東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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【SS小説】三題話 ~ロスト・イン・レヴァリエ~

仲村アペンド

お題

「夢」「投げる」「貝」

イラスト

あとき

【三題話】「others」

『三題話 ~ロスト・イン・レヴァリエ~』とは?

 イラスト、音楽、ゲーム――多種多様なジャンルが存在する東方二次創作。なかでも最も自由度が高いのは……活字。小説かもしれません。

 文字によって繰り広げられる無限の創造性と可能性は、私たちが知っている――あるいは、知らない幻想郷の世界へと誘ってくれます。

『三題話 ~ロスト・イン・レヴァリエ~』は、さまざまな東方二次創作小説作家がお送りする、東方Projectの二次創作SS(ショートストーリー)。毎回ランダムに選ばれた3つのお題テーマをもとに、各作家が東方の世界を描き出します。

 今回のテーマは「夢」「投げる」「貝」。作者は仲村アペンドさんです。

 

 

『others』

 光が空気を抉る。熱が大気を揺るがす。霧雨魔理沙の魔法は概してそのようにある。

 射線上にある何ものをも削り取り、焼き尽くす破壊の滅光。それがやがて収束した時、博麗神社裏手の森には円状の空間がぽっかりと開いていた。

 

 自らが作り出したその空間に足を踏み出した霧雨魔理沙は、途中でふとしゃがみ込み、地面を探り始める。

 

「何やってんの?」

 

 その背にかけられた少女の声は、魔理沙への問いかけであり、非難でもあるようだった。

 それはそうだろう。自分の家の裏手に巨大な穴を開けられて文句の一つも出ないことはあるまい。

 

 魔理沙は振り向くと、返事の代わりに拾い上げたものを少女に手渡した。

 

「なにこれ、貝?」

 

 博麗霊夢は疑問を口にし、手中のものを眺めた。

 大きさは彼女の手に少し余る程度で、口がぴったりと閉じられて中の様子はわからない。表面は乾いており、傷一つなくきれいなものだ。

 

 貝それ自体が幻想郷ではあまり見ない代物だが、取り立てて目を引くようなところは無いだろう。たった今、マスタースパークの威力を浴びてなお、傷一つ付いていないということを除けば。

 

「チルノがどこぞで拾ったらしいんだが、何をしても開かんようでな。気になったんでちょいと預かっている」

「ふーん?」

 

 預かっている、の言葉に霊夢は含みを感じ取ったようだった。どうせ勝手に持ってきたくせに、とその目は語っていたが、口で語ることはしなかった。

 

 霊夢は閉じた貝の合わせ目に指を這わせ、力を込めて開こうとする。たが、閉じた口には毛ほどの隙間も生じる様子がない。

 

「開かないならせめて壊してみようかと思ってな。ちょいと試しに来た」

「自分の家でやんなさいよ」

「こんな頑丈な貝だぞ? 何が出てくるかわかったもんじゃない。化け物が出てきて家ん中を荒らされてもしたら嫌じゃないか」

「今から私があんたの家に行って荒らしてやろうか?」

 

 霊夢は半眼になって魔理沙を睨みつけながら、手の中の貝を返す。

 

「そんなのから何が出てきたって、掃除の邪魔にもならなそうだけど」

「永久に塩水を吐き出す妖怪が出てきたりしてな」

「そしたら塩に困らなくなっていいわね。出てきたら分前よろしく」

 

 霊夢はぺいっと手を振って、箒を手に境内の掃除を始めた。異様な頑強さを誇る貝は、どうやら彼女の興味をさほど惹かなかったらしい。

 

 不思議なものに出会った時、霊夢はそれそのものではなく、それが引き起こす事象の方に関心を見せるところがある。頑強と言ってもただの貝。暴れたりするわけでもないのなら、どうでもいいと彼女は思うのだろう。

 

 魔理沙はそうではない。不思議な事象があれば、その謎そのものに興味関心を惹かれるのが彼女の性分だ。何をしても開かないのなら、何としても開いてみようというのが彼女の思考であり、志向だった。

 

「さて」

 

 魔理沙は改めて貝と向き合ってみた。

 実際のところ、破壊を試みるために訪れたのは、この博麗神社が最初ではない。あちこちに出向いて色んな相手の手を借り、その尽くが失敗に終わっている。

 白玉楼の魂魄妖夢はたかが貝を斬れなかったことにショックを受けて出家すると言い出したし、鬼の伊吹萃香はたかが貝を割れなかったことに絶望して禁酒すると言い出した。

 それらのことはどうでもいいが、剣も拳も魔法も通らないとなれば、いよいよこじ開ける手段はなさそうに思える。

 

「やっぱ直接見るしかないのか」

 

