東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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音楽評
2022/06/30

秘封倶楽部が選んだ道を、あなたはどう観測しますか?――音楽レビュー『Chase』/幻音録

秘封アレンジ楽曲レビュー『Chase』

無数に存在する『秘封倶楽部』

 突然ですが、あなたは『秘封倶楽部』にどのような姿を投影しますか?

 境界に挑む、ミステリアスな冒険譚?

幻想郷の住人との、不思議な出会い?

それとも、他愛も無いキャンパスライフ?

 原典の描写――ZUN’s Music Collectionシリーズのブックレットから受ける印象だけでなく、二次創作の世界からもさまざまな秘封俱楽部が生み出されています。

 後者が織りなす世界では、絶望的な終焉が、または幸福な結末が、あるいは終わりのない日常が……そんな無数の世界が、創作者の数だけ、あるいは受け手の数だけ存在しています。

 そんな無数にある『秘封倶楽部』。そのうちのひとつの物語世界を、幻想の音楽が描き出します。

 

 今回レビューさせていただくのは、幻音録さんの『Chase』

 構成はフルボーカル6曲入りです。どの曲も物語性が溢れる素敵なアレンジなのですが、そのなかから秘封倶楽部に焦点を当てた4曲を中心に、この世界について語らせていただこうかと思います。

 

いつまでも追うから、貴女の声を

01.『甘美な妄想』
原曲:ヒロシゲ36号 ~ Neo Super-Express

いつまでも追うから あなたの声を

今は繋いだ 手を離さないでいて

 そんなフレーズとともにギターが鳴り響き、この物語は幕を上げます。ただそれだけ、そのセリフだけを発して、この物語は幕を上げました。

 タッチの強い印象的なピアノと、すかさず入る切なげなバッキングギター。言葉足らずな冒頭に相反して、物語は間奏から一気に加速していきます。ふたりに何が起こるのか……思いを巡らせてしまいます。時系列は? 視点は? 状況は? 何もかもわからない目隠し状態のまま、リスナー観測者はこの世界に放り込まれてしまいました。

 

 待ったなしで進む物語は「もしもこの世界が 狂っていたとして」や「あなたを捨て逃げられはしないわ」など、不穏なワードとともに進行していきます。音楽を構成する部分は優し気な印象を受けるのですが、この不穏なワードたちに胸騒ぎを覚えて……

 心の準備がままならないうちに、Bメロで一拍置き、サビが訪れました。

二人を運ぶ船それが沈みかかっても

誰も死なない道選んでいたいから

 小気味いいギターのメロディーが、堰を切ったように脳内に流れ込んできます。そしてさらに不穏さを増していく歌詞。テンポの良いサビと、Vo.麻倉和音氏の優しく儚い歌声が相まって、“どうしても止められない悲劇”を予感させます。

 

 気になることがひとつありました。冒頭から、一貫して一人称視点で進んでいます。それは誰の視点なのか――サビに答えが載っていたようです。

なんて考えてた 遅刻魔を待つ時間で

 秘封倶楽部の遅刻するほうといえば、宇佐見蓮子です【※】ここで少しですが、やっと状況が見えてきました。この物語ファーストトラックは、マエリベリー・ハーンの視点が中心だったのです。はたして彼女は何を感じ取り、このような思いを抱いていたのでしょうか。

【※】参考:「蓮台野夜行」収録『幻想の永遠祭』ストーリー

 そして続く二番、マエリベリー・ハーンの歌詞心情はこう綴られています。

命を差し出してしまうのだろう

奇跡の代償は日常の犠牲で

君を守るために全てを差し出すから

 ふたりに明らかな危険が迫るなか、相方を救うためのマエリベリーの選択は“自身の犠牲”でした。なぜ命を差し出さなければならないのか。なぜ犠牲が必要なのか。なぜ危険が迫っているのか。さまざまな“なぜ”を抱えたまま、物語はCパートへ突入します。

 

