東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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【連載】妖世刃弔華

著者

草薙刃

挿絵

こぞう

妖世刃弔華【第35回 魔女】

 ここで時をしばし遡る。

 霧の湖にある島の畔に建つ、自身の存在を誇示するかのような深紅の洋館――――紅魔館の中は物々しい雰囲気に包まれていた。

「お嬢様、お気づきですか?」

 そう滅多にあるものではないが、客人を出迎える応接室も兼ねた居間。全体的に赤を基調としながらも落ち着きのある調度品で整えられたその場所で、メイド長兼料理長の十六夜咲夜いざよいさくやが自身の主に向けて問いかけた。

「ええ、もちろん」

 美しい造りではあるが、過美には至らない絶妙な仕上がりのソファに腰を下ろして紅茶を啜るひとりの少女が答えた。

 見た目で言えば10代前半くらいだろうか。肩のあたりで切り揃えた青みがかった銀色の髪と、流れるような鼻梁に、幾ばくかの幼さを含有した美しい顔立ちをしている。

 白磁を思わせる芸術品のように美しい肌も人間離れしているが、何よりも彼女と初めて相対した者なら一様に想起するであろう、猛禽類もうきんるいにも似た鋭い深紅の瞳が特徴的であった。

「何かが近づいて……いえ、なんだか見張られているような感じね。グールや道教の死体妖怪とは違うみたいだけど不浄な気配。あまり気分のいいものではないわ」

 言葉を紡ぐ際、口から覗くのは発達した犬歯。これに加えて目を引くのが、背中から生えた一対の蝙蝠のような翼だった。

 彼女の名はレミリア・スカーレット。紅魔館の主にして500年以上の歳月を生きてきた吸血鬼の少女である。

「いかがいたしましょう? この館が狙いでないとも言い切れませんが」

 咲夜の言葉はあからさまだった。

 館を取り仕切る立場から、主に危害を加えようとするのであれば容赦はしない。一見した態度そのものは冷静であるが、仄かに漏れる気配からそんな意志が読み取れた。

「積極的に出て行くこともないでしょう。下手に刺激しない方がいい場合もあるわ」

 この場で一番刺激しない方がいいのは咲夜かもしれないと思いつつ、レミリアはやんわりと従者の提案を退けた。

「しかし立場上、何もしないというのも……。美鈴メイリンに外を見て回らせるのはどうでしょう?」

「その程度なら。わたしが動く必要がないならそれに越したことはないわ。館を空けてフランが暴れ出しても困るしね」

 この館の地下深くには、レミリアの妹であるフランドール・スカーレットが“監禁”されている。もっとも、当のフランドールが自分から外へ出て行くようなことはない。

 とはいえ、万が一の事態を想定しておく必要はある。彼女の「あらゆるものを破壊する」などという能力が解き放たれては一大事なのだから。

「では、早速指示を――――」

 主従の会話がまとまりかけたところで、新たな言葉と共に居間の扉が開かれた。

「待ってちょうだい、咲夜。わたしもついて行くわ」

 咲夜はわずかに眉根を動かし、驚きの表情を浮かべる。

「おやパチュリー様、珍しいですね」

 “動かない大図書館”の異名は伊達ではない。紅魔館の面々からすれば、彼女が積極的に外に出ようとすること自体が異変に近いほどの衝撃だった。

「わたしもこの気配が気になっていてね。さっきから湖の反対側くらいでもなんだか騒がしいじゃない?」

 通常の建築物であればここで窓の外を見るのだが、この館は主人であるレミリアの弱点となる日光が入ってこないよう可能な限り窓のない造りとなっていた。

 そのため、湖の向こうから伝わってくる異音もまた外壁に上手く吸収されて神経を逆撫でするほどの騒音には達していない。

 これもまたレミリアが積極的に動こうとしない理由のひとつともなっている。

「それに美鈴だけ行かせるのもね。門番としては優秀かもしれないけれど、得体の知れない気配を探らせるっていうんじゃちょっと心配だわ」

「ああ……。それはちょっとわかります」

 パチュリーの言葉に咲夜は苦笑を浮かべた。

 門番をはじめとした仕事を任せるだけはあって、それなりに優秀と呼べないこともないのだが、美鈴にはどこか抜けたところがある。そんな彼女を「調べてこい」と送り出しても主人の意図する目的を果たせるのか未知数なのだった。

