ゲーム音楽とオペラが交わるとき――Opera Dots:泉志谷 忠和 / 松﨑 国生インタビュー
泉志谷 忠和 / 松﨑 国生インタビュー
「文化芸術の豊かな感動を全ての人に」を理念に掲げるイノベーションファーム・YHIAISMが立ち上げた、世界初のゲーム音楽オペラプロジェクト『Opera Dots』。
ゲーム音楽とクラシック音楽の融和を担うOpera Dotsは、第一弾となる公演『幻想郷への組曲』で、東方Project(以下:東方)を題材として選んだ。
オペラと東方、この一見交わりのない両者は、はたしてどのような融和を見せるのか。
YHIAISMの創業者であり、Opera Dotsをプロデュースする泉志谷 忠和氏、『幻想郷への組曲』にて編曲を務める松﨑 国生氏のおふたりにお話をうかがった。
聞き手:紡 / 西河紅葉
文・写真:紡
泉志谷 忠和
米国遊学後、慶應義塾大学SFC卒業。
インテル株式会社を経て、2013年、生演奏をより多くの人に届けるべく日本初のゲーム音楽を専門とするプロ交響楽団JAGMOを創設、代表取締役CEOに就任。オーケストラのプロデューサーとして2年で5万人超動員の興行ブランドに育て、NHK音楽祭出演、外務省後援を得て海外公演を展開。
2016年、M&Aを経て引退。文化政策・文化芸術事業の研究行う。2021年、文化芸術の持続可能な発展のためイノベーションファーム YHIAISM(イア・イズム)創業。芸術文化のイノベーションリーダー育成・支援プログラム Cultural Innovation Leadership(CIL)創設。
(YHIAISMより引用)
松﨑 国生
作曲家。編曲、ヴァイオリン、ヴィオラ、ピアノ奏者。
くらしき作陽大学音楽学部音楽学科弦楽器専修ヴァイオリン専攻卒業。平成25年度くらしき作陽大学特待生。同大学平成25年度卒業・修了演奏会出演。2013年、第9回「I am a solist」でソリストとして岡山フィルハーモニック管弦楽団と共演。2014年、第47回岡山県新人演奏会出演。
2014~2019年、ゲーム音楽によるプロ・オーケストラ「JAGMO」に編曲家として参加。NHK音楽祭2016~2019「シンフォニック・ゲーマーズ 1~4」に編曲家として参加。
(Opera Dotsより引用)
ゲーム音楽との出会い
――おふたりは、年代的にはファイナルファンタジーやドラゴンクエストといったゲームに親しんだ世代かと思いますが、子どものころからそういったゲーム音楽への興味はあったのでしょうか。
泉志谷:
僕は、両親がどちらもゲーマーだったんですよ。ネオドライブやPC-98などのゲームハードも実家にありました。だから、ゲームというものが身近にあったんです。
両親はどちらも音楽の仕事をしていまして、どちらかといえばポップスやロックの分野にいる人間だったんですね。よく言うじゃないですか、思春期に親からロックを聴くなと言われて反抗心でロックを聴く、みたいな。
僕の場合はそれが逆だったんですね。親が電子音楽、つまり電気の通った音楽をしていたものだから、反抗期はクラシックを好きだったりして。
――普通は逆ですよね。
泉志谷:
そんな家庭だったので、ドラゴンクエストのようなゲームも親と一緒に遊んでいました。
家にはゲームだけではなく、すぎやまこういち先生のCDもあって、まるでクラシックの曲のように感じました。「これだ!!」と感動したのは覚えています。初めての発表会もドラゴンクエストⅥの『木漏れ日の中で』でした。同じように、ファイナルファンタジーもⅤの時代に母親と遊んでいて、ゲーム音楽が好きになっていきました。
――当時としては珍しいことかと思いますが、ゲーム文化に対して理解の深いご両親だったのですね。
泉志谷:
すごく幸福なことだったと思います。ゲームに関しては、僕が勝手に進めると母に怒られるんです。
――なるほど、一緒にやってるから(笑)。
泉志谷:
そうです。大阪生まれなので「アンタなんかやったやろ」みたいな。当時の母と今の僕が同じくらいの年齢なので、今なら怒る気持ちも分かります(笑)。
――その後、泉志谷さんは高校時代にアメリカへ留学。帰国後に大学を卒業して、そこから数年後にJAGMO(※)を創設されますよね。
※JAGMO
正式名称はJApan Game Music Orchestra。「ゲーム音楽を音楽史に残る文化にする」を理念とした、日本初のゲーム音楽プロ交響楽団。
JAGMO
また、ここでEIKI`(※)さんにも触れておきたいのですが……
泉志谷:
あ、EIKI`さんご存知なんですね。
――私たちのメディアでも過去にインタビューを取らせていただいたことがありまして。
※EIKI`
サークル・illuCalab.代表。元任天堂所属のゲーム開発者。
代表作に『幻走スカイドリフト』など。
illuCalab.