 切なげなリードギターと美しいスキャットラララ~が世界を彩るなか、宇佐見蓮子でもマエリベリー・ハーンでもない、異物の影が射しました。

こちらは結界省 世界を乱す者は許さない

払う代償は 誠意

 突然混線してくる雑音。そして満を持してやってきた『ヒロシゲ36号 ~ Neo Super-Express』のメロディに、鳥肌が立ちました。ようやく原曲のメロディがメインで使われたと思いきや、飛び出してきたのはなんと結界省”

 原作には存在しない機関ですが、秘封倶楽部の二次創作では時折目にする存在です。二次創作において多くの場合、結界省は政府の公安機関的な位置づけで描写されます。

 そういう存在が二次創作者に必要とされているのは、ふたりの世界では結界を暴くのが均衡を崩す恐れがあり禁止された行為である【※】からでしょうか。表向きは危険な現象から一般市民を守り、裏では不思議に迫る者を秘密裏に処分してしまう危険な行政機関――そんな表現を、私は過去に二次創作でよく見ました。

【※】参考:蓮台野夜行収録『魔術師メリー』ストーリー

 

 危険な結界省が、彼女たち秘封倶楽部の活動を知ってしまいました。マズい。いやマズいなんてものでは済まない。最悪消される。曲を聴きながら、今後の展開を想像して思わず息を飲んでしまいます。

 マエリベリー・ハーンが危険を感じていることや、犠牲を強いられる状況にある原因は、結界省のせいでしょう。ふたりはどうなってしまうのでしょうか。とんでもない展開の序章に、次曲への期待と不安でいっぱいになってしまいます。

もしも夢でも 届かなくても

いつか掴んで 勝ち取ってみせるから

 この締め括りに、わずかながらも希望をのせて。

次の章へ続く

 

ふたりを結ぶ糸に生じた綻び

02.『綻び』
原曲:夜のデンデラ野を逝く

死への境界せんを 一人見ていた

貴女がその上に居たからさ

恋をしていた あの日と同じ 思いを言えぬまま

 宇佐見蓮子の視点に変わり、冒頭の独白がありました。言葉が過去形で嫌な予感がする……やはり死は避けられないのでしょうか。独白からたっぷりと沈黙の間を取って、それでも何も絞り出す言葉は見つからない。状況は何も変わらない。そんな心情を表すかのように、無情にもリズミカルなピアノが間奏に入りました。

 

 そうして続くAメロの歌詞もすべてが過去形で、これが蓮子自身の回想なんだとわかります。いつも一緒に過ごした仲だからか、蓮子は相方の様子がおかしいことに気付きました。

 しかし、「どうしたの」と聴いても「なんでもないよ」と返されてしまう。この時点で、マエリベリー・ハーンは自分を犠牲にすると決めていたのでしょう。もうふたりの“綻び”は取り返しのつかないところまで進んでいました。

 

 そしてBメロ。「見知らぬ土地でどこへ行くのか」、急に姿を消した相方の安否を気遣い、蓮子はひとりでこう問い掛けます。

常世と現世の境界を 踏み越える気なのか

 このフレーズを皮切りに、どっと曲のギアが上がりました。そして流れるようにサビに移り……それはもう、蓮子自身の胸から込み上げてきた“剝き出しの想い”、そのものなんでしょう。人は時に、感情を爆発させる際にトリガーになる言葉を持つのです。泣き出す直前、怒りが収まらなくなる瞬間、思い当たる状況がいくつかあるでしょう。それが彼女にとって、このサビ前のフレーズだったのです。

 

夜に飛び出して 貴女を探した 今にも傾きそうな秤見て

 とめどない雨のように、蓮子の感情がサビに降りつけられます。「どこにもいない!」「どうして!?」そんな彼女の焦燥感すら伝わってくるようです。

 Vo.麻倉和音氏の高音も、今にも泣き出しそうな熱のこもった歌声で、聴いていて胸がいっぱいになってしまいます。そして合間に響くシンバルの「シャーン」という音が。どこまでも尾を引いて切ない。一定のテンポで鳴るドラムも、どうにもならない悲劇を追認するだけで。

