東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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音楽評
2022/03/04

キャラの息遣い、想いが幕の内弁当のようにぎっしり詰まった一枚。東方アレンジ音楽アルバムレビュー『こ〜んさるたん!』/暁Records

きっと、あなたの心にも虹が架かるはずです。

嵐の過ぎるころ

 東方虹龍洞の衝撃からはや半年。「あの賑やかな市場は今どこに」という我々の不安をかき消すかのように、昨年末に満を持して開かれた市場、コミックマーケット99。久々のコミケ開催への喜びと、虹龍洞への興奮も未だ冷めやらぬなか、我らが暁Recordsがまたしてもブチかましてくれました。

 雨ニモマケズ、風ニモマケズ、昨今ノ不安ナ情勢ニモマケヌようなエネルギッシュさとカラフルさを想起させながらも、キャラクターそれぞれのエゴ、生き様を孕んだ多彩な色の楽曲たちは、あたかも七色の虹……サウイフCDヲ、ワタシハホシカッタ。

 ――そんな訳で、今回は暁Recordsの虹龍洞アレンジオンリーアルバムこ〜んさるたん!』についてご紹介します。

 

そもそも「暁Records」……って?

 暁Recordsは、

  • ねこ☆まんじゅう(代表・アレンジ)
  • Stack Bros.(ギター・ベース・アレンジ)
  • Stack(ボーカル・作詞・アレンジ)

 の三人体制で活動する東方アレンジ音楽サークル。バンドサウンドを打ち出す音楽サークルは数あれど、メンバー全員がアレンジを担当するというのは珍しいケースではないのでしょうか。

 そんな暁Recordsの特筆すべき魅力は、ポップス・ロック・ヒップホップ・スイングなど、ジャンルに縛られない自由さ。そして、歴史や伝承などのさまざまな面から多角的に行われる深い考察によって生み出される、キャラクターの心情・背景の描写。

 このふたつによって紡がれる、ときにはお空の彼方までトンでいきそうな程ハッチャけ、あるときには闇の深淵を覗き込むが如く堕ちていく、振り幅を持ったアレンジの数々ここに魅力があります。

 ボーカルのStack氏の歌声は、そのあまりにも大きな振り幅を包み込む、一本の太い芯です。力強さと繊細さという相反する性質を歌いこなすその表現力は、まるでキャラがそのまま憑依したかのよう。

 それは“歌う”というよりも、声という楽器を“奏で”、楽曲の主人公という役を“演じている”といえるほど。まさに変幻自在。アグレッシブながらもエモーショナル! 近年では「東方ダンマクカグラ」に収録された『HANIPAGANDA』や『トランスダンスアナーキー』に、トンデモない衝撃を受けた方も多いのではないのでしょうか。

 今回の『こ〜んさるたん!』も、そんな魅力がこれでもかと遺憾なく発揮されています。もしも暁Recordsに触れたことがないという方こそ、ぜひとも手に取っていただきたい。そんな傑作、名盤です。

▼このジャケットの時点で凄まじいインパクトですよね。まるでビジネス雑誌です。なんですか「幻刊こ〜んさるたん! Vol.99」って。そんな胡散臭い雑誌が99巻も続いてたまるか。大体「あなただけに、明かすのです」って書いてるくせに雑誌として出してる時点で怪しいじゃないですか!

 なんなんですかそそのかしアワードって。そんな物騒な表彰があってたまるか。絶対怪しい通販でよくある「その場で考えて勝手に表彰してるやつ」じゃないですか!

 ……コホン。失礼、ツッコミが追いつかず取り乱してしまいました。

 

 それではどうぞこちらへ。私とともに、雨上がりの空に架かる虹を見に行きましょう!