 魔理沙は聞えよがしにそう呟く。

 間を置かず、彼女のそばにプロペラの駆動音を響かせながら少女が降り立った。

 

「よ、時間通りに遅れたな」

「一方的に呼びつけといてよく言うや」

 

 憮然とした表情で河城にとりは魔理沙を睨みつける。やかましい音を立てるプロペラを停止させると、彼女は背のリュックから小型の機械を取り出した。

 

 それは顔の上半分を覆う仮面のような装いで、目にあたる位置はレンズに覆われている。

 小型の様々な機器が目の周辺に配置されて、機械的で無機質ゆえの威圧感がある。頭に被って固定するようだが、重量のバランスが悪く手で支えていないとずり落ちてしまうようだ。

 

「こんなので透視ができるのか?」

「昔作ったもんだけど、動作確認はしてるよ。暗視機能もあるから光がなくても見えるし」

 

 魔理沙が考えたのは、開かないなら開けずに中身を見るということだった。

 そうした魔法はおそらくあるはずで、探せる知り合いに心当たりもあった。だが魔理沙は魔女や魔法使いではなく、何かと微妙に役立つ発明品を多数抱えるこの河童少女に声を掛けることにした。魔法より手っ取り早そうだと思ったからだ。

 新製品のモニターを手伝うことを見返りに、にとりは協力を承諾した。「いつだかそんなのを作った気がする」と倉庫に潜って荷を漁りはじめたので、博麗神社で待つと告げて魔理沙はその場を後にしたのだった。

 

「こんな貝がねえ。ま、変な素材ってわけでもなさそうだし、中身を覗くのは問題なさそうだよ」

 

 にとりは貝の表面をなぞりながら呟く。開かずの貝の中身は、彼女にしても興味のある謎ではあるようだ。

 

 彼女の指示に従い器具を装着する。レンズの幅に制限された視界の中心を、閉ざされた貝に合わせる。器具の横側にあるつまみを回すと、視界の倍率が少しずつ上がっていく。

 やがて、魔理沙の視界は貝の内側に到達した。

 

 視界を支配したのは、一面の暗闇だった。

 

(なんだこりゃ。本当に見えてるのか?)

 

 魔理沙は疑問に思った。光がなくとも見えるとにとりは言った。どういう理屈かは知らないが、そうであれば中にある何かしらが見えてなければおかしい。貝が開かない理由も、その何かに起因するものであるはずだからだ。

 

 魔理沙は角度を変えながらーー何も見えない状態でそれは難しい事だったがーー視界に何かを見つけようとする。

 そしてふと、ほんの僅か、塵にも等しいほどの小さな色を見つけた。

 あまりに小さすぎて何もわからない。魔理沙はそれに視界の中心を合わせ、倍率を上げていく。

 

 拡大していくにつれ、それは薄い青色であることが分かってくる。更に白い筋のようなものが幾重にも走っているようだ。

 どこか、見覚えのある色合いだった。むしろ毎日見ているような。例えば、空のような。

 

 魔理沙は更に視界を動かしてみる。一面の空色に、やがて別の色味を見つける。

 

 深い緑色だった。まばらに濃淡が変化するその緑は、さながら森のように見える。

 やがて緑が途切れると、灰色や黒、その他さまざまな色で構成された建造物のようなものが一面に広がりだす。

 

 人工的な建物であるようだ。幻想郷で見るようなものではない。だが、魔理沙には見覚えがあった。

 そう、都市伝説異変の時だ。結界の向こう側に送り込まれた時、魔理沙はこういった建造物群を見たはずだった。

 

 大地を埋め尽くして、その建造物群はどこまでも広がるように見えた。だが、視界が進んでいくにつれて、そこに途切れも見られるようになる。どうやら建造物が密集している場所と、まばらにしかない場所があるようだ。

 

 森、山、草原、そうしたものが視界一面に広がる場所もある。ひときわ大きな山を覆う白色は、雪だろうか。

 更には、空色より深い青色が広がる場所もある。魔理沙は、それが海と呼ばれていることを知っている。

 

(私は、一体なにを)

 見ているのだろう。

 そのような疑問は、魔理沙の頭の中、その奥深くの片隅で生じたに過ぎなかった。視界から入ってくる情報の量は、魔理沙に何かを思わせることを許さなかった。

 

 魔理沙は緑色ーー森の深い一帯に視界を移していた。まるで何かを守るように、森の緑が一帯を埋め尽くしていた。

 その緑の奥深くへと視界が進んでいくと、不意にぱっと緑が開かれた。何かの境界を飛び越えたかのように。

 

