東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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【SS小説】三題話 ~ロスト・イン・レヴァリエ~

仮面の男

お題

「市場」「焦る」「流れ星」

イラスト

あとき

【三題話】「空気と流星」

『三題話 ~ロスト・イン・レヴァリエ~』とは?

 イラスト、音楽、ゲーム――多種多様なジャンルが存在する東方二次創作。なかでも最も自由度が高いのは……活字。小説かもしれません。

 文字によって繰り広げられる無限の創造性と可能性は、私たちが知っている――あるいは、知らない幻想郷の世界へと誘ってくれます。

『三題話 ~ロスト・イン・レヴァリエ~』は、さまざまな東方二次創作小説作家がお送りする、東方Projectの二次創作SS(ショートストーリー)。毎回ランダムに選ばれた3つのお題テーマをもとに、各作家が東方の世界を描き出します。

 今回のテーマは「市場」「焦る」「流れ星」。作者は仮面の男さんです。

 

 

空気と流星

 

 正月三が日を終えたばかりといえば冬本番も良いところだし、夜は暖かくして早めに眠るのが得策のはずだが、今日の魔理沙は夜も遅くなってから外出し、手頃な場所に寝転がると、夜空をじっと眺めていた。

 月明かりがなりを潜め、いつも以上に暗い夜空を定期的に光が流れていく。魔理沙の目当ては本日極大を迎える流星群の観察だった。

 年末年始の準備のため買い出しに向かった人里で夜空に降り注ぐ星の話を聞きつけてから、今日という日を待ち受けていた魔理沙は、鮮やかな天体現象の虜になっていた。

 星をモチーフにした弾幕を扱うだけあって、魔理沙は天体現象の観測に余念がない。星が好きだからというのもあるし、新しい弾幕の発想を得られることも多いからだ。

 深夜から夜明け近くまで天体現象を堪能すると、魔理沙は寝床……ではなく研究室に向かう。星を見ていて思いついた弾幕を早速試すつもりだった。

 

 翌日の朝早くから、魔理沙は里に向かっていた。徹夜どころか昼過ぎまで作業に没頭し、ようやく寝床についたわけだが、次に目覚めるとカーテンの隙間から赤い日差しが目に入り、もうすぐ夕刻かと思って外の様子を見たら、日は沈むどころかどんどん昇っていくではないか。

 過ぎたことは仕方ないと割り切り、服を着替えると実験で散らかった部屋の掃除に取りかかったのだが、そこで少々まずいことが判明した。貸本屋に返し忘れていた本があったのだ。

 魔法使いの寛大なる友人たちの書物と違い、里の貸本は延滞金を取られる。人里で商売をすることは少ないものの、里の人間に決まりや契約をあっさり反故にすると思われるのは避けたかった。

 恐縮そうな態度で店に入ると小鈴はぼんやり物思いに耽っており、これなら本と延滞金を置いてそっと帰ることもできるのではないかと、不埒なことを少しだけ考えたりもしたのだが。

