東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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その男は幼少期から変わらず“のめり込んで”いた――最強の一般参加者「尊王」氏、独占インタビュー

例大祭一般参加者・尊王氏インタビュー

『博麗神社例大祭』が発行した、世界でたったふたりしか持っていない、伝説の“パス”があることを、ご存知だろうか。

 2019年に開催が発表され、一年間全国各地で開催される東方オンリーイベントをめぐり、スタンプを集める企画だ。さまざまな東方イベントを巡り、知らない土地で出向くいい機会……になるはずのイベントだったが、時はコロナ禍。2019年から2020年にかけて多くのイベントが開催中止を余儀なくされた。このスタンプラリーも2020年秋に終了予定だったはずが、2021年の秋季例大祭まで、まるまる一年の延長を余儀なくされた。

 そんなスタンプラリーをすべて回った人間に送られるために作られた『2022年博麗神社社務所主催イベント年間パス』、要はこれさえ持っていれば翌年はどんなイベントも“顔パス”になるという、おそらく冗談交じりに作ったであろうアイテムを、実際に手にした人間がいる。ある意味悲劇とも言えるこのスタンプラリーを、医療用マスクN95を必ず着けることを自らに課し、国の要請をすべて守った上で、該当すべてのイベントへ足を運んだ人間が、いるのだ。

 そのひとりが、尊王氏である

 例大祭に参加した経験がある方はもしかしたら、例大祭SP2(もう13年前のイベントである)の参加者全員に配られたその蒼きはっぴを纏い、20年以上金色の野に降り立っているであろう同人誌即売会に赴いているであろう、歴戦の猛者の存在を目にしたことがあるだろう。あるいは、東方関連の生放送(例大祭生放送・公認ソシャゲ関連・東方ステーションなど)にて、コメント欄で「尊」の文字をあしらった四角いアイコンを見たことがあるだろう。

 彼こそが、最強の“一般参加者”尊王氏だ。およそ20年前に開催された『博麗神社例大祭』の第一回に参加し、今でもすべての例大祭に参加している。博麗神社社務所(例大祭の主催団体)が開いたサブイベントへの参加も含めれば、これまでに120件を超えるイベントに参加してきたと言うから驚きだ。そこまでの行いを果たしてさえ、彼は言う。「ただのしがない一般参加者ですから」

 そんな尊王氏は、なぜここまで“一般参加“であることを突き詰め、こだわっているのか。幼少時代からやがて「尊王」となるまでの生い立ちを、東方我楽多叢誌では聞いてみることにした。そして2023年、同人イベントがどんどんと復活しつつあるなか、一般参加の目線から見た「東方」「同人イベント」、そして「一般参加者の行動」について、最後まで話を伺った。

 なお、先にお伝えしておくが、インタビューで飛び出す数々の尊王氏の行動は「訓練された一般参加者」によるものなので、あんまり真似しないでください。参考までにしましょう。

インタビュー・文/西河紅葉
インタビュー/土露団子

 

 

これまで参加した“例大祭関連の”イベント“だけで、120件を超える

――本日はインタビューよろしくお願いいたします。知る人ぞ知る、一般参加者の中の一般参加者、尊王さんの生態について深く掘り下げられればと思います。

尊王:
 ただの一般参加者がインタビューを受けるということ自体が前代未聞だと思いますし、私自身こんなことは初めてなので、お時間がかかってしまうかもしれませんが……。改めまして、私が一般参加の尊王と申します。今日はお暑い中、どうも対応していただきありがとうございます。よろしくお願いいたします。

――こちらこそよろしくお願いいたします。知らない方向けに軽く説明もふまえての確認ですが、尊王さんはこれまで、史上初の東方同人誌即売会「第一回博麗神社例大祭」から、今年の「第二十回博麗神社例大祭」に至るまで、全てに参加されている方ということでよろしいでしょうか。

尊王:
 そうですね、第一回からすべて参加しております。

――事前にいただいた資料を拝見しましたが、例大祭はもちろん、秋季例大祭、例大祭SP、過去に開催されていた見本誌読書会などのサブイベントまで含めて、例大祭が主催したイベントにはほぼ全て参加されているという……。

▲尊王氏からインタビュー前にご提出いただいた、これまでに参加した例大祭関連イベントの一覧。2004年の第一回博麗神社例大祭以降、延べ122件のイベントに参加し、2023年内には127件となる。

