東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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【SS小説】三題話 ~ロスト・イン・レヴァリエ~

夏後冬前

お題

「時計台」「きらい」「さび」

イラスト

あとき

【三題話】「紅魔館謝罪会見生中継」

『三題話 ~ロスト・イン・レヴァリエ~』とは?

 イラスト、音楽、ゲーム――多種多様なジャンルが存在する東方二次創作。なかでも最も自由度が高いのは……活字。小説かもしれません。

 文字によって繰り広げられる無限の創造性と可能性は、私たちが知っている――あるいは、知らない幻想郷の世界へと誘ってくれます。

『三題話 ~ロスト・イン・レヴァリエ~』は、さまざまな東方二次創作小説作家がお送りする、東方Projectの二次創作SS(ショートストーリー)。毎回ランダムに選ばれた3つのお題テーマをもとに、各作家が東方の世界を描き出します。

 今回のテーマは「時計台」「きらい」「さび」。作者は夏後冬前さんです。

 

 

『紅魔館謝罪会見生中継』

「この度は、誠に申し訳ありませんでした」

 レミリア・スカーレットがそう口火を切って紅魔館一同が頭を下げると、一斉に記者たちのカメラがフラッシュを焚く。パーティー会場としても使われる紅魔館のホールは今、多くの記者たちでごった返していた。壇上の一同が頭を上げて席につくと、会見会場のざわめきが少しだけ落ち着いた。壇上にはレミリア、フランドール、パチュリー、美鈴の四人。咲夜は司会進行を担当することになっている。マイクを手にした咲夜が会場の記者たちを一瞥し、

「それでは、早速ですが皆様からの質問を賜りたいと思います。はい、そちらのツインテールの方」

 小悪魔が記者たちの間を器用にすり抜け、指名された人物にマイクを渡す。彼女は少しばかり緊張した面持ちで周囲を見渡してから、

「花果子念報の姫海棠はたてです。まずは今回の件について、整理させてください。紅魔館の時計台について、とのことですが、具体的にどのような問題があって、このような記者会見を開くに至ったのでしょうか」

「私が答えよう」

 テーブルの上のマイクを手にしたレミリアが、先ほど謝罪した割には反省の色の見えない堂々とした態度で、

「紅魔館に時計台があるのは周知の通りだ。知っての通り大きな時計台であるため、紅魔館外部からでも時間を確認できる。しかし昨今、時計台の時刻が正確ではないという苦情が寄せられるようになった。やれ真夜中に鐘が鳴るだの、それ時刻にズレがあるだの、そのせいで丑の刻参りが正しくできないだの……」

「なるほど。ですが、真夜中に鐘が鳴るのは問題ではないでしょうか? 近隣住民の安眠妨害になりかねません」

「我々としては、真夜中に鐘が鳴っても何の問題もないと考える。夜に眠っている連中は人間の里に住んでおり、鐘の音は人里まで届かない」

「昼行性の妖怪もいます。彼らの安眠は保証しないと?」

「そんなもの、せっかくの夜に寝てる方が悪い」

 レミリアが吐き捨てるように言うと、会場は蜂の巣を突いたような騒ぎになった。横暴だ。いや、確かに夜寝る方が悪い。そもそも紅魔館の周囲に住むものにアンケートをとるべきでは。何のための記者会見だ。などなど。レミリアを毅然と見つめたはたてがマイクを口元に戻し、

「紅魔館の言い分は理解しました。ですが、冒頭の謝罪との矛盾があります。あれは真夜中の鐘の音に対するものではないのですか?」

「以降の説明は私がするわ」

 パチュリーが、不遜にも頬杖を突くレミリアからマイクを受け取ると、

「苦情を受けて、私も時計台の示す時刻について調査したわ。時間の概念は魔法的にも重要な意味を持つ。午前零時ぴったりじゃないと効力を発揮しない呪いなんてザラにあるしね。調べた結果、確かに一部の式が時計台準拠の時刻だとうまく機能しない不具合が見つかった。どうもグリニッジ平均時じゃなくて、ミリ秒単位で協定世界時じゃないと駄目みたい。そういう事情があって、時計台の時刻も協定世界時準拠にすることにしたから、これまで時計台の時刻のズレが気になってた人に謝罪すべきじゃないか、って妹様がーー」

 そこまでパチュリーが言いかけた途端、フランドールが彼女からマイクを引ったくって、

「セシウム原子時計を紅魔館にも導入するべきだわ! 協定世界時はたったの五十年に二十七回も閏秒で調整してるのよ!? 一年で! 〇・五秒以上! ズレるの! 馬鹿馬鹿しい! がさつなお姉様はそれでも構わないかもしれないけど、私は耐えられない! 時計が正しい時刻を指してないなら、そのうち太陽だって西から昇るわよ! そうなれば月も嗤うでしょうね!」

