東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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【連載】妖世刃弔華

著者

草薙刃

挿絵

こぞう

妖世刃弔華【第10回 賢者】

 ところ変わって博麗神社。

 半人半霊に死神という妙な組み合わせの客人を見送った霊夢は朝食の後片付けを終え、縁側に腰を下ろしてお茶を飲んでいた。

 遠目から見ればいつもの巫女の日常風景ではあったが、その表情にはどこか落ち着かない様子が漂っている。ふらふらと揺れる足にもその感情の振れ幅が表れているようだった。

「なんだかご機嫌斜めみたいね」

 不意に発せられる声。霊夢のものではない。

「……なにしにきたの?」

 視線を動かすことはなく霊夢は湯飲みに口をつけてつぶやくように漏らす。

「なんだ気付いていたの、つまらないわね」

 がっかりしたような声とともに霊夢のすぐ隣に腰を下ろしていたのは八雲紫だった。

 なんの前触れもなく現れていながら霊夢に驚いた様子はない。どうやら声を発する前から彼女が来ている気配を感じ取っていたらしい。

「そんな子どものいたずらみたいなことしないで、ちゃんと正面から来たらどうなの?」

「ふふふ、それはスキマ妖怪の矜持きょうじだもの。簡単に曲げるわけにはいきませんわ」

「ふーん、どうでもいい矜持を持っているのね」

 どこまで本気か捉えどころのない紫の言葉を受けても霊夢はほとんど表情を動かさない。

 お世辞にも忍耐力があるとはいえない彼女の性格からすれば、このように迂遠な言い回しをされれば苛立ちを露わにしそうなものだが、そうならないのは八雲紫を相手にそれが意味をなさないことを熟知しているからだ。

 あるいはすでに何度も振り回されたことで諦念の境地に達しているというべきかもしれない。

「それで? 幻想郷の管理者様がなんの用なわけ?」

 はじめて存在を認識したとばかりに霊夢の目だけが紫の方を向く。

幻想郷の最重要人物と言っても過言ではない紫が姿を現したというのにあまり興味を持っていないような表情だった。

「異変が起きています」

 紫は短く告げた。霊夢のある種無礼ともいえる反応を気にした様子はない。

「知っているわよ。なんか妙な連中――――亡霊がうろついているんでしょう? 朝方までここにいた半人半霊と、後から来たサボり魔の死神が事情を教えてくれたわ」

「あらそうなの」

 口調とは裏腹に紫の言葉に驚いた様子はない。ますます胡散臭い反応だと霊夢は内心で不機嫌度がわずかに増える。

「わたしに依頼が来ていない時点で動くまでもないって判断されているんでしょう? だからこうして優雅にお茶をしばいているのよ」

 どこか棘のある言葉に聞こえた。

 いざ依頼が来れば面倒臭がって動かないことも多々ある霊夢だが、逆に動けと言われないでいるとそれはそれで手持無沙汰に思えてくるのかもしれない。

 マイペースといえばそれまでだが、実に天邪鬼あまのじゃくで面倒な性格をしている。

「普段は言われても動こうとしないくせに、自分以外が動いていると落ち着かないなんて本当に勝手なものね」

「好きに言えばいいわ。そんなのわたしの自由だもの」

 紫の指摘を霊夢は否定せずむしろ開き直ってみせるほどだった。自分の生き方にまであれこれ意見されたくないといったところだろうか。

「それで? あんたはなに? わたしを茶化して焚きつけるために来たの?」

「そうじゃないわ。むしろ動かないように釘を刺しに来たのよ

 湯呑みを持つ手が小さく震える。動揺というよりはむしろ怒りの反応に近いものだった。

「……どういうことかしら? いつもならこの異変を「どうにかしろ」ってけしかけに来るはずのあんたがそんなことを言うなんて珍しいじゃない」

 霊夢の声にはわずかながらではあるが震えが混じっていた。

 彼女が生来持つ喜怒哀楽の激しさが表に出ている形だろうが、紫に対しては常日頃便利に使われていることへの不満があるのだろう。友人の霧雨魔理沙きりさめまりさが見ればよく我慢できているものだと感嘆の口笛を鳴らしたかもしれない。