泉志谷:
実は、彼とは毎日LINEするくらい仲が良いんですよ。もともとは大学の同級生なんです。僕は9月入学だったので、同期生も20人くらいと少人数のコミュニティでした。彼はそのうちのひとりで、首席入学でしたね。EIKI`さんの挨拶を聞いて、すごい人がいるなと思ってたら仲良くなっていました。
――そんな縁があったんですね。
泉志谷:
ZUNさんをご紹介いただいたのも彼なんです。EIKI`さんが任天堂に勤めていたころ、彼は京都にいたんですけど、そこで僕とZUNさんが偶然京都に滞在しているタイミングがあって、じゃあ京都で会いましょうと引き合わせてもらいました。
それまでは、ニコニコ動画で見る程度だった東方の文化を教えてくれたのも実は彼でした。「東方って面白いから勉強したほうがいいよ」って。大学時代から、僕と東方の出会いは始まってますね。
――ありがとうございます。松﨑さんにもお伺いしたいのですが、Opera Dotsのプロジェクトには、どのような経緯で関わることになったのでしょうか。
松﨑:
僕は岡山の大学でヴァイオリンを専攻していたんですけど、僕の教わっていた森悠子先生のもとに、JAGMOで指揮者をされていた吉田誠さんが訪れたことがあって。そのときに、「東京でJAGMOっていうオーケストラやるから、一回試しにやってみない」とお誘いいただいて、泉志谷さんに引き合わせていただいたんです。
泉志谷:
僕も彼から「天才がいるから話してみて」と電話を渡され、松崎さんといろいろお話しさせていただいて、そのときに何のゲームが好きですかと聞いたら「クロノ・トリガーです」と。「じゃあクロノ・トリガーだ!」ってことで、お任せすることになりました。
松﨑:
当時、僕はどちらかというとクラシック畑の人間でした。母も父もクラシックが好きだったのもありますね。いわゆるバロック音楽という、バッハやヘンデル、ヴィヴァルディといった音楽家が流行った時代の音楽です。今と比べると楽譜の書き方がシンプルで、わりと縦割りのリズムが多いのが特徴です。僕はそういったチャカチャカしたリズムが好きなんですよね。
カービィに話を戻すと、カービィはあまり生演奏向きの曲ではなくて、おもしろいことに後ろではチャカチャカ鳴ってるんですけど、メロディライン自体は軍歌やアメリカ民謡に近いんです。
ポップミュージックの大きな特徴にシンコペーション(※)というものがあって、たとえばZUNさんの曲だと、『少女さとり』の「ダーンダラダダ、ダッダッダッダッ」が縦割りになっていて、「チャーチャララータラララーラララー」までが普通の流れなんですけど、続く「タッタンタランタンタン」がフックになっているんです。
※シンコペーション
音楽で、強拍と弱拍の位置を本来の場所からずらしてリズムに変化を与えること。
(原曲『少女さとり ~ 3rd eye』から一部抜粋にて引用)
こういうのが面白いところですよね。すいません、だいぶ脱線しました(笑)。
一同:
(笑)
松﨑:
ゲーム音楽とクラシックの話としては、2002年に開催された『大乱闘スマッシュブラザーズDXオーケストラコンサート』のCDを聴いたときの体験が印象的でした。
ゲーム音楽って、今はもう生オーケストラで収録したりするんですけど、当時は良い意味で「ゲーム音楽」という感じの時代。それが生オーケストラになったときの鳥肌が立つ感覚、すごい覚えてます。当時のゲーム音楽がオーケストラになったとき、一瞬笑いが来るんです。「こんなに豪華になるんか」みたいな笑いが。そういった二次創作的な面白さがありました。
松﨑さん、マリオの曲どれでも弾いてくれるんですよ
ひとつ上の世代から受けた影響に、自分なりの解釈を加えてアウトプットしていくのが面白い
松﨑:
僕が東方を知ったのはニコニコ動画からなんですけど、今のニコニコ動画ってボーカロイドの人気がまた盛り返してるじゃないですか。そのなかで、ハチさんの『マトリョシカ』の転調の仕方とか、僕ずっとポスト東方だと思ってるんですけどね。
――そのお話、もっと深く聞きたいです。
松﨑:
そこまで詳しくは語れないです(笑)。
でも、あれは間違いなくポスト東方です。そこから遡って、ZUNさんはYMOの影響を受けているとされるじゃないですか。ほかにも坂本龍一さんに代表されるような、70~80年代の、ふくよかで切れ味の良いシンセサウンドの影響というのは、ZUNさんの曲にモロに出ていますよね。そういった、それぞれがひとつ上の世代から受けた影響に、自分なりの解釈を加えてアウトプットしていくのが面白いですよね。
これも少し脱線しますけど、オリジナリティというのは、「何を選び取るか」だと思うんですよね。元ネタを自分で選んで、どのように組み立て直したか、そこにオリジナリティが出るのかな。
泉志谷:
東方はそれを引き出してくれるよね。
――こうした視点というのは、音楽家の方からすると、連綿とつながっているのが見える感じなんでしょうか。
松﨑:
文脈的なものは見えますね。
東方が、ゲームを越えた文化圏、ひとつの共通言語みたいになってますよね
――『幻想郷への組曲』は東方とオペラという、今まで見たことがない組み合わせもあって、東方ファンからの関心も高いものになっています。会場チケットが手に入らなかったという声も多く聞きました。
泉志谷:
本来であれば、より収容人数の多い会場を取りたかったのが本音です。ただ、コロナ禍の状況において、万が一中止になることだけは避けたかった。演者の数も極力抑えて、その上で最高の舞台にできる人数にして、できるだけ中止にはしないことを第一に考えました。その結果、席数が少なくなってしまったのは申し訳ないと思っています。
――そこは時節柄、仕方ない部分ですよね。会場に関するお話が出ましたが、当日はプロジェクションマッピングのような演出があるのでしょうか。
東方Project オペラ公演「幻想郷への組曲」会場演出準備の様子。サロンのような霞町音楽堂に、幻想郷の世界が現れます。デルタ電子様の最高峰のプロジェクターを通じ、画家の中山晃子さんによるAlive Paintingが投影されます。配信映像だからこそ見える世界も。#operadotshttps://t.co/YvMbaW3ug2 pic.twitter.com/tKvDLlVgHS
— YHIAISM イア・イズム Official 公式 (@YHIAISM) November 26, 2021
泉志谷:
そうなんです。こちらは東京2020オリンピックの閉会式も手掛けられた、画家の中山晃子さんに参加いただいています。
泉志谷:
実は彼女も東方好きで、今回お声がけしたら「東方だったらやります」、「弾幕とか作りましょうよ」って(笑)。
――それはすごい(笑)。
泉志谷:
今回の演出では、あらかじめ作ったCGなどの映像ではなくて、すべてリアルタイムで生み出される映像を使います。Alive Paintingと呼ばれる手法で、さまざまな素材と水を組み合わせた映像表現となります。
――そういった手法でのプロジェクションマッピングは見たことがないだけに、実際に映像として動いている様子が楽しみです。
泉志谷:
同じようなケースでは、指揮者でご参加いただいている石川征太郎さんも東方好きのひとりです。リハーサル中も率先して、「弾幕というはこういうものです」と説明されていました。まるでクラシックの作曲家の生きた社会背景を述べるようで、ゲームオペラの公演とはこうあるべきだと確信しました。
泉志谷:
彼はリアルタイムで東方原作を遊んでいて、ZUNさんのことも尊敬して、東方の音楽をよく聴いていたと聞きました。
