東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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【連載】妖世刃弔華

著者

草薙刃

挿絵

こぞう

妖世刃弔華【第29回 縁起】

「ま、待て! どこへ行く!」

 踵を返す亡霊の背に妖夢が鋭く問う。

「わたしを止めたければ追ってくるといい。もっとも、今のあなたでは死期が多少遅れる程度でしょうけれど……」

 視線だけを寄越し、遠ざかってくオウスティナの声。

 極大の重圧から解放された妖夢はその場にへたり込みかけるが、楼観剣ろうかんけんを地面に突き刺してなんとか耐える。たとえ虚勢であったとしても剣士として見せねばならない、せめてもの矜持きょうじだった。

(退いた……? ……?)

 激しい鼓動と共に流れ出る、汗は一向に止まる気配がない。

 亡霊の首魁が退く理由まではわからないが、オウスティナが止まらなければ自分は間違いなく今ここで死んでいた。己が身を救った幸運にただただ感謝する。

「ほっとしているのか、わたしは……」

 負けたのはいい。これが初めての経験ではない。それこそ生きてさえいれば再び戦うこともできる。

 だが胸中に渦巻く感情――――情けないのは敵が退いてくれたことに安堵している自分自身の怯懦きょうださだ。

(いや……あれこれ理屈をこねるのはなしだ。完全に力の及ばない相手に何ができた? 首を刎ねられるまで無駄に足掻いていれば良かったとでも? それこそ蛮勇じゃないか……!)

 敗北を受け入れられず、己の不甲斐なさに妖夢は歯を食いしばる。

 弾幕ごっこで負けた程度であれば、おそらくここまで気が沈むようなことなかっただろう。しかし、純粋な剣の腕で押し負けたとなれば話は別だ。剣は妖夢の存在意義アイデンティティに近いものだ。それが余計に妖夢の意識をさいなんでいた。

「山の方が騒がしいって思って来たら、なにやってんのよあんたたちは」

 妖夢の弱気とは正反対ともいえる暢気な声が上から降ってきた。

「霊夢さん……」

 ふわりと降り立ったのは巫女服の少女、博麗霊夢はくれいれいむだった。

 昨晩から今朝方にかけて彼女の自宅でもある神社で世話になったはずなのだが、ずいぶんと久しぶりに感じられるのはずっと戦い続きだったからであろうか。

 さすがに得体の知れない亡霊たちが跋扈ばっこしているのもあって、霊夢も右手には妖怪退治用のお祓い棒を持ち、反対側の手には……なぜか酔っ払い鬼こと伊吹萃香いぶきすいかの首根っこを掴んでいた。器用なことにここまで飛びながら引っ張ってきたらしい。

 尚、掴まれている当の本人萃香は程よく酔っ払っていて気にならないのか、霊夢の足にもたれかかって瓢箪ひょうたんから酒を飲んでいる。周りの目すらまるで気にせず自身のペースを貫く驚異のブレなさだった。

「ずいぶんと辛気臭い顔しているじゃないの、妖夢。とうとう本物の幽霊にでもなったのかしら?」

 別に意地の悪い皮肉ではなく純粋な問いかけだったが、今の顔をあまり見られたくない妖夢は表情を無理矢理引き締める。

 まだなにも終わってはいない。今は主からの命を遂行しなければならないのだ。霊夢の態度は気に入らないが、強引にでも気持ちを切り替えてくれたことに内心で感謝せざるを得なかった。

「……どうしてあなたがここに?」

 短く息を吐き出して問いかける。

「バンバンバンバン遠くまでうるさいから様子を見に来たのよ、どうせ今回の異変に関係しているだろうと思ってね。そしたらやかましくてデカい鳥みたいなのが飛んでるし変な柱が空を向いて火を噴いてるし、魔理沙がいなかったら符と針でぶっ壊していたところよ」

 さらっと恐ろしいことを口にする霊夢。この巫女ならやりかねない。

「ははは、霊夢はわたし以上に向こう見ずなところがあるからなぁ」

 空から降りてきた魔理沙が、どこか呆れたように渇いた笑いを漏らす。彼女が飛んでいなかったら、せっかく機能し始めた対空陣地が巫女の攻撃を受けていたかもしれない。それはさすがに笑えない話だ。