 

それぞれの価値

Tr.01『こ〜んさるたん!』
原曲:待ちわびた逢魔が時/星降る天魔の山

 まずは1曲目、表題曲の『こ〜んさるたん!』から。まるで舞台の幕が上がるように、軽快に始まります。なんともユルい雰囲気のタイトルも含めてコミカルな楽曲と思ってしまいますが、油断することなかれ。

 そう、この曲の主人公は菅牧典。飯綱丸龍をはじめとしてさまざまなキャラに取り入り、散々物語を引っ掻き回した菅牧典です。冒頭部分がフェードアウトする間際、「フフフ……」と不穏な笑い声からこれまでの流れとは一転。

 うやうやしく近付いてきた典が邪悪な本性をさらけ出したかの如く、ブラックな愉快さのなかに不気味なダークさをを孕みながら曲は一気に加速していきます。それはまさに豹変の一言。嗚呼、恐ろしや……

この世で一等正直なのは、狐と聞きます

無理、通り 引っ込ませちゃって道理
先のことは知ったこっちゃない

 甘い言葉のなかに紛れ込んだ、そんなドス黒い本音。

 「こんの腹黒女狐がァ…!!」とついわからせモードを発動させてしまいますが、サビ前でふと滑り込まされるのが、

「にゃは!」

 というなんとも可憐な鳴き声。典がすっとぼけているMVの該当シーンと併せて、正直なところめちゃくちゃかわいいです。かわいいんですよ悔しいことに。この一瞬で典を許します。許しました。

 そんな一瞬、一単語で空気感を変えてしまうのは、まさにStack氏の類まれな表現力の御業でしょう。

 蓋を開ければ、間違いなく邪悪。しかし、どこか憎めないかわいらしさがある。そんな典のキャラ性を象徴・具現化するような楽曲に、ズブズブとこちらも暗黒面に堕ちてしまいそう。

 

 もう騙されちゃってもいいんじゃないかな……。

 

Tr.02『DIG IT DIG OUT』
原曲:龍王殺しのプリンセス/幻想の地下大線路網

 Tr.01とは打って変わって、冒頭からの「Dig it-Dig it Dig out-Dig out」が楽しい明るく軽快なポップナンバー。

 『龍王殺しのプリンセス』と『幻想の地下大線路網』という、あれだけおどろおどろしかった二曲が悪魔合体すると、こんなにポジティブな楽曲になるんですね、フシギ。(マイナス✕マイナス=プラスだしそういうことなのかな……そういうことかも……)

 黒きドラゴンイーター、姫虫百々世は大蜈蚣オオムカデ。森や山でたまに見かけるウネウネしたアレの、さらにデカいヤツですね。言ってしまえば嫌われもの。現実の伝承でも、主人公に退治される、悪者・怪物としてのポジションです。

 ちなみに私も、虫系は基本平気なのですが、ムカデとなると流石にキツいです。数年前、山で座っていた石を退けたなかにいたのは深くトラウマとして記憶に刻み込まれてます。カサコソカサコソ……ヒィッ!!

 この楽曲の魅力は、そんな“嫌われもの”としてのイメージを吹き飛ばす、底抜けな前向きさです。

嫌うならまぁどうぞ 俺は知らないけど

苦手ならまぁどうぞ 俺は楽しむけど

 周りの評価なぞ知ったことか、我は我の道を行く。そんなどこまでもまっすぐなメッセージ。百々世の愚直な生き様が胸に突き刺さりますそれでいて、

七色、たったそれだけ?

こちらは七巻半…はい、俺の勝ち

 と、負けず嫌いな一面も見せてくれます。かわいいですね。

 ちなみにここの歌詞の「七巻半」という数字は、俵藤田(藤原秀郷)の武勇伝で登場する大蜈蚣の伝承に基づくものでしょう。なんでも滋賀の三上山を七巻半するほどの大きさだそうで……あーかわいい。そんな細かい伝承からの引用に、Stack氏のキャラに対する造詣の深さが伺えますね。

 思わず口ずさみたくなる「Dig it-Dig it Dig out-Dig out」のリズミカルなテンポに合わせて進むさまは、意気揚々と虹龍洞内部を掘り進む百々世の姿を想起させます。まるで「立ち止まってないでとりあえず前に進もうぜ!」と、我々に告げているようにも聞こえますね。

突き進むこと それこそが俺の信条さ

 つらいこと、悲しいことなんて今は忘れて、この嫌われものの大蜈蚣と一緒に「DIG IT DIG IT!」しませんか?

