東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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音楽評
2022/10/12

「幻想少女が演じる劇場」東方アレンジ楽曲レビュー『Polaris』/マリンノイズ

東方アレンジ楽曲レビュー『Polaris』

2021年登場、妄想を観せてくれる新進東方アレンジロックサークル

 筆者は東方アレンジ音楽に幻覚を求めている。

 瞼の裏に、心の中に、東方の個性豊かな面々が生き生きと動き回る様を見せてくれる作品を、最も愛している。そんな幻覚を見せてくれる一枚が、2021年に現れた。

 マリンノイズの「Polaris」である。

 本アルバムは同サークルにとって、初の東方アレンジアルバムである。サークル自体の歴史は長く、2016年から艦隊これくしょんのアレンジサークルとして活動している。そんなマリンノイズの東方フルアルバム「Poralis」を、早速紹介していきたい。

 

Polaris

 ゆったりとした曲かと思えば、激しい曲もある。

 ロックかと思えば、クラブサウンドでもある。

 自由自在なアレンジスタンスで、音楽ジャンルに頓着しない編曲スタイルである。しかし、マリンノイズにはを感じる。それは何か?

 筆者は、キャラクターではないかと睨んでいる。マリンノイズの楽曲は、一曲一曲が、俺たちの愛する東方のみんなを見せてくれる。

 疾走感あるロックで、闇夜を切り裂いて星空を自由に駆け抜ける魔理沙『月光に舞う』。

 ゆったりとしたギターロックで、飄々とした余裕と中華娘娘らしいエキゾチックさをもって乙女の機微を歌い踊る美鈴『カフェインハイテンション』。

 静かなピアノナンバーで、優しく、だけど隠しきれない激情で、魔界に縛られる少女の思いを歌う白蓮『prayerful echoes』。

 マリンノイズは、そうやってあの手この手で、確かな技術や感性で、ジャンルに縛られずに幻想少女を見せてくれる。今回は、それら妄想掻き立てられる楽曲たちの中から、特に筆者の推したい2曲を紹介したい。

 

テラリウム

 原曲はパチュリー・ノーレッジ「ラクトガール〜少女密室」。

「Polaris」のジャケットを見れば分かる通り、本アルバムのフラグシップとなる曲である。

 まず印象に残るのは、一瞬ロック?のようにも聴こえる、高速なブレイクビーツのように打ち込み感を隠そうともしないリズムから入るイントロ。パチュリーが得意とする魔術は、術式などとも呼ばれるように、厳然たるルールから成就する技術とされる。

 ルール。
 整ったリズム。
 魔術師パチュリーの曲としてふさわしい。

 そして、タイトルのテラリウム。

 プラネタリウムはプラネット、宇宙、疑似宇宙だ。アクアリウムならアクア、水、疑似水棲。だから、テラリウムは、テラ、疑似地球。

 ここでアルバムジャケットを見ていただきたい。パチュリーが見上げるその場所は、大図書館。

 数え切れない本の数々。本は、知識のメタファーだ。地球に住む我々にとって、地球は世の中の全てと言い換えていいだろう。

 そして、あらゆる知識が集まるとパチュリーが信じているであろう大図書館は、地球そのもの、テラリウムなのだ。自らが満ち足りていると信じているものは、そうではない可能性に気が付かない。気が付きたくない。

こんなにも自由だ

 連れ出そうとする少女が現れても、言ってしまう。

お願いここから、今すぐ消えて

 しかし、パチュリーは聡い少女だ。わかっている。彼女が世界と信じるものは

インクで書かれた文字でしかない

 そして、ついに心の底の願いをこぼす。

今すぐこの手を取ってここから連れ出して

 でも

まだ、少し、独りじゃ、怖いの

 こう言われて、その手を取らない幻想少女は、いない。

 パチュリーは、

虚しさひとり抱えて眠りにつくのは、もう、やめたんだ

 あとはもう、夜空を駆けていく二人の少女だ。

解けた不安とサヨナラをして、知らない景色を流れ星と探そう

鍵かけた扉 3 つノックして、喧騒と共に夜の月と踊ろう

 美しい。

 最後に余談ではあるが、本曲においてパチュリーを連れ出してくれたのが誰であるかは、明言はされていない。筆者の私見ではあるが、

空っぽになった心満たして、微かな星の光が眩しいよ

とある。

 星といえばきっと、あの白黒なんだろう。

 本当、罪深くてカッコいい魔法使いに惚れたものだ。

 

さかさまナイトメア

 いかがわしいものが好きだ。

 そして、東方が愛される本質のひとつは、いかがわしさであると思っている。いかがわしさとは何か? 曖昧さ、未来の無さ、狂気、過信、破滅の予感。そして、それらすべてをひっくるめたときに感じられる、美しさ。

 そのいかがわしさを源泉とする美しさを、ゴシック調のロックナンバーで叩きつけるのが本曲、「さかさまナイトメア」だ。

 古今東西、いかがわしさを演出する舞台装置は多種多様に存在する。たとえば宗教、例えば技術、例えば美術、例えば文学。数え上げればきりがない。狂気を操るクラウンピースのようなサーカスは、いかがわしさがわかりやすい。すなわち奇術、ひいては超能力。つまり、宇佐見菫子であり、本曲の原曲「ナイトメアダイアリー」なのだ。

 そのいかがわしさは、本曲に頻出する素敵な悪夢に象徴される。

今宵始まる、素敵な悪夢

繰り返すだけの、日常

に飽き飽きとした菫子は、

夜になれば、落ちる夢現

にのめり込む。しかし次第に、

壊れ始める素敵な悪夢、いくつ祈れば終わるの?

何が真実で、何が嘘なのか?

と、素敵な悪夢に食われていくのだ。菫子は抗う。

夢であるなら、夢のままで構わないから、私は私であるのだと声あげ続ける

この夜をこえて、非現実を正夢に換えろ!

 だが、秘封ナイトメアダイアリーをクリアした皆さんであれば、思うであろう。

 そもそも、この菫子は「どちら」なのか?

たった一つの存在証明

 宇佐見菫子は見つけることが出来たのか?

 現実に帰ることが出来たのか?

 ぜひ皆さんには、本曲を聴きながら妄想してほしい。

 

マリンノイズ劇場

 このようにマリンノイズの楽曲は、我々に幻想少女を見せてくれる。

 同サークルの最新マキシシングル「Full Moon Make Up」におけるペーパームーンもそうだ。

 原曲「狂気の瞳~Invisible_Full_Moon」の印象的なフレーズを用いた、月の兵士、鈴仙・優曇華院・イナバらしい、落ち着きつつも勇ましい楽曲。イントロ、メロディー、サビ、間奏、それぞれのタメや緩急が、それだけでストーリーを感じさせる。アウトロにも余念がない。スキャットとコーラスで盛大に盛り上げ、順に音を抜いて、余韻を残しつつフェードアウトしていく。これが劇場映画の OP 曲であれば、そのまま本編が始まるところだ。

 このように、私にとってマリンノイズは、東方の幻想少女が演じる劇場なのだ。次の公演新譜が待ち遠しい。

作品情報

Polaris

https://marinenoise.booth.pm/items/4256438

マリンノイズ

Twitter:https://twitter.com/marine_noise
Youtube:https://www.youtube.com/channel/UCWBLtWuAzYlh8wQY7EtCKrw