「様子を見に来ただけならお生憎様ですが、もうここには何もありませんよ? 亡霊たちもあらかた霊体に戻しましたし」

 こちらが死にそうになっている中でふたりとも暢気なものだと、妖夢の口調は若干不機嫌なものになってしまう。

「あ! 霊体で思い出した! いったいなんなのよ、あの亡霊どもは! 霊体に戻せないから簡易結界で封印しとくしかないんだけど!?」

 言葉に含まれた棘には気付かず、霊夢は思い出したとばかりに妖夢に詰め寄りながら叫ぶ。

 とはいえ妖夢は異変の首謀者でもないのだから、怒鳴られたところでどうしようもない。これでは八つ当たりもいいところだ。

 そして同時に、オウスティナが撤退した理由が意図せず判明した。博麗の巫女たる霊夢の結界に囚われる危険を回避したのだ。戦闘でオウスティナを倒せなくとも、動きそのものを封じられては計画に支障が出ると判断したのだろう。

「わ、わたしに言われても困りますよ……。ただ、どういうわけか白楼剣はくろうけんで斬っても成仏させずに霊体に戻せるみたいなので、こちらで順に処理して回ってますけど……」

「はぁ? どれだけ厄介な連中なのよ。ああもう、やっぱりわたしじゃダメってことじゃない……!」

 普段であれば異変解決に乗り込んでいくはずの霊夢だが、後手へ回らざるを得ない状況に苛立ちを募らせているようだ。

 今になって思えば、こうなることを見越して四季映姫は初めから妖夢と小町を選んだ可能性がある。だからこそ主人たる幽々子も妖夢の派遣を承諾したのだろう。

「こうなったらあんたを主軸に亡霊どもを倒すしかないわね。わたしも行くわ」

「じゃあ、里へ向かう敵はわたしと魔理沙がここで食い止めるわ」

 横から勝手に話を決めたアリスに、魔理沙は「えっわたしも?」と言わんばかりの目を向ける。

 アリスもその視線に気づいてはいるが、拉致同然に連れて来られた恨みがあるのか完全に黙殺していた。

「そりゃありがたい申し出だけど……。そのうるさいのをまだ使うわけ?」

 FlaK36を眺める霊夢はどこか不満げな様子だった。外の世界の物を積極的に使おうとするアリスの姿勢が気に入らないのかもしれない。

「使えるものは使って当然でしょう? 魔理沙の弾幕だけであの飛行機械たちを落とすのは無理があるし。たしかにうるさいけれど、使ってみると意外と便利なものよ?」

 霊夢の問いにアリスは涼しい顔で答える。

 この兵器の扱いはすでに慣れたものだ。運用に必要な頭数を自らの人形で補い、少ない人数で敵の航空戦力に効果的な打撃を与えられるのであれば使わない手はない。

「……仕方ないわね。だけど使っていいのは今だけよ? この騒動が終わったら全部河童たちにでも頼んで鉄くずにさせるわ。例外は認めない」

 これは幻想郷の結界、そして秩序を守る者として絶対に譲れないところだった。

 なお河童と口にした際、「余計なことはするなよ?」という釘を刺すかのような視線をにとりに向けていた。先にきちんと警告しておかないとどうなるか、今までの経験からよく理解していた。なあなあで済ませてしまうと、今回姿を見せない守矢神社の連中がまた悪巧みに走る恐れもある。

「そうね。こんなものがあちこちにあったら、新たな混乱の原因になりそうだわ」

 アリスも思うところがあるのか、特に反論をすることはなかった。

 いずれまた似たようなものがやってくるのだとしても、すくなくとも今の幻想郷にこのようなものは不要だと彼女自身も考えている。

 過ぎた力は己の身どころか世界すら滅ぼしかねないと、この一件に関わっている者たちは朧げなりとも理解したことだろう。まるでこの異変をもってそれをわからせようとしたかのように。

(……でも、あまりにもタイミングが良すぎでは?)