 

Tr.05『Gambling Haze』
原曲:スモーキングドラゴン/駒草咲くパーペチュアルスノー

 冒頭から静寂を切り裂いて力強く鳴り響く重低音と、Stack氏の「Oh!」「Year!」の咆哮。これまでとはガラリと雰囲気を変え、「さぁまだまだここからだぞ! 付いてこい!」という合図。

 ……さぁやってまいりました、「カッコいいモードの暁Records」のお時間です。

 さしづめ「こ〜んさるたん!」第二幕といったところでしょうか。この楽曲は、そんなアルバムの「転換点」となる曲と言えるでしょう。

 

 『Gambling Haze』は確かに激しい曲ではあるのですが、テンポはスローでゆったりとしています。それはまるで煙管キセルからゆるやかに流れていく紫煙のよう

 そのなかで力強く、それでいて調和を乱さずに溶け込む重低音は、その歌詞も相まって、駒草太夫こと駒草山如の大人の余裕や一本筋が通った意思の強さを感じさせます。

配られたカードがどんなものだろうと
上がりまで手を抜かず勝負しな

道理を承知で奪い取ったならば
いずれ奪われるものと覚悟しな

 賭場この場所を仕切る者としての流儀と、博打勝負事そのものを動かすものとしてのプライドと情熱。大人の余裕を感じさせるお姉さんにこんなこと言われちゃったら、もう鼻の下伸ばして頷くしかないじゃないですか!

 ――このような楽曲と、Stack氏はめちゃくちゃに相性が良いのです。

 Stack氏は楽曲を「演じている」と言えるほど、キャラクターそのものの雰囲気で歌います。そのややハスキーがかったアダルティックな美声には、やはり駒草太夫の妖艶さが最高にマッチするというもの。もしかしてキャラ本人なんでしょうか?

 駒草太夫、そしてStack氏の大人の余裕漂う艶っぽさと、その奥に秘めた熱に、思わず「カッコいい……」とため息を漏らしてしまいそうになるほどです。

 

「君」と「僕」の価値

Tr.07『Vagueness』
原曲:あの賑やかな市場は今どこに ~ Immemorial Marketters/幻想の地下大線路網/駒草咲くパーペチュアルスノー/バンデットリィテクノロジー

 再びこれまでとは打って変わって、優しくもどこか儚い語り口のゆったりと流れるスローナンバー。

 

 この楽曲は、珍しく具体的なキャラクターが登場しません。

 いわゆる「一般人目線の曲」です。それどころか、今このとき、この世界を生きる現代人のことのようにすら感じさせます。

曖昧な品定め

欲しがられなきゃ、値段もつかないの?

流れ流れ 誰かに決められた

僕たちと私たちのValue 

 タイトルの「Vagueness」は「曖昧さ」という意味。その曖昧さは「僕たち」と「私たち」、つまり不特定多数の一個人につけられた価値のことでしょう。

 

 人の価値も、モノの価値も、それはそれは非常に曖昧なものです。

 自分のなかの価値と「誰か」から見た「自分」の価値の乖離。

 同じモノでも、さまざまな場所や環境を通して値段はコロコロ変わるもの。

  

 東方虹龍洞は“売る者たち”の物語でした。それぞれにそれぞれの欲があって、野望があって、価値観があって生きている。その価値観のズレ、価値の曖昧さがあったからこそ、さまざまな出来事を生んでしまった。

「本当の価値」なんてものは、どこにあるのでしょうか。

ただのひとりで構わない

数には出来ないと言ってくれるなら

ただの一度で構わない

思惑も見返りもなく傘に入れてくれたから

 いいや。本当は、そんなものはどうだっていいんじゃないんでしょうか。

 人には人なりの、自分には自分なりの価値がある。それでいいんじゃないんでしょうか。

「それ」が誰かにとって、もしくは自分にとって大切なものならば。

 

 この楽曲は、そんな「本当の価値」に対する暁Recordsなりのアンサーなのです。

 これまでの楽曲でキャラクター各々の価値観を色濃く描き、それをこの第三者視点の『Vagueness』で包括するこのアルバム構成には心の底から唸らせられます。

 これまでの楽曲は、それぞれのベクトルは違えど、どれも激しく駆け抜けるものでした。それだけに、この寂寥感のなかにどこか懐かしさを覚える楽曲に、何故かホッとさせられました。それまで浮かされていた狂ったような熱が冷め、げんじつに返ったようにも。

 ほどよい寂寥感とともに、「そのままでいいんだよ」と心にスッと寄り添ってくれる、そんなナンバーです。

 

終わりエンディングであり始まりオープニング

Tr.08「無限のグラデイション」
原曲:あの賑やかな市場は今どこに ~ Immemorial Marketters/ルナレインボー

 さぁて、そんな『Vagueness』でテーマを包括してしっとり〆るんだろうなと思ったんじゃありませんかそこのアナタ! 私は正直そう思ってました!!