「パチェが一緒なら大丈夫でしょうね。それじゃあ、悪いけどお願いできるかしら?」

「ええ、頼まれたわ」

 

 紅魔館を出たパチュリーたちは森の中を湖に沿って進んでいく。

 意外にも館からはすんなり出ることができた。

 パチュリーが魔法でそれとなく探ったところ、付近には百体くらいの亡霊と思しき存在が潜んでいると判明したが、彼女たちに反応して動く気配は特段見受けられなかった。

 おそらく、特定の対象――――この場合はあくまで想像だが消去法でいくとスカーレット姉妹なのだろう――――が紅魔館から出て来ない限りは動かないようにしているのかもしれない。

(それにしても何の音なのかしら、これは)

 途中、湖を越えるべく霧の中を飛びながらパチュリーは考えていた。

 依然として、遠くからは空気を震わせるような音が定期的に響いてくる。強いて言うなら花火の炸裂音に似ているが、距離を勘案すると感覚的にはもっと強力なものではなかろうか。

(紅魔館の近くに潜んでいる妙な亡霊たちと無関係ってことはないでしょうねぇ。いずれにせよ早く調べた方がいいわね)

 とはいえ、どこぞの巫女のように考えもなしに真正面から突っ込んでいくわけにもいかない。ひとまず湖を渡って亡霊たちの背後から接近を試みることにした。

 立ち込める霧のせいで視界が悪い。いつもなら気にならないはずのそれがこんな時だからか妙に邪魔に感じられる。

 幸い、音のする場所まではまだそれなりに距離もあるが、こんな状況下でなければ飛んでいくのも避けたいくらいだった。

 そして、何事もなく対岸に着いた一行は再び森の中へと踏み入っていく。

 護衛役として先頭を行く美鈴が周囲を見回す。

「とりあえずここまでは目立った異常もないですね、音以外」

 パチュリーはそれに同意しつつ、背後に視線を送った。

「ええ。それにしても、なにもあなたまでついて来ることはなかったのよ?小悪魔」

「なにをおっしゃいますか。引きこも……げふんげふん。いつもは本ばかり読まれている上司が珍しく外に出ると決めたのです、お供するのも部下の役目かと」

 小悪魔と呼ばれた赤髪の少女が生暖かい目で薄ら笑いを浮かべた。

 レミリアとは似ているようでまた微妙に違う翼を頭と背中に生やした、比較的低位の悪魔である。主にパチュリーの部下として彼女の私室も兼ねた大図書館の司書的な役割を負っている。