「おーい、本を返しに来たんだが」

 それは流石に不義理かと思い声をかけたら、小鈴は小動物のように肩を震わせ、次に魔理沙を見て息をつく。

「なんだ、魔理沙さんじゃないですか」

「随分な挨拶だな、店番とは思えないぼんやり具合だが何かあったのか?」

 小鈴は魔理沙の顔をじっと見る。探るような視線で、魔理沙はカウンターの上に置いた本を軽く叩く。

「遅延したのは悪かった。年末年始で忙しくて、本を読む時間がなかったんだ」

「あ、うん……そっか、一日遅れでしたね」

 延滞を咎められたわけではないと分かり、すると小鈴の物思いが急に気になってきた。

「もしかして、里で何か起こってるのか?」

「ええ、その……最近、人がよく倒れるんです」

「人が、倒れる……?」

 それは不穏な話であり、魔理沙は口元を固くする。

「わたしが知っているだけでも三人。いずれも外で倒れており、見つかるのが遅かったら凍死してたそうです」

「倒れるというのは、誰かに襲われたってことか?」

「そういうわけではなく、急に息苦しくなって、いつの間にか意識を失っていたそうですよ。三人とも風邪を引いていたわけではなく、重い持病もありませんでした」

「なるほど、だから自分も同じ目に遭うんじゃないかと心配してたってわけだ」

 魔理沙が少しからかうように言うと、小鈴は不安そうに俯いてしまった。

「何か心当たりでもあるのか? まさか妖魔本の類をまた拾ってきたとか」

 疑いとともに訊ねると小鈴は慌てて首を横に振った。

「里で噂になってるんです。空気が少しずつ薄くなってるんじゃないかって」

「空気が薄くなるって、なんでそんな噂が流れるんだ?」

「最近、流れ星がよく落ちるじゃないですか。あれが空気を吸い取ってるんじゃないかって」

 なんとも奇妙な噂だったし、魔理沙にとっては鼻で笑いたくなるようなでたらめだった。

「星は空のずっと上のほうで輝いてるんだ。わたしがどんなに高く飛んでも手は届かない。そんな所にあるようなものが空気を吸い取るとは思えないけどな」

「でも、実際に人が倒れてますよ。しかも倒れたのはみな、星が流れている時間帯でした」

「夜遅くだから寒さにでもやられたんだろ。それに年末年始は不摂生になりがちだし、そのせいで体調が悪くなっていたのかもしれない」

「だとしたら毎年のことですが、去年も一昨年も今のような噂は流れませんでした」

「毎年起こってることだから、誰も気にしなかったんだよ」

 年の瀬で慌ただしくしていれば、体調を崩すものも出てくるだろう。それが今年に限って、流星群という特別な天体現象に結びつけられた。

 魔理沙はそう結論づけたが、小鈴はその説を聞いてもなお不安そうだった。

「やっぱり、アレを買って対策するほうがいいのかな」

「いやいや、空気が薄くなるのをどう対策するんだ」

「空気を沢山貯めることのできる袋が、初市の片隅で売り出されているらしいんです。軽くて薄くてその上、空気が漏れないそうですよ」

 そういったものなら魔理沙も守矢神社で見たことはあったが、どちらにせよ空気が薄くなっているという状況では焼け石に水としか思えなかった。

「何の役にも立たないと思うけどなあ」

「でも、備えあれば憂いなしってことわざもあるし」

 そう言われたら魔理沙としては何も返せず、本は返したと念を押してからそそくさと貸本屋を後にした。

 

 その数日後、魔理沙の店に来客があった。妖怪の山に住まう河城にとりという名の河童で、以前に地底から怨霊が噴き出すという椿事ちんじが起きたとき、調査の名目で手を組んだことがあり、それからも交友が続いている。

 またぞろ悪巧みの誘いかと思ったが、今日のにとりはいつになく真剣だった。

「実は協力して欲しいことがあるんだけど、良いかな?」

 にとりの先走るような物言いからは、若干の焦りのようなものが見て取れる。

「随分と藪から棒だな。いきなり協力しろと言われても、耳を貸すかどうかは内容次第としか答えようがない」

 だからやんわり宥めると、にとりはふむと頷いてから改めて口を開いた。

「人里に妙な噂が流れてるだろ? そいつを一刻も早く止めてしまいたい」

「人里の噂って、流れ星が空気を吸い取るという根も葉もない話のことか?」

「そうだ。あの噂に我々は迷惑させられている」

 迷惑と言うが、あの噂では河童は悪者になっていない。むしろ人にものを売りつける絶好の好機のはず。いつものにとりなら商魂逞しく動くはずだった。

「お前、何か企んでないか?」

 だから変なことをしでかすつもりではないかと思い、冷たい眼差しを向けてみたのだが、にとりは「滅相もない」と慌てて手を振った。

「空気を貯める袋とかいかにも河童が作りそうなガラクタじゃないか。あの非想なんとかってのと同じ技術を使ったんじゃないのか?」

「あれは守矢の奴らが勝手に用意したものだ。いま人里の市場に出回っているのはビニール袋といって、石油を原料として作られている」

「石油って、あんなどろっとした液体から袋なんて作れるのか?」

「石油は燃料用途の他に、様々な製品や薬品を作るために利用されるものだ。石油を原料として作るビニール袋は薄くて頑丈で、水や空気も容易に通さない」

「なんとも便利じゃないか。そのビニール袋とやらが人里に広まって何が悪いんだ?」

「あれを作った奴らは石油の加工について何も分かっちゃいない。だからビニール袋なんてものを作ったんだ。分かってる奴らだったらポリ袋を作ってるよ、あれだったら燃やしてもそう害はないからね」

 にとりの説明で魔理沙にもようやく、河童の危惧することが何か分かってきた。

「ビニール袋とかいうのは環境汚染の原因になるってことか」

「その通り。燃やすと有害ガスが発生するし、燃えカスが野山に投棄されると土や水を汚染する。我々としては看過できない事態ってわけさ」

 それは確かに一大事であり、にとりが焦るのも理解できた。綺麗な水を失うのは河童にとって住処を奪われるのに等しいことだ。魔理沙としても空気が汚れたら空を飛びにくくなるから、味方するに吝かではなかった。

「ビニール袋は便利だから、空気を貯める以外の使い方にもすぐ気付くだろう。その前に噂を鎮める必要がある」

「なるほど、事情は分かった。でも、河童の情報網なら噂なんて簡単に抑えられそうだけど」

「わたしたちもそう思ってたんだけど、市場で袋を売ってる奴らが巧みに噂を煽っていて、いまいち効果が薄い」

「それはたちが悪いな。どんな奴らなんだ?」

「少し前に地上に出てきてた動物霊たちだよ。奴らが人を唆して商売してる」

「なるほど、悪どい奴らが幅をきかせてると」

 動物霊の親玉の一人がかつて旧地獄の石油を独り占めしようとして失敗したものの、取引自体はその後も行われている。あの未来じみた都市で石油を加工し、商機を見て地上に売り込みに来た、というのはいかにもありそうなことだった。

