東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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風神録のルーツを巡る諏訪の旅(前編)――東葉旅人の聖地巡礼手引き

東葉旅人の聖地巡礼手引き

 初めましてこんにちは。暇を見つけては東方の聖地巡礼をしている東葉旅人です。前回までの記事を読んでくれている方はお久しぶりです。本記事からは甲信越の聖地巡礼として、山梨県・長野県・新潟県にある東方Projectの元ネタ要素を紹介させていただきます。

 2022年4月から諏訪で御柱祭が開催され、長野市の善光寺では日本最古の仏像と同じ姿をしている前立本尊が御開帳されます。ともに6年(数え年では7年)に一度開催される盛大なお祭りで、東方ネタ的な要素もあります。一大行事が同年・同時期に重なるこの機会に、長野や隣接する地域での聖地巡礼はいかがでしょうか。

 まずは甲信越シリーズの初回として、『東方風神録』で登場した守矢神社関係の元ネタが豊富な、諏訪大社の上社を中心とした聖地を取り上げていきます。

 

諏訪大社上社と神の末裔たち

 四社に分かれている諏訪大社の中でも静かな雰囲気の「上社前宮」。どの諏訪大社もそうですが、八坂神奈子の元ネタと思われる諏訪明神(建御名方命と八坂刀売命)が祀られています。中世では諏訪地方の祭政の中心地であり、諏訪信仰発祥の地と伝えられている前宮は、御祭神以外に東方の元ネタ要素がふたつ存在しています。

 ひとつは『東方風神録』ジャケットの背景として使用されている「二之御柱」で、前宮本殿から左手方向に進んだ先にそびえ立っています。御柱祭の度に代替わりするため、2007年以前に撮影されたジャケット背景の物とは違いますが、至近距離でじっくりと眺めることができます。

 この御柱は諏訪を象徴する物のひとつで、他の三社では一部の御柱にしか近づけないのに対して、前宮では四方を囲む全ての御柱に接近することが可能となっています。

 もうひとつは風神録EX道中で八坂神奈子が使用するスペルカード、神符「水眼の如き美しき源泉」の元ネタです。これは前宮本殿から1km程度進んだ場所にある山中の源流が元ネタだと思われます。

 源泉付近には砂防ダムや治水碑が存在し、山の神も祀られているので、『東方茨歌仙』1巻で語られていた内容と重なる要素もあります。源泉から湧き出た水眼の清流は前宮の境内まで続いており、二之御柱や本殿前に向かう坂の脇では心地良い音を立てています。

 上社前宮から同じく諏訪大社四社である上社本宮に向かう途中には風祝である東風谷早苗の元ネタと思われる神の子孫たちに関係する場所があります。

 まず紹介するのが、風祝と同じく現人神として祀られる対象であり、建御名方命の子孫である大祝が住んでいた「旧大祝邸跡」。住宅地の中で奥まった位置にあるので、事前に調べておくことをおすすめします。

 建物の中に入ることはできませんが、敷地内に入って住居を外側から眺めることはできます。現在あるものは文政十三年(1830年)に焼失した後に再建された住居で、近現代の大きな改修跡はあるが一部は当時の姿を現在まで残しているとのことです。元々、大祝の住居は上社前宮の敷地内(御守りや御朱印の受付をしている授与所付近)にありましたが、安土桃山時代に旧大祝邸跡の位置に移転しています。

 大祝の住居があった前宮の一帯は神原と呼ばれていて、今も昔も重要な神事が行われている場所です。近くには大祝が即位する際に最初に訪れて衣装を着たと伝わっている鶏冠社や、諏訪明神の祖霊が宿るといわれる御神宝が安置されていた内御玉殿が現在も確認できます。

 御神宝である弥栄(やさか)の鈴を持ち、真澄の鏡を掛け、馬具を携えた大祝は現身の諏訪明神そのものだと伝わっています。八坂神奈子が鏡を掛けているのは、これが元ネタであったりするのかもしれません。

 東風谷早苗の元ネタに関係するもうひとつの場所が、「神長官守矢資料館」です。こちらは前宮から本宮に向かう際に多くの人が利用するであろう道沿いに入口があり、見つけやすい施設です。

 この神長官とは大祝を補佐してきた守矢家のことで、一子相伝の秘術を持ち、祖先は建御名方命の入諏以前からの土着神といわれています。風祝である東風谷早苗の元ネタは、共通点がある「大祝」と「神長官」の両者だと思われます。