オーケストラの演奏というのは、このパートはゆるやかにとか、ここは激しくとか、そういった演奏上の表現が指揮者に委ねられています。石川さんは、クラシック音楽の高い素養を持ちながら、十分なバランスを保って「原曲はこうだから、ここはもう、突っ切っちゃいましょう」と、ゲーム音楽にも寄り添った指揮をなされているんです。
松﨑:
マエストロ(石川さん)はガチ勢だから。
泉志谷:
我々は変なこと言えないですね(笑)。
――僕らを含め、オーケストラに縁のある東方ユーザーは決して多くはないと思うんです。そこで、こうしたお話を聞くと、東方を通じた接点を感じることができて嬉しいですね。
泉志谷:
東方が、ゲームを越えた文化圏、ひとつの共通言語みたいになってますよね。
こっちもガチでかかるのだから、立ち向かわないと
泉志谷:
配信に関しては、日本国外ではアジア圏をはじめとして、ヨーロッパや北米の方を中心にチケットを買っていただいています。
――オペラという興行で配信をするというのは、以前からあるものなんですか。
泉志谷:
配信自体はありましたね。ただ、やはりコロナ禍になってからとても増えました。これまでは、現地の劇場に行かないと聴くことができないような海外のオペラが配信で公開されるようになって、その点はファンにとって大変嬉しいですね。
――今回の公演で、初めてオペラを鑑賞する東方ユーザーも多いかと思いますが、オペラはどうしても畏まって鑑賞するものだというイメージがあります。
泉志谷:
そこはもう、皆さんが持っている東方の知識だけをご用意いただいて、気楽に聴いていただければと思います。東方らしく、最後は「めでたし、めでたし」で終わるようなお話になっていますので。
――公演時間はおおよそ1時間半とお聞きしていますが、その時間で20数曲を演奏されるわけですよね。相当なボリューム感だと思うのですが。
松﨑:
そうですね。東方アレンジは、大まかに分けると原曲に忠実なものと、チャレンジングなものに分かれるじゃないですか。僕としては、そのバランスがすごく大事だと思って、1時間半という時間で、そのどちらかに偏っていたら、どれだけ曲が好きでも飽きちゃうんですよね。その偏りが起きないように、それぞれをバランスよく配分しています。
――今回はオーケストラではなくオペラということで、ストーリーがありますよね。これはまず脚本があって、それに対して曲を決めていくのでしょうか。
泉志谷:
そうです。先に詩が上がってきて、この詩にはこの曲が必要だなと吟味していくんです。
松﨑:
先程のバランスの話にも関わってきますが、ひとつの幕に重めの曲が偏ることがあったとしても、それもまたバランスのひとつではあるんです。ただ曲を並べるだけではメドレーになってしまう。そもそもの話として、ZUNさんの曲というのは、打ち込みだから成立する曲もあるわけです。その原曲をそのまま弾くということ自体が不可能です。であれば、あえて演奏することの意義とはなんだろう、と。
ZUNさんが作られている素晴らしい名曲は、ゲーム音楽というジャンル、デバイスを通すことで最善の結果が出るのだと思います。それをそのまま移し替えるようなことは、僕は一番避けたい。オーケストラに向けて組み直す、再解釈することが大事だと思う。別の媒体でやるとしたら、それなりの変化が絶対必要になる。元ネタをリスペクトするのであれば、それは尚更しなければならない。
こっちもガチでかかるのだから、立ち向かわないと。
――松﨑さんのように音楽を生業にされている方から見た、東方楽曲の良さについてもお聞きしたいです。どういったところを魅力だと感じますか。
松﨑:
バラエティーです。東方原曲に対してよく言われることとして、コード進行はだいたい一緒なんです。そのコード進行のなかで行われている多様さに魅力を感じます。あとは音の美しさ。聴いていて楽しいですね。