尊王:
 第一回博麗神社例大祭の読書会以外は、おおよそ参加しております。公式側が発表をしていない、秘密のイベントがあればまた別ですが。

――もちろん、例大祭以外の東方イベントにも参加されています。そもそも、例大祭がひらいたイベント自体が120以上あるのを知っている人はほとんどいないんじゃないでしょうか。このデータ自体が素晴らしいログだと思いますし、このすべてに参加している人間が実在するということに、感銘を受けています。

尊王:
 正確に言うと、このリストはあくまで私自身が一般参加したものだけなので、これ以外にも私自身が参加できなかった(例大祭の関わる)ものが、あと10件ほどあります。別のイベントで例大祭社務所さんがスペース参加されたときに、遠征生放送を行われているものですね。サンシャインクリエイションと諏訪風神祭でそれぞれ1回、広島の椰麟祭で2回、大⑨州東方祭で3回、それと上海COMICUPが2日間開催で1回づつ。これらには一般参加して視聴できていないので、リストには載せていません。

――そこも「例大祭のイベント」として認識しているのですね。尊王と名乗る男の覚悟と気迫が、読者にも伝わったんじゃないかと思います。

 

はじめから止まらない男だった

――そんな尊王さんは、なぜここまで東方の「一般参加者」としての活動に注力しているのか、その起こりはなんなのかからお伺いできますでしょうか。最初に入ったオタク趣味はなんでしたか?

尊王:
 最初に触れたのは「ドラえもん」でした。幼少期なので記憶が鮮明ではありませんが、3歳かそのあたりで、アニメとマンガをどちらも見るようになったみたいです。家族の話だと、もうそのころからのめり込む癖があったようで、当時のマンガ単行本41巻すべてを読んでいて、アニメを録画したビデオは何十本、劇場版はぜんぶ見ていたらしいです。

――その時からもう片鱗が見えていますね……。

尊王: 
 そこから、ファミリーコンピューターで出た『ドラえもん【※】』というゲームに触れます。両親がファミコンを借りてきた時があって、それを知った私が「ドラえもんのゲームが欲しい、欲しい」と、ねだったらしく。そこでゲームに触れて、今度はゲームへの熱中がはじまって、オタク趣味への傾倒はそこから本格化していきました。

【※FC版『ドラえもん(ハドソン版)』:1986年にハドソンからリリースされた、メジャーな家庭用ゲーム機では初めてリリースされたドラえもん。大長編3作品をモチーフにした、3つのステージを行き来する。ステージはそれぞれトップビューアクション、シューティング、サイドビューアクションとジャンルが異なるのが特徴。後年に発売された『ドラえもん ギガゾンビの逆襲』と区別するために、通称「白ドラ(カセットの色から)」と呼ばれる。画像はAmazon.co.jpより

――ドラえもんへの興味が、ゲームに移っていったわけですね。初めて自分のおこづかいで買ったゲームは覚えてますか?

尊王:
 中古の『テイルズ オブ ファンタジア』ですかね……、おこづかいがもらえるようになった中学生のときでした。うちの親は家庭で「ゲーム禁止」にはしないものの、一日に遊べる時間はきっちり決めるように、としていました。

――「ゲームは一日一時間【※】」ですね。

【※】ゲームは一日一時間:80年代後半に活躍したハドソンのアイドル的名物社員「高橋名人」の名言。「勉強でも何でもやりすぎは良くない、ゲームにだけ夢中にならず、いろいろなことを経験しよう」という思いがこめられている。なお、自己管理ができる大人は何時間遊んでも自己責任、らしい。

尊王:
 なので、データがセーブできて次に持ち越せるRPGが良かったんです。そういう観点で、遊べるゲームジャンルが偏っていたんですよ。だから、パスワード入力でデータ保存ができない“シューティングゲーム”はあまり選んでいませんでした。

――いまの東方Projectへの傾倒っぷりからすると、想像がつかないですね。

尊王:
 アニメもそこまで見ていなかったし、小説やライトノベル、マンガも正直あまり読んでなく、本当にゲームに傾倒していましたね。

――そのゲームも「一日一時間」なわけで。幼いころに我慢していたものが、大人になって一気に開放される、よく耳にするケースだったんでしょうか。

尊王:
 ゲームは一日中遊べなかったんですが、ゲーム以外でもゲームが遊べることに気づいたんですよ。あるときに『ドラゴンクエストⅤ』の小説と、『ファイナルファンタジーⅥ』のサウンドトラックのことを知ったんです。そうか、ゲームはプレイできなくても、小説や音楽でもプレイできるんだと。