 資料館という名がついているように、ここは守矢家の文書を保存するための施設で、平成3年(1991年)に茅野市によって建てられました。様々な資料に基づいた情報がまとめられている刊行物も販売されているので、より詳しい元ネタを知りたいという場合にもおすすめです。ちなみに資料館の屋根に設置されている柱には、御柱祭の御用材を決める際に使用される神器の薙鎌が打ち込まれています。

 資料館のある守矢家の敷地内には「祈祷殿」があります。神長官以外の何人たりともたずさわるのを許されない一子相伝の祈祷が、この場所に籠って行われたという記録が数多く残されています。早苗が風神録5面道中に使用するスペルカードの元ネタは、ここで行われた祈祷だと思われます。

 敷地入口から見て奥側には「御頭御社宮司総社」が存在しています。境内には複数の神社が並んでいますが、階段を上がってすぐ正面にある神社で祀られている神様が、洩矢諏訪子が束ねているとされスペルカードにもなっている「ミシャグジさま」の元ネタにあたります。総社と付いているように、諏訪地方におけるミシャグジ(表記は多種多様)祭祀の中枢として重んじられている地です。

 前宮とともに、大祝と神長官が影響を及ぼしていた「上社本宮」。ここにもスペルカードの元ネタになっている要素が複数あります。幣拝殿と片拝殿のみで、本殿を持たない独持の様式である諏訪造りの中でも代表的なもので、四社の中で一番多くの建造物が残っています。

 現在は保存修理工事の最中で、全ての作業が終了するのは2025年末予定のため、訪問した時期によっては見られない場所もあるかもしれません。

 慶長十三年(1608年)に建てられたこの四脚門は、現存する中では本宮で最も古い建築物です。かつて大祝だけが通れた場所で、ここから諏訪明神が降臨した場所である「硯石」に登って行きました。門の脇から見上げられるこの硯石は、諏訪子のスペルカードにもなっている土着神「七つの石と七つの木」の内のひとつとして数えられています。

 この四脚門の入口となる布橋を中心とした場所は、2022年5月末まで保存修理工事が行われる予定です。両隣にある宝殿の遷座祭は6月15日に行われ、これは御柱祭の一環でもあります。

 四脚門近くの階段を降りた場所には「天流水舎」という建物があり、これが神奈子のスペルカードである天流「お天水の奇跡」の元ネタだと思われます。どんな晴天の日でも屋根上の穴から雫が三滴は落ちてくるという諏訪の七不思議に数えられ、この水を雨乞いに使うと必ず雨が降ると言い伝えられています。

 天流水舎の右隣には「上社筒粥殿跡」があります。四社の中では下社春宮のみで行われている筒粥神事ですが、昔はこの本宮でも行われていました。神奈子のスペルカードには筒粥神事に関係している物が複数ありますが、忘穀「アンリメンバードクロップ」はこの場所で行われた神事が元になっているのかもしれません。

 前宮方面の本宮境内入口には、階橋と呼ばれる橋があります。この下には御手洗川が流れており、この辺りでは元旦の朝に「蛙狩神事」が行われます。当日には必ずカエルが見つかるとされ、前日の大雨で洪水になり神事を行うのが危ぶまれた宝永四年(1707年)の元旦でさえも、この階橋の上でカエルが座っていたとのことです。

 諏訪子のスペルカードである蛙狩「蛙は口ゆえ蛇に呑まるる」と土着神「宝永四年の赤蛙」は、この神事が元ネタだと思われます。

住所・アクセス

諏訪大社 上社前宮
長野県茅野市宮川2030

最寄り駅:
茅野駅(JR中央本線)
西口より約2.3km 徒歩29分程度
上社本宮から約1.5km 徒歩19分程度

 

旧大祝邸跡
長野県諏訪市中洲1606

上社前宮から約1.4km 徒歩18分程度
上社本宮から約1.2km 徒歩15分程度

 

神長官守矢資料館
長野県茅野市宮川389-1

上社前宮から約670m 徒歩9分程度
上社本宮から約800m 徒歩10分程度
開館時間 9:00~16:30
休館日 毎週月曜 祝日の翌日
入館料 100円

 

諏訪大社 上社本宮
長野県諏訪市中洲宮山1

最寄り駅:
茅野駅(JR中央本線)
西口より約3.8km 徒歩48分程度

上諏訪駅(JR中央本線)よりバスで30~60分程度
下車後徒歩ですぐ

 

上社周辺の神社たち

 四社ある諏訪大社以外にも、東方の元ネタに関係している神社が複数あります。「葛井神社」という場所もそうであり、社殿の裏にある葛井池で行われる神事が、神奈子が使用するスペルカードである神秘「葛井の清水」の元ネタだと思われます。