音楽って、すごく言語化しにくいところがあって、これは東方も含めたポップ音楽にあるものとして、「土の匂いが強い」とでも言うのでしょうか。そういった、ある種の「雑味」が強烈な喜びになることがあるわけです。この雑味というのは、クラシックではなかなか手が出しにくいものなんです。文化圏が違えば、まったく違ってくるんですよね。
僕は、東方がインターネットの民謡になりつつあると思うんです。令和の時代の民謡、民話として、僕はすごく土の香りのするコンテンツだと思っていて、そこが魅力的だと思います。
ZUNさんが作った東方という原点を基にした、新しいクラシックを目指したいですね。
泉志谷:
奏者にとっても「この楽譜はおもしろい」という気持ちを引き出したいですね。ゲーム音楽が歴史に残る、未来のクラシック音楽になるという思いを持ってもらえるような編曲が本公演には必要です。
詩や脚本、楽曲の解釈に加え、奏者の解釈も入ってきて、オペラというひとつの対象に多重の解釈が連なっていく。それがどこかでつまづいてしまえば、その解釈がばらばらになってしまいます。ですが、彼が作曲家として取ってくれたバランスは、演奏者の気持ちも乗ってくるようなものになっています。音楽家が聴いても楽しめるというのは、相当なものだと思います。
それこそ、クラシックに慣れ親しんでいる音楽家の方にも聴いてもらって、すごいねと言わせたい。一泡吹かせたいですね。
幻想郷にいるキャラクターとの対話で、人間はどう生きるべきか問いかけてくれるんじゃないかと思った
――Opera Dotsとしては初回となる公演で、なぜ東方を選んだのでしょうか。
泉志谷:
ZUNさんの存在ですね。彼の思想に共感があったからです。
一度ZUNさんご本人とお話しさせていただいたときに、ZUNさんは元ネタから解釈が広がっていくことを是としているクリエイターであると感じました。そんな人が作った東方で何かを表現すれば、おもしろいことが起きるのではないかと、ずっと思っていて。
JAGMOを立ち上げたとき、2016年に東方のオーケストラコンサートをやらせていただいて、もちろん、素晴らしいコンサートになったんです。ただ、そこに僕が何かお返しできるような、彼の思想に対して解釈を返せたかというと、そうではなかったなと。それが、ずっと引っかかっていたんですよね。
それで、今度ゲームに携わる仕事をするのであれば、何か物語を付与したものをやろうと決めていました。2016年にJAGMOを引退して、5年くらい悶々と、ずっと考えていたんです。そのなかで、あのとき返せなかったものを返してみようという気持ちから、オペラをやらせて頂けないかとご相談の連絡をしました。
――物語は僕らも気になっているところです。大丈夫な範囲で、ストーリーについてもお聞きしてよろしいでしょうか。
泉志谷:
少しネタバレになるかもしれませんが、プレイヤーとキャラクターの間には、画面があるじゃないですか。画面という名の壁が、重要な要素のひとつです。配信の場合だと、さらにもうひとつ壁がありますよね。つまり、配信で聴いている人の画面です。そこにも演出は切り込みます。
――配信で聴いている人には、配信ならではの楽しみ方が用意されていると。
泉志谷:
そうです。第四の壁が出てくるんです。その壁は、配信で聴いている方のほうが楽しめるものになっています。
このアイデアは、実はToby Fox(※)さんの『UNDERTALE』からきています。作中で、プレイヤーキャラクターがこちらに語りかけてくる演出がきっかけとなっています。僕にとって忘れられない体験で、ゲームの中にまだ自分の知らない世界があるかもしれないとぞっとしました。
※Toby Fox
ゲームクリエイター。インディーゲーム『UNDERTALE』の制作者であり、作品の主要部分を個人で制作したことでも知られる。