【※】『小説ドラゴンクエスト5―天空の花嫁』。1993年出版、久美沙織著。全3巻。ドラゴンクエストⅤの物語をベースに、いくつかのオリジナル要素を含んだノベライズ小説。ドラゴンクエストはⅠからⅦまでがノベライズ化されている。画像はスクウェア・エニックス e-storeより引用。

【※】ファイナルファンタジーVI グランド・フィナーレ。イタリア、ミラノ交響楽団によるオーケストラアレンジの演奏が収録。画像はAmazon.co.jpより引用

――私もDQVの小説とFFⅥのサントラ、持っていました。

尊王:
 小学校6年生のころ、私が熱を出して寝込んでいたときに、家族がどこかから借りてきたFFⅥのオーケストラ版サウンドトラックを流してくれたことがあったんです。それがずっと記憶に残っていて、そこからゲームそのものを遊ばなくてもゲームを楽しむことができる、と知りました。その経験がなかったら、いまこのような活動はしていないかもしれないですね。

――ご両親とも、ゲームに制限はかけるものの、完全に禁止するタイプではなかったのですね。臥せっている息子を元気づけようと、大好きなゲームのサントラを流してくれるなんて、かなり理解のある良いご家庭な気がしています。

尊王:
 そのほかにも『ドラゴンクエスト4コマ劇場』や、スーパーマリオの4コマ漫画を読むようになったりとか……共通して言えるのは、ゲームがプレイしたいけど、できないからかわりに、ということですね。かわりの手段として4コマを読み、攻略本をあさり、ゲーム雑誌はちょっと立ち読みしたり、でした。

――同じ世代のゲームを長時間しか遊べなかった人にとって、とても共感できる内容なんじゃないかと思います。尊王さんの芯に「ゲーム」があることがよくわかりました。

 

初めてのコミケで帰した大惨敗

――そこから、同人の文化に触れるようになったのはいつごろ、なにがきっかけでしょうか。

尊王:
 中学のころ、私自身は知らなかったんですが、同じアニメやゲームが好きな友人は、コミケや同人文化のことを知っていたらしいです。でも、私には教えてくれなかったんですよ。要は「こいつに知らせたらのめり込みすぎて大変なことになる」と思ったみたいで。

――なんともまあ、いいご友人なのか悪いご友人なのか(笑)

尊王:
 知ってしまったらのめり込んで道を踏み外すだろう、駄目になるだろう……と思われたみたいで。あとで「実はあの時、みんな気づかせないようにしてたんだ」と聞いて驚愕しました。

――当時のことを考えると、まだオタクに対しての社会的な目線が厳しい時代だった、というのもあったかもしれませんね。

尊王:
 話が少しズレますが、そもそも私は自分のことをオタクだと思ったことが無いんですよ。なので、当時オタクが蔑まされていることも本当に知らなかったんです。ただひたすらに、ゲームが面白い、本が面白い、音楽が面白いって、それだけだったので。

――なんとも純粋な……ある意味、真にオタクであるといえますね。ひたむきにゲームやサブカルと向き合っていた尊王さんを見たら「同人を教えるな」と箝口令を引いたご友人たちの気持ちもわかります。結局、初めて同人誌即売会に足を踏み入れるのはいつごろですか?

尊王:
「同人誌即売会」というものの存在を知ったのは、2000年の12月ですね。「こみっくパーティ【※】」のアニメが翌年4月に始まるということで、その紹介がアニメ雑誌にあったんです。そこで「同人誌即売会」という単語を初めて見て……実際にどんなものかは、アニメをみて理解しました。

【※】『こみっくパーティ』:通称「こみパ」。1999年にLeafより発売された18禁PCゲーム。同人誌即売会で同人誌を描く主人公・千堂和樹と、女性作家・コスプレイヤー・アイドル声優など、周囲の女性たちとの恋愛模様を描いた作品。今ほど同人誌が一般的でない時代に、コミケ、Cレボなどの即売会を舞台としたゲームがリリースされたと話題を呼んだ。その後家庭用ゲーム機への移植やアニメ化によってブームにさらに火がつき、当時コミケを今まで知らなかった層が同人文化を知る、大きなきっかけとなった作品のひとつ。画像はDreamcast版、アクアプラスの公式サイトより。