 しかし! それで終わらないのが今回の『こ〜んさるたん!』です。このアルバムというサーガの本当のラストには、最高に美しい虹が待っていたのです。

 冒頭から徐々にボルテージを高めてからの天を突き抜ける勢いの「無限のグラデイショーーーン!!」で鮮やかかつ華やかに幕を開ける、爽やかで疾走感溢れる超絶ハイテンションなポップナンバー。

 本楽曲はもともと「東方スペルバブル」のために書き下ろされたものなのですが、あえてそれを「アルバムの〆」という重要な部分に持ってくるという構成。

 故意か偶然かはさておき、かつて作られた楽曲であるこの「無限のグラデイション」は、この『こ〜んさるたん!』のラストに入ることで、楽曲に込められた意味が、また異なって聴こえるのです。

 ――そう。この『こ〜んさるたん!』のエンディングに相応しい、むしろこの曲以外はありえないと思える程に

嵐の過ぎるころ また天地を繋ぐだろう

もうずいぶん過ぎたみたい

暑さ寒さ どれも感じなくなって

 ここ数年、情勢の変化は東方界隈どころか同人界隈全体にあまりにも深刻なダメージを与えました。それはまさに「嵐」の如く。

 イベントも何度も何度も延期・中止を繰り返し、毎年ビッグサイトの待機列で感じてきた夏の暑さも、冬の寒さも、次第に遠いものになっていました。

「もう二度と開催できないんじゃないか」主催者側も参加者側も挫けそうになったと思います。諦めそうになったと思います。

 

 それでも、けっして諦めなかったですよね。折れなかったですよね。この歌詞のように、

虹の下で逢いましょう

そこでしかお目にかかれないお宝がある

 会場でしか出会えないものがあるから。

また懲りずに集いましょう

ここでしか交差しない運命がある

 会場でしか味わえないものがあるから。

 だからこそ、多くの配慮のもとで昨年末にコミックマーケット99が開催できたのでしょう。

 そして実際、少しずつながらもイベントは復興しつつあります。

『Vagueness』までで「東方虹龍洞」を包括し、『無限のグラデイション』で今を生きる私たちの市場の物語にシフトさせる。

 そしてこの楽曲は、そんな不死鳥の如く蘇りつつある同人界隈の市場の再生を祈り、いずれ来るであろう完全なる復活、新たな始まりを約束する歌なのです。

 いわば終わりであり始まりとびっきりの明るさの「俺たちの戦いはこれからだ!」で『こ〜んさるたん!』を〆る。私たちが求める限り、市場は永遠に終わらないのです。

虹の下で逢いましょう

約束は果たされる為に

懲りずに集いましょう

無となって神の元にSee you soon…

againもう一度」ではなく「soonすぐすぐにまた会える。サークルの方々、大切な盟友たち、そして作品たちと……嗚呼、このカタルシス、なんと形容すれば良いのでしょうか。

 最高のエンディングであり、オープニングである『無限のグラデイション』。

 ――嵐のあとの虹は、確かにここにある。

 

この雨に終わり告げよう

 いかがだったでしょうか。

 この一枚のアルバムのなかには、たくさんのキャラの生き様、想いが幕の内弁当のようにぎっしりと詰まっていました。

 それらを現実世界と奇跡的なまでにリンクさせ、「やっぱり東方虹龍洞は最高だなぁ……」という感動と、「東方界隈はまだまだこれからなんだよなぁ……」といううれしさの余韻にここまで浸らせてくれる、酔いしれさせてくれるのが、暁Recordsのスゴさです。

 キャラたちの息遣いと、確かなテーマ性この二つを両立させ、かつ上質でお出ししてくる暁Recordsに、今後も目が離せません。

 そんな暁Recordsのスゴさを、ぜひこの「こ〜んさるたん!」で体感してみてください。

 

 きっと、あなたの心にも虹が架かるはずです。

 

作品情報

アルバム「こ~んさるたん!」

作品サイト:http://akatsuki-records.com/drcd0070_71_coooonsultant.html

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