に手を当てた。

「だから言ってるんですよぉ! あの爆発ひとつでお嬢様の全力攻撃1発分くらいあるじゃないですか! あんなの普通は耐えきれないですって!!」

「そんな簡単に当たるもんじゃないから、今はやれることをやろうよ」

「……本当に?」

 にとりへ疑いの眼差しを向ける美鈴。

「……ま、勝負はサイコロの出目みたいなもんだし、いつかは当たるかもしれないけど」

「慈悲はないんですか!」

 乾いた溜め息交じりに放たれたにとりの言葉に、美鈴の我慢は限界を迎えようとしていた。

「でもな、美鈴。こういうのは慌てた方が負けなんだよ。こっちには空間を渡れる死神がついているんだ、湖でふんぞり返ってるやつなんかわたしらで沈めてやろうぜ」

 覚悟のできていない彼女がそうした反応を示すとわかっていたから、この場を預かるにとりは無理にでも笑ってみせた。

 本当に逃げ出したいのは、他ならぬにとり自身だった。

 冷静にならずとも空から破壊の火の玉が降ってくるなんて悪夢の光景でしかない。ちょっとでも気を抜けば今にも足が震え出しそうになる。

 それでも逃げ出さないのは、河童のエンジニアを名乗る知識が本当に通じるかを確かめたい気持ちもある。

 だが、それ以上にこの幻想郷に迷い込んだ技術の塊――兵器同士の戦いの行く末を見届けたかった。

 いったい、どこまで自分は技術狂いなのだろうか。そう考えたら先ほどまでの虚勢さえもが嘘のように自然と笑えてきた。

「こ、こんな状況でよく笑っていられますね……」

 傍らでは美鈴が信じられないものを見るような目をこちらに向けていた。

「泣き叫んだって敵に勝てるわけじゃないからな。だったら笑っとけよ。しんどい時こそ無理にでも笑って自分をその気にさせちまった方がいい」

 自分の言葉で覚悟は決まった。もはやにとりに迷いはない。絶対に勝って見せる。

「なんでそこまで頑張れるんですか」

 幻想郷を救った英雄にでもなりたいのか? そう問われているようだった。

 だからにとりは小さく首を振ってそれを否定する。

「頑張るっていうのはちょっと違うかなぁ。わたしはね、せっかくの美味しいところを他人に持っていかれたくないんだよ」

 心の底から、にとりは不敵な笑みを浮かべた。

 河童という種族云々ではなく個人の性格の問題だった。せっかく技術の塊である兵器を使った戦いに身を投じることができているのだ。ここで自分が一発カマさないでどうするというのか。

 美鈴の場合は「自分の家である紅魔館を守るため」なので方向性は違うが、それでもこの局面を打破しようとする熱意は美鈴にも伝わっていた。

 次に打つべき手は何か。にとりが脳内で思考を張り巡らせていたところで、

「にとりさん! 敵が! 近いです!」

 見張りに出ていた小悪魔が強い口調で警告を発した。

「わかった! 砲撃準備は続けるけど、先に敵を迎撃しなきゃだ! ほら、美鈴も行くよ!」

「は、はい!」

 余計なことを考える暇は与えない。それは美鈴にだけではなく自分に対してもだ。

 カールの車体から飛び降りたにとりはティーガーⅡへ駆けて行き、車長ハッチを目指してよじ登っていく。

 にとりはもう美鈴のことは見ていない。言うだけのことは言ったのだから後は任せたと背中が語っていた。

 だからだろうか、信頼を預けられた美鈴もカールの次弾発射のために自然と駆け出していた。

「ったく、この艦砲射撃の中を歩兵で突っ込んでくるなんて冗談じゃないっての。とんでもない連中だよ、本当に!」」

 コマンダーキューポラに据え付けられた、本来は対空用として積まれているMG34機関銃に車内から引っ張り出してきた7.92㎜弾の弾帯ベルトリンクを装填させながら、にとりは呆れと恐怖の入り混じった声を上げた。

「敵のお出ましだよ! 萃香さんも手伝って!」

「へいへい。思ったよりも出番が早かったなぁ」

 のんびりと答えつつも、萃香はいつの間に用意していたのかティーガーⅡ用の砲弾を手元にいくつか抱えていた。

 すでにJu 87 G-1の“迎撃”に使っているので驚きはしなかったが、それでもにとりは鬼の怪力に唸らずにはいられない。

「ははは、砲身要らずってことか……。あ、間違ってもカールの砲弾を投げようなんて思わないでよね!!」

 戦艦マラート相手に挙げた戦果で540㎜軽べトン弾の破壊力はお墨付きだが、放り投げて届くような場所に落とされてはたまらない。たとえ萃香は無事でもにとりたちが消し飛んでしまう。

「それくらいわかってるよ、信用ないなぁ。ほら、来たよっと!」

 呆れたように答えながら、萃香は片手で掴んだ戦車砲弾を森の中から押し寄せてくる亡霊兵たちへ向けて投擲する。

 挨拶代わりとばかりに飛んで行ったPzGr 39/43徹甲榴弾は上手いこと着地の衝撃で信管が作動したらしく、飛び出してきた瞬間の亡霊たちを巻き込んで炸裂。弾芯ペネトレイター内部にある炸薬が作動し、荒れ狂う破片効果で周囲の標的を肉塊へと変える。

