【連載】妖世刃弔華
妖世刃弔華【第31回 王虎】
「えーっと、たしかこのへんだったと思うんだけどなー」
山道を先へ先へと進んでいくチルノとそれを追いかける妖夢一行。
周囲をきょろきょろと見まわしながら飛ぶ氷の妖精に、「本当にこいつを信じて大丈夫なんだろうな……」と皆の脳裏をほのかな不安がよぎる。
魔理沙たちと別れて以降、上手いこと陽動がなされているのか高空を飛んでいく敵の航空機らしきものを時折見ることはあっても、それ以外で亡霊兵団との遭遇――――いや、襲撃を受けてはいなかった。
このまま戦闘を回避して、せめて湖あたりまで近づきたいところではあるが、今度はルートを外れて遠回りさせられているような気がする。一刻一秒を争う状況下であるため、自然と焦燥感が募っていく。
「ねぇ、本当にこんなところに何かあるってのかい?」
とうとう我慢できなくなった小町の口を衝いて疑念の言葉が出る。
「嘘じゃないよ、このあたりで見たんだ。逃げてくる最中だったからちらっとだったけど」
「まさかだけど、あんたのいたずらのために変なところへ連れて行こうって腹積もりじゃないだろうねぇ……」
「なによ! あたいを疑うっての!?」
尚も続く小町の言葉に、チルノは眉をハの字にして不満を露わにする。
「ちょっと落ち着いてくださいよ、小町。今はチルノを信じるしかないでしょう?」
ここでケンカなど起きてはそれこそ時間がもったいないと妖夢が止めに入る。もっとも、チルノのいたずらの可能性を完全に否定しないあたり、元々信用があるわけではなかったりするのだが。
とはいえ、こればかりは常日頃の行いが悪いと言わざるを得ない。
当のチルノも多少はそのあたりの自覚はあるのか、それ以上反論の言葉を口にしたりはせず少しだけ速度を上げて先へと進んでいく。
「――――ん、あったあった! 言ってたのはあれだよ!」
しばらくして何かを見つけたチルノが大きな声を上げる。
その場で飛び跳ねるようにしながら妖精が指さす方向を見ると、木々の間からうっすらと覗いていたのは本当にバカデカい鉄の塊だった。
全部が見えるわけではないが、上面部が露わになっており、その高さから相当に大きいのはここからでも容易に想像がつく。
「あれは……もしかして戦車ですか?」
視界に飛び込んできた巨体に、妖夢は思わず驚愕の声を漏らす。
先ほど戦ったT-34との経験から当たりをつけての発言だったが、それはまさしく正解であった。
「ちょっとちょっと! 戦車がいるってんなら、こんなところでボーっとしてたらまずいんじゃないのかい!?」
やたら頑丈で恐るべき攻撃力を有する機械を相手に繰り広げた、死闘とも呼んでも過言ではない壮絶な戦いを思い出した小町は顔を青くして警戒を深める。
「だーいじょーぶ。あれは動いてないよ。見た感じ無人……放棄されたんだろうね」
そう言って、茂みの向こうにある戦車へと足早に近づいていくにとり。
よくよく冷静になってみれば、戦車が走り回る際に聞こえてきた特有の唸り声も聞こえてはこないし、付近には亡霊らしき気配もまるで感じられない。
強いて言うなら、ここまで続いてきたと思われる履帯の跡が見られたが、そこからは何か問題でも発生したのか別方向へと離れていく亡霊の物らしき足跡だけが残されていた。
「おー! こりゃすごい!」
戦車の全容を確認したにとりが大きな声を上げた。妖夢たちも後を追うように駆けだす。
「こ、これは……」
「それなりの車両でもあれば儲けもんだと思っていたけれど……まさかの大当たりじゃないかっ!! キング・タイガーがあるなんて!」
よほど嬉しかったのか、にとりに至っては今にも飛び上がらんばかりに全身を震わせて喜んでいる。
ティーガーⅡ――—―第二次世界大戦時に使われたドイツの重戦車であるVI号戦車の通称で、そのⅡ型を意味している。
ノルマンディー戦線でこの戦車を見たアメリカ軍からは「キング・タイガー」、イギリス軍は「ロイヤル・タイガー」との渾名をつけられており、この連合国からつけられた渾名がいつしかドイツへと逆輸入され、「Königstiger」と呼ばれることとなったのだが、こうして間近で見ればその名に恥じぬ巨躯とわかろうものだ。
設計概念はティーガーIを踏襲したが、車体には更なる重装甲、重武装が施され、同じドイツのパンターと同じように傾斜装甲が採用されており、まさしく数多存在する戦車の中でも突出した王者の威容を有していた。
「おおっ! なんだよ、弾薬も燃料もほぼ満タンのままじゃないか! はははは、こりゃ至れり尽くせりだねぇ!」
内部へと上半身を突っ込んで妖しい声を出しながら物色しはじめるにとり。
もっとも、機械を前にした彼女がこうなるのはわかりきっていたことなので今回に至っては誰も呆れることさえない。
「おぉ? なんだかおもしろそうなからくりじゃんか。わたしにも使わせろよぉ」