――そこで初めて、同人誌即売会やコミックマーケットのことを知ると。

尊王:
 ただその時は、これはアニメだけの世界だと思っていたんです。こういう、作品を作るということに血道を上げている人たちがいるんだという観点で見ていましたけど、まさか本当にそういう世界が、大規模に行われている場所が存在するんだということは、当時はわからなかったですね。

――ある意味ファンタジーとしてみていたわけですね。まあフィクションはフィクションなのですが。

尊王:
 アニメが終わったあたりに、実際に本物があるということがわかりまして。当時購入していたスタジオDNAのコミックアンソロジー本に参加していた作家さんが、同人誌即売会に参加していることを知ったんです。そこでボツネタとか、アンソロジーで描いた話の延長線上みたいな作品を本として出しているってことを知りまして、これは興味があると思いました。
 ですが、当時高校3年生だったんで、実際には行くのを控えました。ひとつは受験があったから、もうひとつは、18禁の作品もある場所だとわかったからです。当時はよくわかっていなくて、18歳未満がそういうスペースを通るだけで捕まるんじゃないかというか、運営に迷惑がかかるんじゃないかと思っていて……。

――たしかに、昔のコミケはいまよりも遥かに「えっちなマンガが売ってるところ」というパブリックイメージが強かったですからね。ぼくも初めて行くときは緊張しました。

尊王:
 実際、行っていたら受験に落っこちてたかもしれないので……。コミケには行きませんでしたが、試験の一週間前にあったファイナルファンタジーのオーケストラコンサートには、我慢できなくて行ったんです。そしたら第一志望に落ちました(笑)

――人生は甘くないですね。世知辛い。でもいい思い出だと思います。

尊王:
 そのあと、大学1年生の夏休み、初めてコミケに参加しました。コミケ62ですね。ただ、行ったはいいんですけど、当時は自宅にインターネットがなかったので、情報をほとんど持たずに行ってしまって……完敗でした。

――初めての参加なら、それが普通なんですけどね。

尊王:
 初心者だから、とりあえず3日間全部参加して、設営も込みで4日間参加しました。わからないので、すべてのサークルスペースの前を歩くようにして。

――なるほど、はじめての参加で完敗したので、2回目から……。

尊王:
 いえ、1回目です。カタログに設営日の情報があったので、行ったんです。

――え、いまの1回目の話なんですか!?

尊王:
 はい。そもそも、設営日の前に一度、東京ビッグサイトへ下見にも行きました。

――初回から下見に行ってるんですか!? いまとまったく変わらない……。

尊王:
 初めて向かうところですし、すごく広い会場で行われるイベントだというのは知っていたので、まず下見してみようと思って。そして前日設営に参加して、本番当日を迎えて……完膚なきまでに叩きのめされました。

――そこまで、そこまでの準備を重ねた上でも、完敗だったんですね。

尊王:
 あとで言われましたが、当時コミケに来る人は、友人や先輩に誘われて来るケースが多かったらしいですね。私のように、最初からひとりで来る人は相当珍しかったというか。だから、自分で体験してみないと何もわからなかったんですよ。

――たしかにそうですね。大学のサークルの先輩とかに「お前お盆と年末あいてる?」って急に聞かれて、よくわからずビッグサイトに来たら、目当てのサークルリストとトランシーバーだけ持たされてハイ突入、みたいなね。当時は当たり前でしたね。

尊王:
 コミケのことを知るのも、現地にたどり着くまでも、ずっと完全にソロプレイなのは相当珍しいよ、と言われたことがあります。

――ある意味、生え抜きの一般参加者です。

尊王:
 そういう状況で、ひとりで行ったはいいけど、欲しい物がほとんど手に入らなかったんです。これだといったい何のために来たのか、あまりに費用対効果が悪すぎると思って。正直、次回は参加しなくてもいいかなという気持ちすらありました。ですが、同じ年にコミケがもう一度ある(冬コミ)というのを知り、夏にだけ参加して良し悪しを判断するのは失礼に当たるな、とりあえず冬までは行ってみよう、と思って参加したのがコミケ63でした。

――ここまで話しても誠実なエピソードしか出てこないのかと、度肝を抜かれています。

初コミケの目当ては『FFXI』

 

 今回はここまで。次回からはようやく東方の話に入ります。尊王さんが初めて手に入れた東方原作、そして記念すべき「第一回博麗神社例大祭」に参加した話を、一般参加者目線からの貴重なエピソードとともにお伺いします。

(第二回に続く)

その男は幼少期から変わらず“のめり込んで”いた――最強の一般参加者「尊王」氏、独占インタビュー おわり