 

 「ごめん」とだけ呟き、今にも泣き出してしまいそうなマエリベリーは、しかし最期まで自ら命を絶つ理由を告げませんでした。お互いのことを思っているはずなのに、すれ違うふたりの言葉にやるせなさを感じます。

 そして追い討ちのように、“相手はもう諦めていた”という現実が降りかかりました。蓮子だけがずっと追いかけていても、それは徒労でしかなく……。

「私のことはどうか忘れて」

「今までありがとう。さようなら」と言い

天秤の針は向こう側へと 傾いて振り切れた

 この言葉を最期に、マエリベリー・ハーンと宇佐見蓮子は離別してしまいます。結界省と境界のスケープゴートになる形で蓮子を守った為なのか、彼女は徹底して蓮子に説明をしないまま、自分が犠牲になる道を選びました。

 

 失意のなか、続くフレーズ「差し出す右手を あなたは無視して」を聴いた瞬間、ハッとしました。

 この状況、もしかして……『Chase』のジャケットイラストを確認すると、今にも泣き出しそうなマエリベリー・ハーンと所在無げな左手、そして彼女を呑み込むような赤黒い影も確認できます。ジャケットはこの曲の蓮子視点そのものだったのです。

 しかし、蓮子が差し出した右手も、結局彼女の左手には届かず、蓮子自身の気持ちは宙ぶらりんになってしまいました。

 

 こんなのあんまりです。蓮子視点では何も知らされないうちに、あっと言う間に奈落の底へ転落してしまいました。彼女自身の心情的にも、納得できるとは思えません。きっと相方を探し続けるでしょう。

 

 そこへ、とあるあやかしが「もう彼女は居ない」と囁くのです。

次の章へ続く

 

彼女が選んだ世界線

03.『そして少女は今日も踊る』
原曲:夢と現の境界

もしこれが ゲームみたく

マルチエンディングなら

ハッピーエンドはあるのかな

それがループの意味?

 悲しいピアノだけが響く陰惨な空気のなか、蓮子はそう呟きました。大切な人を失い「まただめだった」と嘆く彼女に応える声が。

「まただめだったのね」

謎の妖怪が言う

目が合うと妖怪は「ごきげんよう」と笑みを浮かべて答えた

 “歌唱”ではなく“語り”という表現技法。

 突然差し込まれた歪さに、聴いた瞬間ギョッとしてしまいました。それも突然語りかけてきたのは、第三者。いったい何者なのか? 秘封倶楽部を知っている人には、ある程度予想がつくでしょう。

 秘封俱楽部と縁があり、かつ「ごきげんよう」などと口にする妖怪といえば、八雲紫に違いありません。どういうわけか、この世界はループし、蓮子は何度も“大切な人”を失っているようです。そのたびに、八雲紫が世界を一からやり直させてくれているようです。それも、蓮子が望む限り何度でも……

 

 そうか、『Chase追う』とはそういう意味だったのか。ここでようやく、私はアルバム名の意味に思い至りました。CDの帯や一曲目『甘美な妄想』の冒頭にもあるメッセージ、「いつまでも“追う”から 貴女の声を」は、蓮子の心の叫びだったのです。

 

 「どこまでもメリーを追うから」「何度でも追うから」……この曲を聴いたあとに一曲目を聴き直すと、続く『今は繋いだ 手を離さないでいて』というフレーズの意味も、よくわかります。おそらくこの時点で既に蓮子は、八雲紫の“やり直し”に入っていて、「とにかく今は繋いだ手を離さないで!」と、離別に対する強い拒否感を滲ませていたのでしょう。

