「会社を辞める」と言ってスッキリした
ひろゆき氏:
会社以外でこれだけやっていたら、もう会社に行かなくてもいいんじゃね、ってなりません?
ZUN氏:
この時はまだ、会社にいて趣味でゲームを作っていることが、自分にとってプラスになるんじゃないかと思っていました。会社を辞めて「自分はこれで食っていくんだ!」となると、作品に影響するんじゃないかと考えていたので。
ひろゆき氏:
好きなものじゃなくて、売れるものを作ろうと変わってしまう?
ZUN氏:
生き残るためにこれをやろう、みたいになるのは、僕のなかではかなりリスクのある選択肢だったんですね。
――でも結局、2007年には会社を辞めるわけですよね? そこでは何があったんですか?
ZUN氏:
会社側から僕に対する、仕事の負担が大きくなったんです。勤続年数が長くなると、自分の仕事量が増えてくるので。ディレクターとかになってしまうと、もう無責任なことはできないですから。
ひろゆき氏:
そうなる前に辞めるほうが、会社にとってもいいことだと考えたわけですか?
ZUN氏:
辞める1年ぐらい前からそう思っていて、「この企画が終わったら辞めよう」というのが何度かあったんです。
それである時、マルチプラットフォーム【※】のゲームの企画が立ち上がって、そのうち2機種のディレクターを僕がやれ、という話になって。朝にそう言われて、その日の夜に部署のみんなと飲みに行って、「会社を辞めようと思う」と言ったんです。みんなも「そうだよね」と。
※マルチプラットフォーム
1つのゲームタイトルが複数のゲームハードで発売されること。ハードの性能の違いによっては、内容に違いが生じる場合もある。
ひろゆき氏:
ほかの人もそこで「そうだよね」になるんですか?
ZUN氏:
僕が「東方」を作っているのはみんな知っていたので、僕が会社に残っているのは、タイトー七不思議の1つになっていましたから(笑)。僕にその企画を言ってきた上司も、「「東方」をタイトーで出さないか?」と持ちかけてきたことがあるぐらいですから、当然知っていたので。
ひろゆき氏:
ZUNさんが「東方」を作っているのを知っている上で、2機種同時開発みたいな重い仕事を振ってきたということは……。
ZUN氏:
仕事を受けるか、それとも会社を辞めるか、みたいな感じだったんじゃないかと思います。だからそこで「辞める」と言って、自分としてはスッキリしましたね。
ニコニコ動画で「東方」ブームが到来
――ZUNさんが会社を辞められて、同人サークルに専念するようになったのが2007年ですが、この少し後ぐらいから、ニコニコ動画で「東方」の大流行が始まります。「魔理沙は大変なものを盗んでいきました」【※1】(2007年4月)や「ナイト・オブ・ナイツ」【※2】(2008年9月)が出てきたのは、まさにこの頃ですね。
※1 「魔理沙は大変なものを盗んでいきました」
『東方妖々夢』で使用されたBGM「ブクレシュティの人形師」「人形裁判 ~ 人の形弄びし少女」をアレンジしたボーカル曲。ニコニコ動画でFlashムービーによるPVが高い人気を獲得し、「東方」アレンジ楽曲の中でも高い知名度を誇っている。楽曲を制作した同人サークル「IOSYS」は、ほかにも「チルノのパーフェクトさんすう教室」などの「東方」アレンジ楽曲を制作している。
ZUN氏:
ニコニコ動画で二次創作が盛り上がってくれるのは、僕は間違いなく嬉しいんですけど、それまでいたファンの人たちのなかにはこの時期、こうした盛り上がりにすごく嫌悪感を持っている人もいて。
ひろゆき氏:
それは、どんな理由で?
ZUN氏:
この頃になると、原作のゲームを知らないで「東方」に入ってくる人がすごく増えてきたんです。
ひろゆき氏:
それがダメなんですか?
ZUN氏:
なにしろ“東方警察【※】”がいますから(笑)。
※東方警察
ここで語られている“東方警察”とは、原作ゲームの「東方」を絶対視するあまり、二次創作などのアレンジには不寛容になっているファン、といったニュアンスである。
ひろゆき氏:
“東方警察”ですか(笑)。でも今はもう「原作から入りました」と言うと、「えっ、なんで?」って聞かれるような状況じゃないですか。
ZUN氏:
それは原作を宣伝していないからで(笑)。同人ゲームなので、原作から入るのには限界があるんですよ。その限界を破ってくれたのが、ニコニコ動画なんです。ニコニコのサービスが始まった頃から、原作のプレイ動画はけっこう人気があって。アーケードのシューティングよりも、映像を撮影しやすかったからかもしれないですけど。
コラム1 「東方」二次創作のガイドライン
コラム2 「東方」コミュニティと東方警察
“ゆっくりしていってね!!!”のAAは、炎上の煽りだった
――ひろゆきさんにも関係のある話題としては、“ゆっくりしていってね!!!【※】”のアスキーアートが当時の2ちゃんねるに貼られるようになったのも、2008年頃のことです。
ひろゆき氏:
覚えてます。でもあの当時は、“ゆっくり”と「東方」が結びついていない人のほうが多かったと思うんですよ。
ZUN氏:
僕はわかっていましたよ(笑)。最初の頃に貼られていたのは、完全に煽りでしたよね。スレッドでケンカが始まって、“ゆっくりしていってね!!!”が貼られたら、「ここは炎上しているんだ」という感じで。
あの当時、2ちゃんねるのなかで「東方」はすごく嫌われていて。ゲームの板(掲示板)で「東方」の話は禁止されていましたから。
「東方」の話が盛り上がると、「また「東方」か」という感じになって、どんな板からも「東方」の話題がNGになっていったんです。だから「東方」ファンの人たちは2ちゃんねるではなくて、「したらば【※】」のほうでやり取りをするようになって。
※したらば
2ちゃんねる(現・5ちゃんねる)とほぼ同様の形式の電子掲示板をレンタルできるサービス。現在の正式名称は「したらば掲示板」。2ちゃんねるがアクセス不能になった際や、2ちゃんねるから何らかの理由で追い出された人たちが、避難所として利用することも多い。
ひろゆき氏:
へぇ~。
ZUN氏:
“ゆっくりしていってね!!!”も最初は、そういう煽りだったんですよ。「荒れてるスレに「東方」が来たよ」みたいな感じで。そういうのもあって、僕は2ちゃんねるに対して、あんまりいいイメージがないんですよね(笑)。
(第9回へつづく)
聞き手/ひろゆき、斉藤大地
文/伊藤誠之介
カメラマン/福岡諒祠(GEKKO)
ZUNさん退職! ニコニコでのブーム、「ゆっくり」ってなんなの? そして「東方警察」について おわり