影響を受けた作品として東方Projectをあげており、2018年にはZUN氏との対談も実現している。『UNDERTALE』トビー・フォックス×『東方』ZUN×Onion Games木村祥朗鼎談──自分が幸せでいられる道を進んだらこうなった──同人の魂、インディーの自由を大いに語る
また、壁というコンセプトは安部公房さんの『壁』という小説のモチーフを取り入れています。
――Opera Dotsは「人間とは何か」をテーマに掲げていますが、その点も脚本に関係してくるのでしょうか。
本プロジェクトは、経済的打撃を受けた文化芸術業界に対し、文化庁補助対象事業として日本発・世界展開 持続的な文化経済圏の創造を目指します。題材は「人間とは何か」を問い、デジタル世界のゲームと、現実の人間の差異を熟慮する新作のオペラ作品です。
(Opera Dotsより引用)
泉志谷:
「人間とは何か」というのは、近代以降に科学技術が発達して、科学こそが人間を救ってくれると信じてきた時代があって、その後の資本主義につながっていきますよね。
ずっと成長することが大事で、それが自分たちの生活を豊かにしてくれると信じて、時代が進んできた。ただ、それって本当に正しいのかと揺り戻しが出てくる時代になった。人間というものは、そもそも何だったのだろうかと考える必要性はあるよねと話はしていました。
――この点はYHIAISMの理念にもある「文化芸術の豊かな感動を全ての人に」に通じるものがありますよね。Opera DotsはYHIAISMのプロジェクトのひとつという枠組みかと思いますが、泉志谷さんが目指すものとして、文化芸術を楽しむことで、失われている心の豊かさを得ようとする理念が共通しているものと思います。
文化芸術は人間の思想にはじまり、形而上から文明や技術を経て形而下のものとして認知される。それら全てのものは、人間の身体、精神によって発信・受信が繰り返され、文化が生まれ、ときに芸術となる。うつろいゆく人間社会の構造や、国家のあり方を見定め、隔たりを補完することで、文化芸術による心の動き、豊かな『感動』を、全ての人が享受でき得る世界を築くことが、YHIAISMの理念である。
(YHIAISMより引用)
泉志谷:
もちろん、我々は豊かさの恩恵からもう離れることはできません。ただ、そのなかで自然とどう付き合っていくのかと考えたときに、都心に住んでいる人間と、幻想郷にいるキャラクターとの対話で、人間はどう生きるべきか問いかけてくれるんじゃないかと思ったのが、この作品のスタート地点になっています。このテーマが表現できているかについては、詩を読んでいただければ、良い感触を得ていただけると感じています。
お話の登場人物に、“魂が壊れそうなプレイヤー”がいるんですね。都心に来て、毎日人間らしくない、命があってないような生活をしているなかで、自分が心を開けるゲームの画面を見つめている。一方、ゲームのキャラクターも、プレイヤーを見つめているんです。
脚本の作りとしては現代劇寄りですね。オペラと聞くと古典的なイメージがありますが、現代では挑戦的なものも多いんですよ。
――脚本に関しては、川宮史紀仁さんのインタビューでも言及されてますよね。今のお話を聞いて、より楽しみになりました。
「ゲーム」と「オペラ」が平等な関係として融和する 全く新しいジャンル “東方”オペラオーケストラ『幻想郷への組曲』 詩・脚本 川宮史紀仁 氏 インタビュー
――今回の公演が終わったあとの展開などはございますか。
泉志谷:
今後は、できれば再演をしたいと思っています。JAGMOのときには、再演の部分に注力できませんでした。『幻想郷への組曲』というパッケージを、海外でも再演してほしいですね。『幻想郷への組曲』は日本語詩のオペラなので、海外の東方が好きな方が、日本語を勉強して日本語で歌っていただきたい。そうすることで、日本語の美しさが広がってほしいです。
