【連載】妖世刃弔華

著者

草薙刃

挿絵

こぞう

妖世刃弔華【第22回 戦空】

 楼観剣ろうかんけんを片手に高速で飛び立った妖夢は、機体を傾けながら上空を悠然と旋回するP-36Cへとまっすぐに向かっていく。

 まるで大空の支配者のように――――いや、もう勝った気でいるかのような動きがまことかんさわる。

 からくり仕掛けを使って飛んでいるくせに、まさか鳥になった気にでもなってるのだろうか。

「そりゃあ、わたしたちをここで釘づけにしておけばいいのはわかりますけど……」

 反射的にいきどおりを覚える一方で、敵がそのような行動に出る理由についても妖夢は察しがついていた。

 用意周到なことに“人狩り用”に歩兵部隊を人里などに向けて放っていたようだが、実際のところ亡霊たちは無理をしてまで妖夢たち“侵入者”を始末する必要はないのだ。

 幻想郷へと流れ着いた最終兵器ツァーリ・ボンバを初期のうちに確保した以上、あとは時間切れまで守り抜けば、比喩ひゆ表現抜きにすべてが冗談のような高熱によって塵となって終わってしまう。

 神話にうたわれるような災厄さいやくを引き起こした先になにをするつもりなのかまではわからないが、すくなくとも連中の目的は最低限達成される。

「どう考えても向こうの方が勝利条件からしてゆるゆるじゃないですか。だっていうのに、あんないんちきじみた武器まで持ち込んで……」

 思考を切り替えて冷静になろうとしたものの、やはり理不尽な状況に怒りばかりが妖夢の中に湧き上がってくる。

 本音で言えば、あんな幽霊が突然変異したようなおどろおどろしい連中など相手にしたくはない。

 ある意味奥の手である白楼剣はくろうけんを使って強制的に成仏させない限りはどれだけ斬っても動き回り、死人もかくやといった表情で迫りくる亡霊たちには恐怖しか感じないし、できることなら今すぐ白玉楼はくぎょくろうに戻って主人幽々子といつも通り庭師としての生活を送っていたいくらいだ。

 しかし、幽々子ゆゆこはすでに幻想郷担当の閻魔えんまである四季映姫しきえいき・ヤマザナドゥの依頼を受けてしまっている。

 ここで妖夢がおめおめと逃げ帰った日には、どれだけ落胆させてしまうのだろうか。

 いや、あの主人であれば表面上はいつも通りの捉えどころのない笑みを浮かべるだけかもしれない。

 しかし、もしも内心にその感情が少しでも生まれるのだとしたら。それだけは絶対にできなかった。

 言ってしまえば幻想郷のためではない。単純に様々な思惑で板挟みとなり、妖夢は半分自棄ヤケになっていたのだ。

「速攻で片を付けてやるんだから!」

 やり場のない感情を叫びに変え、敵の真下へと潜り込むように飛んでいく妖夢。

 亡霊が乗っている場所は機体の上部に埋め込まれるようになっていて下への見通しが悪い。そのため円を描くように一定位置をくるくると旋回しながら胴体を傾けて死角を補っているのだろう。

 生身の存在に航空機を破壊できるかは別として、いたずらに奇襲を受ける愚を犯さないだけの知能は持っているようだ。

 ともすれば、今までに何体もの亡霊なかまたちがやられていることが伝わっているのかもしれない。

「こちらに気が付いた! 奇襲は無理みたいですね……」

 品が悪いので舌打ちは内心だけにしておく。

 向けた視線の先で、鋼鉄のホークが突如として周回機動から落下するように高度を下げ、虚空を舞うかのように翼端から細い雲を生み出しながら妖夢へ向かい突き進んでくる。

「行くぞ!」

 慌てることなく妖夢は開戦を宣言。こちらの存在を捉えたP-36Cの動きを注視し、直線機動とならないように意識する。

 にとりから口酸っぱく警告を受けたように、たった一発でも攻撃を喰らえばたちまち終わりだ。

 ある意味では幻想郷の決闘ルール――――“弾幕ごっこ”と同じだが、こちらは勝負に負けるだけでは済まない。

 今まで相手にしてきた人型の亡霊と異なり、武器を構えて攻撃する際の予備動作がP-36Cあれにはなく、撃たれたと思った時には死んでいる可能性があるのだ。

 といっても、肉体の視力に頼っていてはまともに戦うことすらままならないため、できるのは今まで培ってきた戦闘の勘や、敵の見せるちょっとした動きから次の動作を予測して動くことだけだ。

 なにしろ最大速度500km/hを超える幻想郷の住人にとっては完全なる未知の存在だ。生身で速いだけの妖怪なりなら向かってくる動きに合わせて刃を向かわせ斬ればいい。

 しかし、その肉体――――と言うべきかわからないが、鋼材でできている以上は容易く斬れるものではない。いかにして堅牢な守りを突破するかまで考えなければ倒せないはずだ。