 血走った目で記者席を見回す。会場は一転、水を打ったように静かになった。どうも自分が感情的になり過ぎたことに気付いたようで、小さく咳払いをしたフランドールは落ち着いた表情を浮かべ、

「まぁ、私としてはお姉様が素直に時刻のズレについて認めてくれたらそれで良かったんだけど、間違った時刻を掲示していたとなれば、紅魔館の沽券に関わるからって」

 質問をしたはたては若干顔を引き攣らせながら、恐る恐るといった調子で、

「ありがとうございます。私からの質問は以上です」

 そう言って手早く小悪魔にマイクを渡す。レミリアはあくまで鷹揚に肩を竦めた。記者会見が開かれた理由については、十全に誰もが知るところとなったらしい。咲夜が再び会場を見渡して、

「それでは次の質問を……はい、そちらの黒髪の方」

 小悪魔にマイクを渡された彼女は、不敵な笑みを浮かべていた。わざとらしくペンの先で眉間をトントン叩きながら、

「えー、文々。新聞の射命丸文です。私としては、時計台を紅魔館の外部からも見られるように誂えていること自体が、そもそも大変な示威行為であると認識しています。霧の湖周辺は妖精や一部の弱小妖怪たちくらいしか住んでいませんが、彼ら彼女らは必然、求められる社会性も相応に低く、我々天狗のような一分一秒のスケジュールなど必要としてません。そんな牧歌的な地に貴女がたは無責任にも時計台を掲示し、時刻という近代的概念の象徴を押し付けている。これは暴力的な侵略行為なのではないでしょうか?」

「面白い戯言を考えたね。褒めてやろう」

 レミリアが苦笑しながらマイクを手にする。

「まず、時計台の掲示については紅魔館の幻想郷流入に伴う副次的なものだと断っておく。もともと我がスカーレット家は、とある地方領主の家系でね。その地において紅魔館は公的機関を兼ねていた。役所のようなものだと思えばいい。そうなると公的機関として、領民に正確な時刻を共有する義務がーー」

「ですが今、貴女がたは領主ではないですよね?」

「まぁ、聞け。確かに今の我々は、幻想郷における統治の一翼を担っているわけでもなく、正しい時刻を近隣住民に共有する義務はない。故に時計台は現状、本来あるべき目的を喪失していると言えなくもない」

「違います。私は時刻という概念を喧伝している現状そのものがーー」

「うるさいな。おしゃべりめ。だが撤去するのも本意ではない。紅魔館の面々はアレがあること前提の生活を送っているからね。妖精メイドは時計が読めないが……まぁ、あって困ることはない。アレも紅魔館の一部として外部に恥のないよう、これからも運営していくつもりだ」

「一説には真夜中に鐘が鳴ることも合わせて、太陽に対する反逆の意思の表れだとも言われていますが?」

「確かに太陽はきらいだがね。誇大妄想が過ぎるんじゃないか?」

 けらけら笑うレミリアを、文がパシャリとカメラで撮る。今の意地悪な笑みは使える、と判断したのだろう。彼女はそれで満足したらしく、小悪魔にマイクを返した。

「それでは次の……おや、そこの緑の方、早かったですわね」

 咲夜がもはや早押しクイズのノリで指名する。「はい!」と元気よく返事して立ち上がった彼女は、小悪魔からマイクを受け取るまでもなく大音量でハキハキと、

「現人神の東風谷早苗です! 時計台の上部に風力発電施設をつけませんか!? 風の谷みたいでカッコいいと思います!」

「お嬢様?」

「いや、つけないぞ?」

「つけません」

 笑顔の咲夜に、しかし早苗はめげずに、

「それじゃ、プロジェクションマッピングやりませんか!? イルミネーションでも可です! 観光客がわんさか来ますよ! 電気は風力発電で賄う感じで!」

「お嬢様?」

「いやいや、やらないよ。観光客来ても困るし」

「やりません」

「判りました! 終わります!」

 早苗は素直に、しかしなぜか満足げな顔をして着席した。会場に困惑の空気が漂う。レミリアも、「おい、アイツ何しに来た?」と怪訝な面持ち。けれど早苗を除けば咲夜だけがニコニコしていたので、レミリアは嫌な予感がした。ある日気付いたら時計台がクリスマスツリーみたいにキラキラしてたら、どうしようか。