 ふとそんな疑念が妖夢の脳裏を過ったところで、遠くから雷鳴のような轟音が響き渡ってきた。山が噴火でもしたかと思うが、見える山頂に異変はない。

「なんですかこれ!?」

 まさか敵が最終兵器ツァーリ・ボンバを起動してしまったのかと焦りを覚えるが、いくらなんでも早すぎる。

「……ツ! 結界に異変!? ああもうこの忙しい時に……!」

 博麗の巫女として何かを感じ取ったのか、苛立たしげに吐き捨てた霊夢は反射的に飛んで行こうとする。

「ちょっと、霊夢さん!?」

「悪いけどやらなきゃいけないことができたの。半人半霊、あんたがこの異変を解決できるだけの力を持っているのなら、その役目、仕方ないけど今回は譲ってあげるわ」

 振り返った霊夢が正面から妖夢を見据えて告げる。

「譲るって……」

「そのかわり絶対に阻止させなさいよね。あんたがコケたら、幻想郷そのものが吹っ飛ぶんだから」

 有無を言わさない口調だった。

 今の自分があの亡霊オウスティナに勝てるのか。それはわからない。だが、だからと言って冥界に逃げ帰るわけにもいかなかった。

「……わかっています。そのためにこうしてわたしが遣わされたのですから」

 妖夢もふたたび覚悟を決め、巫女から向けられる視線から目を背けず答える。

「ならいいわ。どんな迷いを抱えているか知らないけれど、あんたはなんでも斬って捨てる性質たちでしょ? だったら、その迷いも斬ってしまいなさい」

 腕を組んだ霊夢は小さく鼻を鳴らしてそう告げる。

「そんな人を辻斬りみたいに言わないでくださいよ、人聞きの悪い……」

「……は? あんた萃香の時にしでかした振舞い、まさか忘れたわけじゃないでしょうねぇ?」

 物言いが気に入らなかったのか妖夢は小さく頬を膨らませるが、対する霊夢の目はまったく笑っていなかった。むしろ虎の尾を踏んだ感すらある。

「いやぁ、あれはまぁその……自分でもどうかしてたとしか……あはは……」

 渇いた笑い。戦いとは別の汗が噴き出て妖夢の顔を濡らす。

「そうそう、その話題で思い出した。そこの萃香を連れて行きなさい。こんな酔っ払いでもいないよりは役に立つわ、たぶん」

 いきなり話題を変える霊夢。短い時間で表情がせわしなく変わるが、怒りの矛先が向きかけていた身からすれば命拾いした気分だった。

「ん~? なんらぁ?」

 酔っ払いの名にたがわぬ間の抜けた声が酒を飲み続けていた萃香の口から放たれた。

 呼ばれてふらふらと立ち上がった姿は幼い少女そのものだが、これでいて鬼の中でも名うての存在である。

 薄茶色のロングヘアーを先端部でひとつにまとめ、頭の左右からは身長と不釣り合いなほどに長くねじれた角が二本生えている。服装は白のノースリーブに紫のロングスカートで、頭には赤の大きなリボンをつけ、左の角にも青のリボンを巻いていた。トレードマークは呑んべぇの代名詞でもある伊吹瓢いぶきびょうと呼ばれる紫色の瓢箪で、これ以外に三角と丸、そして立方体四角の分銅を腰などから鎖で吊るしている。

 幼女の姿で酔っ払いとはシュール過ぎるが、方向性は違えど似たり寄ったりの個性派揃いな幻想郷では、これでも浮き過ぎていないのだった。

「飲んでばっかりいないであんたもすこしは働きなさい。幻想郷が吹き飛んだら宴もできなくなるわよ」

「しょうがないなぁ~」

 わかっているのかわかっていないのか果てしなく怪しいが、この状況下で味方が増えることを拒む理由はない。

「あとは任せたわよ」

 ふっと小さく笑ってそのまま飛んで行く霊夢。その後ろ姿を見送る妖夢はしばらくの間虚を突かれたような表情を浮かべていたが、やがて小さく頷いて仲間たちに視線を送る。

「わたしたちも急ぎましょう」

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