 いくら妖夢におのが剣の腕への自信があったとしても、過信だけは厳に慎むべきだった。

「っと!」

 備え付けられたP-36Cの機銃が全力で咆吼。轟音を上げて濃密な火線となって伸びてくる。

 音速を超える速度で飛翔する弾丸が付近を通過。唸りを上げる衝撃波に思わずひるみそうになるが、それは同時に妖夢にも死の気配の接近を目に見える形で知らせてくれていた。

 操縦手が高速度域で自身が放った弾道を確かめるために装填されている曳光弾えいこうだんの存在に気が付いたのだ。

「逃げ出したくなる気持ちもあるけど……勝機がないわけじゃない!」

 明確な根拠などないものの、自らを無理矢理奮い立たせて妖夢は突き進んで行く。

 とはいえ、弾道だけを予測したところで単純に避けているだけでは早晩やられてしまう。

 こちらに追随するであろう敵の動きまで予測し、空を切り裂いて押し寄せる弾丸の群れを避けながら、薄氷の上を渡る思いで刃の届く距離まで間合いを詰めていく。

 しかし、亡霊の駆る機体が先に動いた。突っ込んでくる妖夢から離れるかのように突如として軌道を変えたのだ。

「あいつ……!」

 苛立ち交じりの言葉を放ちながら妖夢はP-36Cの動きを見て確信に至る。

 あの亡霊、こちらとまともに戦う気がない。一撃離脱戦法に徹するつもりだ。

 優れた速度で相手を翻弄ほんろうして隙を作り出す、あるいはわざと隙を見せて攻撃を誘い、それらによって自分にとって有利な場所へと引きずり込んでから必殺の機銃で仕留めるつもりなのだ。

 あの鳥の役割は、おそらく空から近づこうとする者の排除とT-34戦車の援護ではなかろうか。

 至近距離での爆発すら受け付けない鋼の塊が易々と潰されることはないかもしれないが、向こうからすれば幻想郷は怪しげな術を使う連中の集まりだ。慎重を期してやりすぎということはない。

 小賢しい。思い通りにさせるかと妖夢は飛翔速度を上げようとするが、機首の向きを変えて上昇に転じたP-36Cは上昇性・高速性すべてにおいて彼女を上回っていた。

「ダメだ、追いつけない……!」

 まともに張り合うのは無理だ。

 はやる気持ちを抑え、妖夢は敵の土俵で戦うことを諦める。冷静さを失った時こそ敵の思う壺にはまってしまうからだ。

 それに、よしんばあの動きに追随ついづいできたとしても、戦うための体力をいたずらに消耗してしまうだけだ。

 対して、向こうは無限ではないだろうが、生物特有の疲れらしきものは見受けられない。実際、専門家にとりからもそれに期待したら負けると聞いている。

 だから――――視点を変え、斬りに行くのではなく、こらえきれずこちらを狙いに来る瞬間を狙う。

 相手にしてもそうだが、向こうとて妖夢の最高速度を知らない。

 それ以上に、妖夢たちが生身に過ぎないとあなどっている。つけ入る隙があるとすればそこだ。

「小町の真似じゃないですけど、「鬼さんこちら!」ってやつですね!」

 不敵に笑った妖夢は急激に高度を下げながら進路を変更。森の木々の上ギリギリを這うように飛行し、一気に妖怪の山方面へと向かおうとする。

 この時、妖夢にとって幸運だったのは、彼女の身に纏う服装は意識せずして大半が緑色に統一されており迷彩――――偽装の役割までを十全に果たしていたことだろう。

 あくまでも服の色合いについては気に入っているものなので偶然でしかない。

 これに加え、P-36Cを駆る亡霊の知性が空戦と侵入者への対処に割かれていて妖夢の動きが“誘い”だと気付かなかったこともまた偶然だ。

 しかし、それらが重なり合ったことでそれまで大空を悠然と舞っていた存在は予定を変更せざるを得なかった。

 この地に橋頭保を築こうとしているなら、森に潜む仲間を援護しT-34の撃破を優先するはずだ。にもかかわらずあの侵入者は先を急ごうとした。つまり、今までの行動すべてが陽動だったのだ。

 蒼穹から地上へと目がけて急降下しつつ敵を探すP-36Cからは、それまでの余裕にも似た動きが完全に消失していた。

 なりふり構わず突っ込んでくるのは最早大空の覇者を気取る銀色の鷹ではない。小うるさい鋼鉄の羽虫だ。

 高度を落としたことでついに妖夢を発見したか機銃が火を噴き、四条の火線が木々を散らしながら迫ってくる。それでも、妖夢は振り向かない。

迂闊うかつだぞ、空の亡霊っ!」

 耳朶を打つプロペラの音と肌を刺す気配、それと勘を頼りに妖夢は急旋回――――いや、急転回して身体全体で真後ろを向く。

 あまりにも無茶苦茶な動きによって身体の中を流れる血液が一斉に下半身方面へと集まり、視界が暗くなり世界の色までもが喪失。灰色の世界に変わる。

 はじめての感覚だった。しかし、目の前にまで迫っていた翼。気が付けば刃をはしらせていた。

 高速で動く物体同士のぶつかり合いであったにもかかわらず、思ったよりも衝撃は感じられなかった。

 だが、刀のつかを握る妖夢の手に伝わる手応えがすべてを伝えていた。楼観剣の切れ味は確実にP-36Cの翼端を切り裂いていたことを。

「ほら、やっぱりうるさいだけの羽虫じゃないですか」