そこで見慣れぬものに興味を持った萃香が声を上げて内部に潜り込んでくる。
「「「酔っぱらい運転ダメ、絶対!!」」」
妖夢と小町、それとにとりの言葉が重なり、酔いどれ鬼の無茶を全力で阻止する。
「萃香、あんたはバカ力が取り柄なんだから、装填手をやってもらうよ。ほら、飲んでばかりいないでやり方を覚えてくれよ!」
「まったく、鬼使いが荒いなぁ~」
「とにかく! 細かいことは道中説明するから! みんなもだよ!」
時間がないのでぶっつけ本番にはなってしまうが、ここで実弾射撃の練習をするわけにもいかない。それではせっかく敵を避けて進んでいる意味がなくなってしまう。
「よーし、エンジン始動!」
叫びながらにとりがエンジンを始動させ、獣や妖怪の唸り声とも違う大きな音が辺りに響き渡った。
やはり何度聞いても慣れてはくれない騒がしい音だった。
「あー、放置されていたなんておかしいと思っていたけど、こいつが原因かぁ……」
計器類を見ながら顔を顰めたにとりが声を上げる。
もちろん、彼女の真似をして同じところを見ても、妖夢や小町にはさっぱり理解できない。
わかるのは、にとりの反応からして何かしら問題があってこの戦車を動かすのが難しそうなことくらいだ。
「うへぇ、エンジンの温度がすごい高くなってるよ。こりゃ冷却機能が壊れちまっているんだろうね……」
「温度が高い? それって放っておくとどうなってしまうんです?」
機械知識が皆無の妖夢が首をかしげて問いかける。
「人間や妖怪でも暑くなり過ぎると動けなくなるやつがいるだろ? それと同じで、こいつも温度が高くなり過ぎると心臓部が焼き付いて動かなくなっちまうんだよ。まさか冷却水なんてものが置いてあるとは思えないしなぁ……」
そう、放置されたこのキング・ティーガーには、マイバッハ製HL230P30 4ストロークV型12気筒水冷ガソリンエンジンに使用される冷却水がなくなってしまっていたのだ。おそらく液漏れなどトラブルが原因だろう。
「いや待てよ……? ただエンジンを冷却すればいいってんなら……」
「あっ、そういうことですか!」
にとりははたと思いつき、妖夢も河童のエンジニアが意図するところに気が付いた。
単純な機械トラブルではなく冷却の問題で使えないのであれば、冷気を当てて温度を下げてやればいい。なんという幸運か、うってつけの存在がちょうどこの場にいるではないか。
すぐに妖夢とにとりはハッチから外へ出るが、顔を覗かせるとすでに先客がいた。
「ちょっとさぁ、協力してくれよ~。あんたの力が必要なんだよぉ~」
ふたりの話を聞いていた小町が我先にとチルノに頼みこんでいたのだ。
「やだよ、熱いの。あたいが溶けちゃうじゃん」
嘘か誠かわからないが氷の妖精なのでたしかに高熱には弱いのかもしれない。
「幻想郷の危機なんだ、頼むよぉ」
先ほどまでの疑念はどこへ行ってしまったのか、ハッチから外に出るとエンジンルームの近くで小町が必死でチルノに頼み込んでいた。
「全部片付いたら氷菓子とか買ってあげるからさぁ~」
「しょうがないわねぇ~。でも、あたいがお菓子に釣られるような安いオンナだなんて思わないでよね! 幻想郷のためなんだから!」
半ば拝み倒すような交渉だったが、最終的には満更でもなさそうな顔でチルノは頷いた。思いっきり物で買収されているのだが、妖夢もにとりも見て見ないふりをした。
たかが氷菓子ひとつかふたつかは知らないが、それで幻想郷の平和が守られるのなら安い取引だと思う。
「よぅし、それじゃあ行くよ! パンツァー・フォー!」
にとりが意気揚々と声を張った。
「ちょっと何ですか? その妙な掛け声は」
「あぁ、戦車で出撃する時にはこう叫ぶのが外の世界じゃ礼儀らしいよ? 拾った本に書いてあったんだ」
「……本当ですかそれ?」
どうにも出所のあやしい知識をにとりはここぞとばかりに披露してくる。当然、詳しくない妖夢たちにその真偽は確かめようがない。
「本当だって! 機械のことはわたしに任せておきなよ! ちゃんとこれまで役立ってきただろう?」
「そうまで言うなら信じなくもないですけど……」
それよりも妖夢は響き渡る機械音に不思議と安心感を覚えていた。
T-34を前にして聞けば恐怖や危機感を引き立てたそれが、今ではなぜか妙に頼もしく聞こえるのはなぜだろうか。
「妖夢! ここからの敵はたぶんより強い連中だ! パンツァーファウストだって持ってるかもしれないし、しっかり外を見張っていてよね!」
運転席からハッチを開けてにとりが声をかけてくる。さすがに砲塔が邪魔になって姿は見えないが、
「わかりました! にとりこそ、操縦は頼みましたよ!」
「よーし、それじゃあもういっかいいくよ……」
にとりが音頭を取り、なんだかんだと全員がその時を待ち、頃合いを合わせるようにして声を上げた。
「「「「「パンツァー・フォー!!!」」」」」