 木造の建造物が慎ましく密集する里がある。怪しい瘴気の漂う森がある。威風堂々とそびえる山の麓には、霧に包まれた湖と赤い洋館も見えた。

 

 魔理沙の視界はやがて、里から少し離れた位置にある、一帯にたどり着いた。

 

 見覚えのある赤い鳥居をくぐれば、すぐに本殿がある。

 割といつも掃除しているので、参道の石畳はきれいなものだ。見覚えのある賽銭箱の中身は、いつものように空っぽなのだろう。歩き慣れた砂利道が立てる足音は、魔理沙にとって日常を象徴するものの一つだった。

 

 本殿から脇の縁側に向かうと、見覚えのある紅白の少女が目に入る。

 大して汚れていなくても彼女はよく箒で道を掃いている。何か儀式でもしてるようだな、と声をかけた事があったはずだ。

 

 更に進めば、背に負った荷物からプロペラを生やした、見覚えのある青髪の少女が立っている。おそらく人ではないはずのその少女は、腕を組んでじっと傍らにしゃがみ込む少女を見守っている。

 

 その視線の先にいるのは、白黒の衣装を身にまとう、見覚えのある金髪の少女だった。

 頭に普段の三角帽はなく、仮面のような器具を顔に装着している。

 その目線は自身の手元に注がれていて、その先には、

 

「ぐっ!」

 

 背にぶつかってきた衝撃に、魔理沙は真正面に倒れ込んだ。

 受け身を取る余裕はなかった。顔から外れた器具が転がり、乾いた音を立てる。

 

「やっぱあんただったわね! あたいの貝を勝手に持っていきやがって!」

 

 魔理沙はその声をほとんど認識していなかったが、次第に意識が現実に引き戻されて、自分が蹴飛ばされた事、それをした相手が怒声を浴びせてきている事を理解した。

 氷の羽根を持つその少女は、空中で仁王立ちの構えを取って魔理沙を見下ろしていた。

 

「ふん、あんたにはもう何か見つけても見せてやんないからね!」

 

 少女はそう吐き捨てると、ふいと顔を背けて飛び立った。その手には、見覚えのある貝が握られていた。

 

「あっ、大ちゃーん! それっ!」

 

 少女は視界の先に、薄い羽根を持つ緑髪の少女を見つけ、手に持った貝を投げる。

 魔理沙は息を呑み、届くはずのない手を伸ばした。

 

 緑髪の少女は面食らったようにそれを受け取ろうとして、手元がおぼつかずに落としてしまった。貝が地面に落ち、鈍い音が鳴る。

 

「……あら、地震」

 

 瞬間、ぐらりと大地が振動した。それは一瞬のことで、特段何かを心配するほどの揺れでもなかった。見覚えのある紅白の少女は、すぐに掃除を再開した。

 

「で、なんか見えたの?」

 

 見覚えのある青髪の少女が、魔理沙に手を差し出しながら尋ねる。その手を取って身を起こし、魔理沙は首を振った。

 

「いや、特になにも」

 

 空はいつしか西日となり、やがて影が世界の大半を黒く染めるだろう。空には星が瞬き、妖怪たちは我らが時間を謳歌する。人は身を寄せ合って静まりながら、やがて昇る太陽を待つ。

 世界はずっと昔からそのようにある。魔理沙や、それ以外の誰もがまだいなかった頃から。

 やがていなくなった後も、ずっとそうだろう。

 

 西日を横目に見ながら、魔理沙はかつて見たはずの空を飛翔する。きっと明日も見る。その次の日も。

 

「…………」

 

 貝の向こう側に見た世界のことを思う。あれは一体、なんだったのか。

 夢か幻か、そのような類のものであることは疑いないだろう。もしあれが真実であったのなら、あそこには世界があったということになる。今ここにあり、魔理沙が知覚するそれと寸分たがわぬ世界が。

 

 見覚えのあるその世界で、誰かが貝を見ていた。見覚えのある、魔理沙が誰よりも知るはずの誰かが。

 そいつは、自分が見られていることに気づいただろうか。大いなる遥かその先にいる誰かが見ていることに。

 

 不意に上空を見やる。

 魔理沙の視界にあるのは、まばらに光を放ち始めた星空だけだった。

 誰の視線もそこにはない。開かない貝の向こう側を覗こうとする金髪の少女の姿を、その向こうに感じることもない。

 少なくとも、今の魔理沙には。

 

「もし、そこにいるのなら」

 忘れてくれ。魔理沙はそう呟いた。

 もしもすべてが真実であろうとも、そうできるはずだ。そう信じられる事だけが、救いだった。

 

 見覚えのある太陽が沈む。見覚えのある星空が広がる。

 見覚えのある世界の空を、魔理沙はただひたすらに翔けていった。