今回の公演では現地の席数をほとんどご用意できなかったので、国内でも再演が叶った際には、ぜひ生演奏も聴いてほしいですね。
本当に、奇跡的に集まったようなメンバーなんです
僕らとしては、東方ファンの方に聴いていただけるのが一番です
泉志谷:
ストーリーの終わりについてですが、最後は、私の考える東方らしい終わり方で締めくくっています。
原作者のZUNさん、企画に携わってくれた仲間たち、演奏者の方々、演奏を聴いてくれた皆さま、最後に東方の世界の皆さまに向けて、感謝を表す意味を込めました。
松﨑:
配信を見てくださる方も、ぜひ画面の向こうから合いの手を入れて、一緒に楽しんでください。
泉志谷:
最後はちゃんと、「めでたし、めでたし」で救済されるようになっているストーリーなので、僕らとしては、東方ファンの方に聴いていただけるのが一番です。
また、配信期間が年末年始をまたぐこともあって、実験的なんですけどカウントダウンやってみましょうと話しているんです。31日に、同時に視聴を始めていただいて、ちょうどいいタイミングで年が明けるようにしたい。みんなで祝うことができれば最高です。
『幻想郷への組曲』配信情報
演目:東方Project オペラ 『幻想郷への組曲』
配信日:2021年12月30日 (木) – 2022年1月5日 (水)
主催:YHIAISM株式会社
⽂化庁「ARTS for the future!」補助対象事業
© 上海アリス幻樂団配信チケット(12月30日〜1月5日 世界配信)
Normal 配信を観る程度のチケット 4,800 円
特典:①デジタルパンフレット(別名:攻略本)Extra 素敵な配信チケット 8,800 円
特典:①デジタルパンフレット(別名:攻略本)②限定特典付きの公演映像・音源データPhantasm 完全な配信チケット 11,900 円
特典:①デジタルパンフレット(別名:攻略本)②限定特典付きの公演映像・音源データ ③限定発売音源「幻想郷のフラメンコ弦楽団」データ*ご購入時には別途購入手数料を頂戴いたします。
【プログラム】
Bad Apple!!
少女綺想曲 ~ Dream Battle
竹取飛翔 ~ Lunatic Princess
人形裁判 ~ 人の形弄びし少女
上海紅茶館 ~ Chinese Tea
おてんば恋娘
恋色マスタースパーク
幽霊楽団 ~ Phantom Ensemble
感情の摩天楼 ~ Cosmic Mind
幽雅に咲かせ、墨染の桜 ~Border of Life
ネクロファンタジア
霊知の太陽信仰 ~ Nuclear Fusion
月時計 ~ ルナ・ダイアル
月まで届け、不死の煙
U.N.オーエンは彼女なのか?
亡き王女の為のセプテット
信仰は儚き人間の為に
フォールオブフォール ~ 秋めく滝
平安のエイリアン
ハルトマンの妖怪少女
六十年目の東方裁判 ~ Fate of Sixty Years
少女さとり ~ 3rd eye
ネイティブフェイス【公演概要】
出演:
尾池亜美(コンサートマスター)
村松稔之(カウンターテナー)
山下裕賀(メゾソプラノ)他Alive Painting:中山晃子
編曲:松﨑国生
詩・脚本:川宮史紀仁
プロデュース:泉志谷忠和⽂化庁「ARTS for the future!」補助対象事業
協力:ZAIKO illuCalab. ツカノマレーベル
主催:YHIAISM 株式会社Key Visual:ヒトこもる
Image Visual:箱星ぽた
Pixel Art:モケモ
© 上海アリス幻樂団 © Opera Dots © YHIAISM
ゲーム音楽とオペラが交わるとき――Opera Dots:泉志谷 忠和 / 松﨑 国生インタビュー おわり