 黒色のベストにそれと同色のロングスカートに身を包み、白のシャツと赤系統のネクタイがアクセントとなりな格好に仕上げている。

「……まぁいいわ。もし戦いになってもちゃんと自分でなんとかなさいよ」

 勝手についてきて面倒まで見てくれというのは通じない。もちろん、少々キツい言葉になったのは直前の無礼な物言いが理由ではない。

「大丈夫です。戦いならわたしにお任せください。門番として鍛えた功夫クンフーがありますし!」

 美鈴が胸を張って答えた。

 人民服とチャイナドレスを混ぜ合わせたような、淡めの緑色が基調となった衣装を着ており、活動的な印象を受ける格好が門番という肩書にマッチしている。

 髪は赤く腰まで伸ばしたストレートヘアーで、側頭部を編み上げてリボンを付けて垂らしている。

「あら、ずいぶんと気が利くじゃない」

「えへへ。普段から運動とは無縁のパチュリー様が下手に動かれて、呼吸どころか心臓が止まってしまっても困りますし」

 感心しかけたパチュリーだったが、続く発言がすべてを台無しにした。悪気がないあたり余計にタチが悪い。

「……そう」

 ただでさえ血圧の低そうな顔が、すこしだけむっとした表情となるパチュリー。

 同居人たちが普段自分のことをどう思っているか、よくわかるセリフだった。文句のひとつでも言ってやろうと思ったところで、不意に自分たち以外の新たな気配を感じ取る。

「……お下がりください、パチュリー様」

 警告を出すよりも早く、表情を鋭いものにした美鈴が前方へ進み出ていく。

 さすがは門番を任されているだけのことはある。彼女もまた魔女同様に接近する気配を捉えていたのだ。

 ひとつ、ふたつ……いや、もっと増えていく。10を超える前にパチュリーは数えるのをやめた。

 そして、生い茂る森の木々の中から姿を現したのは、森の中に溶け込むような濃緑色の衣服に身を包んだ人型だった。

 わずかに覗く肉体は青白く、戦場で力尽きたむくろを思わせる。無表情のままこちらへ向けるがらんどうの眼窩にあるのは鬼火のような緑色の燐光。

「亡霊……! 紅魔館近くの気配と同じ……!」

 即座に三人は臨戦態勢に移る。亡者の群れが一斉に手にした何かを向けてきたからだ。

「散らばるわよ!」

 パチュリーの指示でそれぞれが間近にあった木々の後ろへと身を隠す。

 間髪入れず、乾いた音が重って発生。直前まで三人がいた場所をなにかが通り過ぎ、あるいは木の幹に当たり鈍い衝突音を立てる。

「問答無用というなら、こっちも容赦はしませんよ!」

 手近な亡霊に狙いを定めた美鈴は、転がるように飛び出ると長い脚で地面を蹴って疾走を開始。瞬く間に彼我の距離を詰めていく。

「はぁっ!!」

 動きに対応しきれない相手の懐へと潜り込んだところで気合いを吐いて拳を繰り出した。

 腹部に直撃を喰らった亡霊は打撃の勢いを殺せず、吹き飛ばされて地面を転がっていく。

 だが――――

「え?」

 何事もなかったかのように起き上がった亡霊は、無機質な表情のまま美鈴へと武器を向けてきた。

「効いて……いない……?」

 さすがにノーダメージは予想外だったのか美鈴の表情が驚愕に固まる。いくら亡霊とは言えどもこれは異常だった。

「美鈴、ぼさっとしない! いったん退却するわよ!」

 パチュリーの決断は速く、その場からの撤退を即座に選択。美鈴も黙って地面を蹴ると、亡霊たちの攻撃を避けながら後退を開始する。

 幸いにして、目の前の亡霊たちに高度な知性は備わっていないように見えた。

 おそらく指示を出す上位者が存在すると思われるが、その気配も周囲には感じられない。単純に受けた命令を実行しているだけのようだ。

(何かを守っている? ……たぶんね!)

 横へと広がった亡霊たちの最奥部、森の中の開けた空間に何やら黒い鉄の塊のようなものがわずかながらに覗いていた。

 正体はわからない。しかし、あれが亡霊たちにとって重要なものであることは間違いないとパチュリーは確信する。

「もしかしたら縄張りの外に出れば大丈夫かもしれないわ! とにかく一度離れるわよ!」

「わかりました! ここはわたしが殿しんがりを!」

 亡霊たちを見据えながら美鈴が叫ぶ。

 彼女も敵の持つ謎の武器が、そこらの妖怪や妖精などとは比較にならないほど危険であると理解しているらしい。

 木々の間を縫うように後退しながら、同時に優れた動体視力を駆使し、パチュリーたちに迫る弾丸を具現化したオーラを利用して絶妙に受け流していく。

 紛れもない離れ業なのだが、いかんせん敵――――いや、繰り出してくる攻撃の手数弾数が多い。

 自分だけならまだしも護衛対象がいるとなれば、さながら綱渡りのような気分だった。

 しばらくしてパチュリーが立ち止まる。亡霊たちが追ってくる気配は見られず、姿が見えなくなる頃には攻撃も止んでいた。

「……どうやら警戒範囲からは脱したみたいね」

「はぁ……一時はどうなることかと思いました……」

 遅れて来た美鈴も額に浮き出た汗を拭い、長い息を吐き出した。

「ご苦労様、美鈴。でも……まだ何かいるみたいよ?」

 魔女が向ける視線の先には、先ほど目撃した鉄の塊と同じような物体があった。

 新手が回り込んでいたかと美鈴が警戒を顕わにしかけたところで、その周囲に見知った顔があることに気付く。

「あれは……魂魄妖夢? こんなところに何故……?」

 なかでもパチュリーの目を引いたのは銀髪の少女――――本来冥界に住まうはずの半人半霊の剣士だった。

「もしかすると、これは案外いいところに出会えたかもしれないわね……」

 何か思いついたかのように、口唇を笑みの形に歪めたパチュリーは歩みを進めていく。

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