 この惨状を見れば当たり前ではあるが、本来は戦車のような装甲目標や建物ごと敵を吹き飛ばすためのものであり、生身で突っ込んでくる歩兵に対して積極的に使うようなものではない。

 元が人の形をしていたとは思えないレベルでバラバラになって吹き飛んでいく亡霊たち。そこには容赦の欠片もなかった。まさしく鬼の所業である。

「とにかく今はカールに寄せ付けないで! 砲身の冷却が終わるまでは! 小町! 敵艦の位置は!?」

 鬼の力に驚いている暇もないにとりは次の指示を飛ばしつつ、小町に本命マラートの動きを問う。

「ちょっと動きがよくなってきた! 慌ててるのかね? 船速8から9ノットくらいで左へ旋回……あっまた撃ってきた!!」

「ノットぉ!? 尺貫法じゃないのかよ!」

 砲弾の着弾で地面が大きく震動。爆風と爆音が吹き荒れる中でにとりが叫び声を上げた。

「船速は明治以降ずっとノットだよ! とにかく今1ちょう近く移動してる! 距離、4けんくらい詰まった!」

「ええと1町左にってことは頭を右へ……小悪魔! 美鈴と操作を代わって! 美鈴は下りて車両前方左側に行って!」

「は、はい!」

「しゃりょうぜんぽう!? ひだり!?」

 カールは砲が向いている方向が車体後方なので位置を説明するのもひと苦労だ。

「あっち!」

 丁寧に説明している暇もなくにとりは方向を指差して怒鳴りつける。

「あわわわわはいぃぃ!」」

 押し寄せる亡霊たちは止まらない。いかに化物おにや戦車が陣取っていようが、彼らは自分たちの目的を果たすためだけに前進を続けていく。

 単体の攻撃力でいえばにとりたちが勝っているが、やはり数の暴力は質を容易に覆してくれる。

「砲身の徐熱はまだか……やばいやばいやばいやばい……! どうにかここを守り切らないと! そうだ、連中もバカじゃない! 気付かれたら真っ先にチルノが狙われる!」

 飽和した思考が口から溢れ、独り言が勝手に漏れ出していることにすらにとりは気付かない。

 銃身の過熱もお構いなしに撃ちまくるにとり。反動で暴れる銃身と同期して次第に思考もまとまらなくなってくる。

「くそぉ、手が足りねぇ! 妖夢ー! パチュリーでもいいからー! 早く戻って来てくれー!」

 叫んだ時、偶然森の中に閃光が見えた。

 「マズい!」と思うより早く、にとりの身体は動いていた。咄嗟に車内へと身体を滑り込ませていた。

 間髪容れず轟音と衝撃。何かが装甲を叩く凄まじい音で鼓膜が破壊されそうになる。

「パンツァーファウスト……! そりゃあわたしが拾えるくらいだし相手だって持ってるよなぁ!」

 津波のように押し寄せ、目まぐるしく変化していく状況。にとりは半分涙目だった。

 このまま車内に引きこもっていたくなるが、そんなことをすれば遠くないうちにここが自分の棺桶になる。

 ハッチから顔を出したにとりは機関銃が無事であることを確認。パンツァーファウストを撃ち込んできた亡霊たちへ弾丸を送り返す。

 しかし、たった今――弾幕の途切れた時間で敵に前進を許してしまっていた。

「ヤバい、抜かれた!」

 数体の亡霊がカールの車体に迫る。彼らが掲げる銃口の先には――チルノの姿があった。硝煙弾雨の戦場にあって、彼女は全力で砲身を冷却しており周りなど見てはいない。「最後まで諦めるつもりはない」と背中が物語っていた。

「危ない!」

 気付いた美鈴が迎撃のために飛び出していたが、これだけ距離があっては銃の方が間違いなく早い。

 間近な敵を片付けたにとりは機銃を旋回させるが、やはりこちらも間に合うようには思えない。

 同時に、視界の隅で森の中から妖夢が飛び出てきた。彼女もまたチルノに迫る亡霊たちへ向けて駆け出しているが――。

「まずい、チルノ!」

「チルノ――!」

 意図せずしてにとりと重なった叫びは直後の銃声によって掻き消された。

「……おまえらさぁ、さすがにちょいと無粋じゃないか?」

 重なった銃声の後に訪れた静寂。その中でひとつの声が上がった。

 一斉に放たれた銃弾は、チルノへ殺到する前に射線へと割り込んだ萃香がすべて受け止めていた。

 器用なことに掲げた手――指と指の間に命中する軌道を描いていたものだけを選んで掴み取っていた。

「「うっそぉ……」」

 MG34を撃つのも忘れてにとりは呆然と声を漏らした。妖夢もまた踏み出しかけた足を止めて愕然としている。

「こんなもんで鬼が殺せると思われちゃ心外だけど、それ以上に……」

 萃香の指の間からぽろぽろと弾丸が地面に落ちていく。

 飲んでいるのは本当に酒なのか、あるいはずっと酔ったふりをしていたのではないかと思うほどの反射神経だった。

「せっかくおてんば娘がマジになってくれてんだ。どうしてもアプローチしたいなら――このわたしを倒してからにしなぁ!」

 口唇を大きく歪めて不敵に笑う萃香。振り下ろされる腕が唸りを上げ、ふたたび砲弾が放たれた。

イラストギャラリー