「そう怒らないでちょうだい」

「べつに怒ってなんかいないわよ」

 言葉に反して霊夢の眉根は見てわかるほどに寄っていたが、そこは指摘しない方がいいだろう。紫はそう判断して続きを促す。

「そう。なら、まずは話を聞いてもらえるかしら」

 問いかけるが霊夢からの返事はない。その反応を消極的な了承と受け取った紫がわずかに居住まいを正して口を開く。

「今回の異変だけれど、あなたは出て行かない方がいいとわたしは判断しました」

「……出て行かなくていい? ちょっとそれどういう意味?」

 ついに淡々と告げる紫へと顔を向けた霊夢の表情に不理解の感情が浮かぶ。

「異変は彼岸の亡霊たちの暴走よ。それが忘れ去られた外の世界の兵器群と結びついて起きているの」

「ふーん。詳しくは知らないけれど、外の兵器って危険な代物なんじゃないの?」

 言外に「それでも動かなくていいの?」と訊ねているが、紫はそれに気づいていながら触れなかった。

「ええ、好ましくない物よ。それに加えてとびきり危険なものまで流れ着いてしまったわ。たった一発で幻想郷すべてが吹き飛ぶような爆弾がね」

 さらりと告げた言葉にそれまで不機嫌さが滲み出ていた霊夢の顔から表情が消えた。理解が追い付かなかったといっていい。

「……ちょっと待ってよ。そんなものがあったとして、いったい何に使う気なの?」

 続く声には明らかに動揺が表れていた。外の世界と比べれば格段に狭いとはいえ、“ひとつの世界”を吹き飛ばせる代物にどのような使い道があるというのか。よもや大きな花火と勘違いしているんじゃなかろうか。中途半端な知識を持って動いている者も時折いるためその可能性もぬぐえなかった。

「正直わからないわ。でも、幻想郷を破壊することが目的じゃないでしょうね。たぶん――――結界の破壊かしら」

「博麗大結界を……。あんたそれでもわたしが動かなくていいっていうわけ? さすがにおかしいわよ?」

 根本的な部分――――幻想郷に害をもたらす可能性を抜きにすれば、今までの異変と大きな差があるわけではない。

 なにかが起きているため、それをさっさと解決する。実に単純な話ではないだろうか。これに霊夢が出て行かなくていいと言ってくる理由がまるでわからない。

「逆よ。すでに此岸から彼岸へ至った霊たちが持つのは仮初の肉体。あなたが動くと霊魂を消滅させない限りは倒せない。でも、本来輪廻転生の輪に戻るはずの魂を消滅させてしまうことは世界のことわりを乱すことにつながるわ。あなたの実力を評価していないわけじゃないの」

 禁忌に触れるわけにはいかないと紫は続ける。

 普段であれば幻想郷を最優先する彼女ですら安易に踏み込むことはできないのだ。

「そりゃたかが巫女のやっていい領分のことじゃないわね。世界規模の話になると幻想郷がどうのこうのなんて言ってはいられないわけか」

「ご明察。ふたつの結界によってここは疑似的な世界になっているけれど、だからといって生まれてくる魂の来る場所や、死ねば彼岸に渡る宿命まで切り離すことはできないわ」

「ふーん、そこは幻想郷の賢者でもどうにもならないのね」

 わずかではあるが挑発するように霊夢は紫に言葉を投げる。意趣返しのつもりだろうか。

「あのね、霊夢。できる・できないの話じゃないのよ。そこを侵すとなればあの四季映姫もいっさいの情けもなしに動くでしょうし、今までとは次元の違う話――――その上すら出て来かねない。わたしだって世界そのものを敵に回すことはできないわ」

 わずかに眉根を寄せた紫の言葉には神ならざる者の悲哀にも近い感情が込められていた。

 いかに幻想郷の主のように振る舞おうとも、彼女はけして万能の存在ではない。どうにもならないことはいくつもあるのだ。

「いずれにしてもあらかたの事情はわかったわ。でも、なんであの半人半霊と死神なのよ。片っぽの仕事は死んだ霊魂を運ぶことであって肉体から刈り取るものじゃないでしょう? それに残りのやつなんて冥界にこそいるけれどただの辻斬り……じゃなかった、ただの庭師じゃない」

