「ずっと離れない」ことに囚われたマエリベリー・ハーンの物語。東方アレンジ楽曲レビュー『二輪草』/ ZYTOKINE
東方アレンジ楽曲レビュー『二輪草』ZYTOKINE
はじめに
今回レビューさせていただくのは、ZYTOKINEによる秘封アレンジアルバム『二輪草』。2022年春の例大祭で頒布された秘封アレンジアルバムだ。本作品は、エレクトロポップ調のアレンジ、いわゆるクラブで流れるようなリズムに乗って盛り上がるような楽曲で構成されている。
複数のボーカル陣による透き通るような歌声、歌声合成ソフト「Synthesizer V」を用いた、まるで人間が歌っているようなボイスの調律、ここぞというタイミングで流れる重厚なベースサウンド……クロスフェードを聴くだけでも、その心地良さが伝わってくることだろう。
しかし、歌詞の内容は曲調と相反して暗く、儚く、切ない。どれも解釈が捗るような思いが込められた曲ばかりだ。
そこで、本レビューでは、収録されている数曲をピックアップしながら、宇佐見蓮子と別れてしまったマエリベリー・ハーン(メリー)の状況や心境が綴られた物語と捉えて、このアルバムを掘り下げていくことにする。
全てを拒絶したマエリベリー・ハーンの物語
Tr.2「詠み人知らず」
震える両の眼をじっと見つめ 細い首筋へと手を伸ばす
その吐息と引き換えに 生まれ落ちる詩歌 詠み人知らず
「衛星カフェテラス」の印象的なメロディーから始まるこの曲は、開幕から煌びやかさとどこか物悲しげな雰囲気を我々に与えてくれる。情に訴えかけてくるようなitori氏の歌声も特徴的だ。
どうやら、メリーは悩んでいるのかもしれない。彼女は結界の境目を見ることができる少女だ。その気になれば何の躊躇もなく、その両方の眼から不思議な結界を見つけ、未だ見ぬ幻想世界に足を踏み入れることもできる。
しかしその好奇心は、必ずしもメリットを引き起こすとは限らない。未知の世界への干渉は予想だにしない危険を孕むかもしれない。もし自分以外の「誰か」と一緒に行動していたとしたら、その「誰か」も自分の好奇心の被害者になってしまうのかもしれないのだ。
彼女はそのことに思い悩んでしまう。「自分のせいで他を傷つけてしまっていたのではないか」と。
そうした思いの中、曲はサビへと向かう。
どうしても愛には形が無いだとか 一緒に死んでくれだとか
どこかの誰かが いつかの誰かが 詠んだその詩歌へ
どんな運命であっても共に受け入れ、分かち合おうとする、そんな大切な「誰か」からの詩歌。しかし、思い詰めてしまった彼女はそのメッセージを、肯定することが出来なかったようだ。
唾を吐き 泣きながら考えていた 世界の綺麗な終わり方
僕が生きれば 君が生きられないなら 喜んで死のう なんてね
そんな「詠み人知らず」の詩歌すら拒み、自分の破滅こそが「綺麗な終わり方」なのだと悟るメリー。涙を流しながらも、納得してしまう彼女の姿がそこには存在しているのだ。
Tr.3「臆病者のロジック」
「ヒロシゲ36号 ~ Neo Super-Express」のメロディーがイントロやサビに何度も繰り返し流れるとても疾走感のあるアレンジ。
歌詞の中で、”僕”であるメリーは”君”である蓮子に対して、蓮子の抱く夢や未来について問いかけている。蓮子の抱く夢とは「この世の謎を解き明かす」という秘封倶楽部の理念ともいえる希望に満ち溢れた理想だろう。
しかし先述した通り、メリーは未知の世界を探し求めることに恐れを抱いてしまっている。そんな蓮子の抱く輝かしい「夢」を真っ直ぐには受け止められないのだ。
誘蛾灯のように 纏わりつく未来 怯えている ”僕”を狂わせる
まるで寄ってきた虫を一匹残らず殺してしまう「誘蛾灯」のように、謎に囚われた者の身を滅ぼすことになるかもしれない。そんな絶望的な未来をメリーは想像してしまうのだ。
そしてCメロでは、まさに今の彼女自身を表しているともいえる直球的なリリックが現れる。まるで全てを観測する者、それこそ神のような上位存在が、彼女に語りかけているかのように。
何もかもが 恐ろしく幻視える 差し出された全ての愛に 怯え 牙を剥いた臆病者よ
運命を分かち合おうとする相方をも拒んでしまった哀れな「臆病者」。筆者にはいまのマエリベリー・ハーンそのものに見えた。
”君”の愛が 麻酔のように “僕”の心 終わらせてく
そして”君”からの思いが強ければ強いほど、拒絶してしまった自分への精神を蝕んでいくことになるのだ……。
Tr.10「そして、これからも泣き続ける場所」
そして本アルバムのラストを飾るのは、まさにメリーの未来を指し示すかのような一曲である。
”さようならまた 逢いましょう”って本当は伝えたかったんだ…
曲に何度も登場するこの歌詞は、メリーが蓮子に伝えたかった真のメッセージであり、それと同時に思いを伝えることが出来なかったのだという悲しい結末を示している。何度その思いを告げようとも、離別してしまった素晴らしい相方に伝わることは決してない。どうすることも出来ないこの状況の中、ひとりぼっちのこの世界で彼女は泣き続けることになるのだろう。
ところで、この曲は『二輪草』の中でも、一際明るく優しい曲調のアレンジだ。実は心の中ではまだ僅かな希望を見出しているのか、はたまた全てを受け入れ開き直っているが故の明るさなのか……。
そんな不思議な余韻を残しながら、マエリベリー・ハーンのお話はここで幕を閉じる。
終わりに
本作品には、直接的に物語が綴られていないし、どこかに解説が記載されている訳でもない。作品を手に取り、聴いた者に解釈を委ねている。もちろん今回ピックアップしなかった楽曲にもメッセージ性のある歌詞が込められているので、ぜひブックレットとともに浸っていただきたい。
本レビューでは救いのないバッドエンドのような解釈を行った。しかし、彼女にとってはそれこそが「綺麗な終わり方」なのかもしれないし、そもそもまだ物語の途中であり、本当の終わりでは無いのかもしれない。
兎にも角にも、彼女のことを観測し追い続ける我々に「さて、貴方はどう感じますか?」と問いかけてくれるような、ここからさらに創作が生まれてほしいと願いたくなる、そんな内容の濃い作品であることを伝えたい。秘封倶楽部の物語が好きな人や一人称視点で展開されるお話が好きな人にはぜひともオススメしたい作品だ。
最後にアルバムのタイトルであり、春の季語としても知られている『二輪草』の花言葉を用いて、本レビューを締める事にしよう。
二輪草の花言葉:『ずっと離れない』
作品情報
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