「では次の方。はい、そこの帽子のアナタ」

 小悪魔にマイクを渡されて、彼女はバツが悪そうに立ち上がる。

「えっと、この前、時計台のメンテナンスを任された河城にとりです。部品のさび取りってことで呼ばれたんだけど、思ってた以上に内部の機構が凝ってて、分解してるうちになんだかよく判らなくなっちゃってさ」

 言って、背負っていたリュックを降ろして中身をブチ撒ける。大量の歯車やシャフト、バネ棒といった部品が散乱した。

「これ、中核の部品たちだから、本当はこれが無きゃ時計も動かないはずなんだけど……」

 引け目を感じてるらしいにとりの表情を見て、レミリアが唖然とした顔で、

「動いてないのか?」

「いや、動いてるわね」

 すかさずパチュリーが窓の外を見ながら言う。ちょうど時計台の長針が一つ動いたところだった。

「なら、なんで動いている? というか、おい河童。何してるんだお前」

「いや、さび取りはちゃんとしたよ。ほら、これなんか新品みたいにピカピカ」

「そうじゃないだろ。なぜ今まで黙っていた?」

「そういうもんなのかなぁ、って」

「死ね。そんなわけないだろう」

 レミリアに睨まれたにとりが小さく悲鳴をあげて縮こまる。彼女は苛立たしげに溜め息を吐いて、

「ともかく原因調査だ。会見は中止にする。何が起きてるのか把握したい。咲夜、あの河童を縛り上げてーー」

「ーーその必要はありません。私にはすべて判ってます」

 不意に声が上がる。朗々としたその語り口に、ホール全員の視線が集まった。

 誰かと思えば、これまで一言も発することのなかった美鈴だった。てっきり居眠りをしているものだと思ったが、両目がしっかりと閉じていることから察するに、予想は何も間違ってなかった。彼女はだらしなく鼻提灯を膨らましつつ再び寝言を紡ぐ。

「始まります」

「何がだ」

「終わりです」

「どっちだよ」

「違います。終わりが始まるのです。いま時計台は邪悪なる神の依代と化しました。幻想郷を支配せんとする邪神の」

「おい咲夜。美鈴を起こせ。できるだけ手荒く」

「来る……!」

「お姉様、あれ!」

 フランドールが窓の外を指差して叫ぶ。何事かとそちらを見ると、時計台の長針が異常な速さで進み始めていた。

「何だ!?」

 誰かが叫んだ。時計の針の速度が増していく。長針はすぐに早すぎて視認すらできなくなり、短針も常軌を逸した進み方を始める。急激な速度で空が暮れて行く。一瞬で夕刻が過ぎ、辺りが夜になる。そしてすぐさま東の空が白んでくる。

 時が加速していた。時計台の示す時刻に従うように。

 昼が来る。夜が来る。そしてまた朝が来る。空が破廉恥な速度で暗くなったり明るくなったりする。さしものレミリアも目を丸くして、

「どうなってる!? 朝と夜が点滅している!」

「征服が始まりました。邪神は時間を操ることで幻想郷の住民を滅ぼすつもりです。後に残るのは荒涼とした虚無の世界。しかし私は屈しない。龍神様を呼び出すための七つの秘宝を集めて海賊の王になり忍びの里を治める死神代行として廻る呪いにチェーンソーの悪魔をーーぶげあ!」

 豚が尻の穴から内臓を引きずり出されたような声が響く。美鈴の額から銀のナイフが生えていた。

「……お嬢様。言われた通り美鈴を、できる限り手荒に起こしました。と、私は瀟洒に報告するのでした」

「うん、ご苦労」

「ーーおはようございます、お嬢様。と、私は五里霧中で挨拶するのでした」

「いいよ、咲夜のノリに合わせなくて」

 レミリアが嘆息する。異常事態はすでに終息していた。時計台はさっきと同じ時刻を示しているし、空の点滅も止んでいた。夢か何かだったかのように。

 誰も何も言わなかった。銘々が曖昧に気のせいだったと思うことでやり過ごすことにした結果だった。何かを口走ればそれを皮切りに、さっきの意味不明の処理を押し付けられそうな空気があった。レミリアが気怠そうにマイクを掴み、

「……と、いうわけだ。急遽で申し訳ないが、これから酒宴でもやろうかと思う。色々あったかもしれんが、酒を飲めばチャラだ。もうそういうことにしよう」

 彼女が記者席を見渡す。異論のあるものは居ないようだった。タダ酒にあやかれる大義名分が同調圧力を生み出していた。それが有耶無耶を是とする有り様は、ある意味では幻想郷そのものの寛容さに裏打ちされた美味しい落とし所なのかもしれない。

 それはそれとして記者会見中に寝るのはダメなので美鈴は怒られた。