「ヤクザなら環境汚染を気にしたりはしないし、粗悪品と知っていて売りつけようとしている可能性すらあるな」

「我々もそう考えたから、ここにやって来たというわけだ。敵が悪知恵で攻めてくるなら、魔理沙に相談するのが一番だなと思って」

「失敬な、わたしは清く正しい魔法使いだぞ」

「本当? 魔理沙だったら生き馬の目を抜くような解決方法を既に思いついてるんじゃないの?」

 そんなことはないと言いかけ、にとりの縋るような瞳を見てぐっと飲み込む。本当は一つだけ、多分上手く行くだろうなと考えていた方法があった。

「念のために聞いておくけどただ働きじゃないよな?」

「外から流れてきた科学の本を何冊かでどうだい?」

「よし、乗った」

 河童の提供する科学の本なら外れはないだろう。そう判断しての即決だったが、にとりは若干不信げだった。

「随分あっさりだな、もっとふっかけられるかと思ってたよ」

「空気が汚れるのは勘弁願いたいし、河童たちの協力も借りたい策だからな」

 それににとりには話さなかったが、元々魔理沙一人でも実行するつもりだった。

 流星群が空気を吸い取るだなんて馬鹿げた噂が嫌だったから。

 だってあんなに綺麗で素晴らしい現象なのだから、悪者になんてしたくなかった。

 もちろんそんなことは口にせず、にとりに温めていた策を耳打ちする。

「流石は魔理沙、やはり悪巧みをさせたら大したもんだ」

 にとりの賛辞を魔理沙は複雑な気持ちで受け止めるのだった。

 

 その日の夜、轟音を伴う一筋の光が人里の上空を通り抜けた。

 多くの人がその音に慌て、外に出て光の筋を観測したが、当然誰も倒れることはなく。

 その翌日から、里に新たな噂が流れ始めた。

「流れ星が空気を吸い取るなら、あんなに大きく激しい星が通過すればみんな窒息するはずなのに、実際は誰も倒れなかった。星が空気を吸い取るというのは嘘八百の類だ」

 この話は概ね人里で受け入れられ、数日のうちには星が空気を吸い取るという噂はすっかり消えてしまった。

 その流れに合わせ、不要になった袋を買ったときの値段で回収するという話が広まり、いつも里にやってくる薬売りも同じふれこみで袋を回収していった。

 かくして空気を貯める袋も、その売人も人里から姿を消したのである。

 

「一体、どういう風の吹き回しなんだ?」

 魔理沙はここ数日、ことが上手く運ぶように人里の様子をずっと監視していたのだが、里の薬売りは示し合わせることなく協力の動きを見せた。

 そのことを訝しいと思い、その薬売り――うどんげに声をかけたのである。

「利害が一致したから協力してあげたのよ」

「利害って、永遠亭も環境汚染に反対する側なのか?」

「それもあるけど、主な理由は啓蒙のためね」

「啓蒙? 正しい科学知識を広めたいとか?」

「上をずっと向き続けるのって皆が思っているよりずっと危険なの。頭に血が回らなくなってめまいや動悸を起こす可能性があるし、場合によっては血が詰まり、卒中を起こすことだってある。お師匠様によるとそういうのをスタンダール症候群って言うんだって」

 うどんげの説明に魔理沙は首の後ろを思わず撫でる。先日は仰向けに寝転がっていたからうどんげの話した例には該当しないが、上を向き続ける観測も時々行うから他人事ではなかった。

「冬はただでさえ卒中が起こりやすい。上を向き続けることで症状が現れるリスクは上がるし、年末年始の夜更かしや暴飲暴食があれば尚更のことよ。人がばたばたと倒れたという話を聞いて、そのことを教えようとしたんだけど……」

「流れ星が空気を吸い取るという噂のせいで上手くいかなかったってわけだ」

「まあね。だから魔理沙や河童が動いてくれて助かった。流星群はもうしばらく続くし、袋の回収ついでに正しい知識を里の人に教えることができた」

「でも、年末年始の流星群って過去にも発生したと思うんだけどな。そのときに教えてやらなかったのか?」

「いえ、教えたわよ。でもね、喉元過ぎればなんとやら、って言うじゃない?」

 うどんげはそう言って苦笑を浮かべる。

 過去にも同じ話をしたけど、みんな忘れてしまった。

 それどころか今回は妙な噂を信じてしまい、空気を貯める袋なんてものに飛びついてしまった。

「酷い感染症が起きた翌年には、結構な人が病気への備えを忘れるのよね。今回の件もまあ似たようなものかな」

 うどんげは魔理沙にもう一度礼を言い、去っていく。

 魔理沙は長い息をつくと、家路につくのだった。