何度も言う「彼女の死は仕組まれたものだ」と

「彼女なりの最善手」と妖は何度も囁く

 語りパートのあと、八雲紫に何度も説明されている様子が歌われます。フレーズの一つひとつが重く、胸が押しつぶされてしまいそうです。

 しかし、それでも蓮子は諦めきれない。そんな心情に応えるように、バックではドラムやギターの音が少しずつ増えていきます。

 ぽつりぽつりと、悲劇を回想していた蓮子が「それでも諦めきれない」「ここで逃げたら大切な人を失っちゃうから」と、決意を新たに――最初はピアノだけだった音も、気付けばドラム、ギター、コーラスと、絶望のなかで抗う彼女の心情を表しているかのように聴こえてきました。

さあもう一度 始めましょう

境界を踏み越えて

今度こそは 救うから

次の章へ続く

 

秘封倶楽部が選んだ道

06.『Parallel:Drop out』
原曲:東の国の眠らない夜

 今まで悲しげな旋律がメインの曲ばかりレビューさせていただきましたが、ここのメロディーは少しだけ毛色が違います。悲しげなのは変わらないのですが、穏やかなピアノの旋律にどこか清々しい印象さえ受けます。

 

 それもそのはず、タイトルは「ドロップアウト脱落」……宇佐見蓮子はマエリベリー・ハーンを諦めることにしたのです。本当にそれでいいのか? 我々リスナー観測者はそう思ってしまうかもしれません。きっと彼女自身、それで良いなんて思っていない。

なんでもない日 空の下 二人笑い合っていた あの日常は

戻っては来ないと割り切っても 涙が止まらない

 そう、彼女のことが好きだった蓮子が、それで良いなんて思うわけないんです。ふたりで過ごした日々を懐かしむ蓮子の感情が、歌声を通して伝わってくるようです。こんなに切ない歌い方をされてはたまらない。心なしか涙を堪えるように、高音の発声が震えているようにも聴こえます。畳みかけるように響く優しいピアノの伴奏も、より一層涙を誘います。

それが私の心に消えぬ呪いになったとしても「生きろ」と言うなら

 しかし、それでも、ここまで大好きだった大切な人でも、諦めざるを得ませんでした。なぜなら、マエリベリー・ハーン自身が自分を犠牲にして、宇佐見蓮子の生への鍵を望んだからです。蓮子は繰り返されるループを過ごすうちに、彼女の気持ちを理解し、尊重することを選んだのです。

なんでもない 空の下 二人笑い合っていた あの日にはもう

戻れない 戻せないから 全て 捨て生きていく

 こうして、秘封倶楽部の“ふたり”が選択した世界線はメリーバッドエンドを迎えました。

 

 

 

 しかし、これで終わりでいいのでしょうか?

 

 タイトルは『Parallel:Drop out』です。パラレル世界におけるひとつのエンディングとしてこの形が存在するだけで、この秘封倶楽部の世界の形は、まだほかにも存在するのではないでしょうか?

 それこそ解釈だけでも、創作者の数だけ、受け手の数だけ存在することでしょう。この記事ですら、筆者が『Chase』を聴いて連想した、秘封倶楽部の一解釈の姿でしかありません。

 

 音楽に対する感受性は人それぞれなように、どのような秘封倶楽部を思い描くかも人それぞれなのでしょう。そこのアナタも、幻音録さんの『Chase』から、秘封倶楽部を観測してみてはいかがですか?

 

作品情報

『Chase』

01.甘美な妄想
原曲:ヒロシゲ36号 ~ Neo Super-Express

02.綻び
原曲:夜のデンデラ野を逝く

03.そして少女は今日も踊る
原曲:夢と現の境界

04.青
原曲:有頂天変 ~ Wonderful Heaven

05.ブルースター
原曲:偶像に世界を委ねて ~ Idoratrize World

06.Parallel:Drop out
原曲:東の国の眠らない夜

Circle:幻音録
Arrange/Lyric:甘夏れもん
Vocal/Voice:麻倉和音
Guitar(tr.1):たまふ
illustration:トリフネ

委託・配信サイト:
https://genonroku.booth.pm/

サークルサイトURL:
https://houzitya0405.wixsite.com/genonroku

公式ツイッター:
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