 妖怪退治を生業なりわいとしている自負があるのか霊夢の口調には不理解の響きが混ざっていた。

「そこはあちら側での利害の一致ってことじゃないかしらね」

「利害の一致?」

「どうせ彼岸側の手違いが切っ掛けになっているのよ。あの世とこの世の境界は曖昧になったままだけど、あの堅物閻魔が「あなたのせいでこうなっているんです!」って文句のひとつも来ていないのはおかしいと思わない?」

 言われてみればと霊夢は思う。

 四季映姫・ヤマザナドゥは、是非曲直庁に勤め死者を裁く閻魔であり、何者にも影響されず迷うことがない別次元の存在なのだが、今回の動きを見るに本当にそうかと懐疑的に思えてしまう。

「あちらとしても向こう側の関係者だけで片付けたいんでしょうね。でなければ、なんの理由もなしに四季映姫がふたりを動かすとは思えない」

「他に動かせる駒もありそうなものだけれど?」

「サボり上手な死神はともかくとして、半人半霊――――魂魄妖夢の方は彼女が継承している家宝の白楼剣がこの異変解決のカギになるから選んだとわたしは見ているわ」

 紫はまるであらかじめ知っていたかのように言葉を並べていく。それを聞く霊夢の心中ではいつものことだとわかっていても胡散臭さを感じずにはいられなかった。

「それにしても彼岸の霊が消えるなんてあるのねぇ……」

「天界が飽和状態とかのたまわって成仏を規制しているからよ。欲を捨てた天人も時間が過ぎれば堕落するのかしらね。自分たちの土地を気にするあたりなんとも心が狭いわ。もっとも、いつぞやの件からすれば想像できない話じゃないけれど」

 記憶を掘り起こしたか紫の表情が不快げに歪む。

 あまりにも好き勝手なことをされたとはいえ、天人を相手にほとんど殺害宣言を下した彼女が言うと妙に説得力があった。

「笑えない話だわ。神社を崩壊させられた経験がある身としては恨み言のひとつやふたつ言ってやりたくもなるわね」

「でも、結局は外の世界の変化じゃないかしらね。神への信仰だけでなく、仏のそれも失われつつある。墓仕舞いなんて罰当たりなことすら流行っているくらいだもの。ろくに追善供養も受けられなかった霊魂にとってはたまったものじゃないでしょうね。たとえ原因が別だったとしても、行き場を失ったって当たり前よ」

 小さく鼻を鳴らす音が聞こえたが、紫の口調はまるで幻想郷に迷い出た亡霊たちを憐れんでいるようにも感じられた。

「よく知っていること。なにもかもあんたの掌の上で転がっているみたいで気分が悪いわね」

「誤解しないでちょうだい。今回だけじゃなく最近起きている異変はどれも予想外のことばかりよ。余所からやって来たものとか平気で絡んでくるじゃない」

 取り出した扇子で口元を隠しながら小さく笑う紫。それがまた霊夢の感情を刺激する。

「よく言うわよ。そういう風に作ったんでしょう? この幻想郷は」

 呆れたように溜め息を吐くことで霊夢は昂りかけた感情を無理矢理落ち着ける。それから感情の波が退くのを待つついでにすっかりぬるくなってしまったお茶を口へと運ぶ。

「ふふふ、すべてを平等に受け入れるだけですわ。残酷なほどにね」

「あんたねぇ――――」

 いい加減小言のひとつやふたつでも言ってやろうかとふたたび横を向いた時、すでに紫の姿は消えていた。

「用が済んだらさっさと消えるなんて身勝手なのはどっちかしら」

 いつもながらの神出鬼没さでいなくなったスキマ妖怪に溜息を吐き出す霊夢。

「外の世界の忌々しい兵器すら受け入れる。そしてあるはずのない居場所を求めて彷徨う亡霊も……。たしかに残酷な平等さかもしれないわね」

 そうつぶやいて平和そのものに見える空を見つめながら残りのお茶を飲み干す霊夢。

「……まぁ、動くなと言われたけど、べつに今の時点でわたしが解決しなきゃそれでいいわよね」

 霊夢もまたやめろと言われたくらいで素直に納得するような人間ではない。

 紫にやるなと言われていないことならべつに構わないだろうと判断を下し、彼女独自のルールの下に動き出そうとするのだった。

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