 これは諏訪大社上社の神事でもあり、一年の始まりに行われる「蛙狩り神事」に対して、一年の終わりに行われる「御手幣送り神事」という名のものです。寅の刻(午前4時)に池に投げ入れた幣帛(神へ奉納した物)が、卯の刻(午前6時)に遠州(現在の静岡県西部)のさなぎの池に浮かび上がるという伝承から諏訪七不思議に数えられています。

 8世紀から13世紀頃は諏訪湖の湖面が標高765m付近にあり、標高759mである現在より面積が広大であったようです。同じく標高765m付近にある葛井池と諏訪湖はほぼ一体と言えるような距離で、諏訪湖から流れる天竜川を通り遠州に到達したのではないかと考えられています。

 諏訪子のスペルカードにもある「手長足長さま」という名。この元になっているのは、下桑原にある「手長神社」(画像2番目)御祭神の手摩乳命と、上桑原にある「足長神社」(画像3番目)御祭神の足摩乳神だと思われます。諏訪において手長足長さまは建御名方命に随従する神とされているようです。

 御神渡り(詳しくは次回の記事で紹介)の瞬間を見ようとした人物が氷上で待っていると、虚空から「手長はいるか、目障りなものを排除せよ」といった旨の声を聞いた後に突如熟睡してしまい、翌朝目覚めたら遠州のさなぎの社(静岡)にいたと伝わっています。

 少々入り組んだ道ではありますが、手長神社から更に坂を登っていくと、諏訪湖が見渡せる「立石公園」に到着します。この公園は直接的に東方ネタが絡んでいるわけではないですが、諏訪地域の中心とも言える場所を一望できる絶景ポイントなのでおすすめです。直接行きたい場合、上諏訪駅から公園の近くまで路線バスも出ています。

 神奈子のスペルカードである贄符「御射山御狩神事」。この元ネタだと思われるのが、上社側と下社側(こちらは次回の記事で紹介)に存在している「御射山社」で行われる御射山祭です。鎌倉時代や室町時代は「御射山御狩神事」という名で呼ばれ、狩りや武芸の腕を競う祭りとして盛大でした。

 上社御射山社のある八ヶ岳西麓は古くから原山と呼ばれ、縄文時代には狩猟や採集をしながら人々が生活していた場所です。この原山の語呂合わせで「 はらやま=腹を病まない 」として厄除・健康祈願をするようにもなり、現在では子供も大勢参加するにぎやかなお祭りです。

 上社側の御射山社境内には、関係者に提供する料理を作るための穂屋という仮小屋があり、その付近には小祠が集まっています。建御名方命の神輿を担いで、これらの小祠を巡り参拝をするのが御射山祭のメイン行事のようです。

 小祠のひとつでは初代大祝も祀られ、境内案内図ではと伝大祝有員公廟と表記されています。ちなみに大祝の墓地は守矢資料館の近くにも存在しています。

住所・アクセス

葛井神社
長野県茅野市ちの414

最寄り駅:
茅野駅(JR中央本線)
西口より約1.6km 徒歩20分程度

 

手長神社(三の鳥居付近)
長野県諏訪市上諏訪9556

最寄り駅:
上諏訪駅(JR中央本線)
霧ヶ峰口(東口)より約550m 徒歩7分程度

 

立石公園
長野県諏訪市上諏訪10399

手長神社 三の鳥居より約1.9km 徒歩24分程度
上諏訪駅諏訪湖口(西口)から東山線(かりんちゃん子バス)に約17分乗車
立石町という停留所で下車して徒歩10分程度

 

足長神社
長野県諏訪市四賀普門寺5426-2付近

最寄り駅:
上諏訪駅(JR中央本線)
霧ヶ峰口(東口)より約3.6km 徒歩45分程度
茅野駅からは約4.2km

 

上社御射山社
長野県諏訪郡富士見町富士見富原11982付近

すずらんの里駅(JR中央本線)より約1.9km 徒歩24分程度

 

御柱祭関係

『東方風神録』6面で八坂神奈子が最初に使用するスペルカード、神祭「エクスパンデッド・オンバシラ」。このスペルカードの元ネタは「祭」とあるように、諏訪を象徴する一大行事の「御柱祭」だと思われます。正式名称は「式年造営御柱大祭」といい7年目毎、寅と申の年に行われます。慣例により数え年で7年と表記されますが、日常感覚的には6年に一度と書いたほうが分かりやすいかもしれません。

 2022年の諏訪大社上社側では、山出しが4月2日(土)~4日(月)、里曳きが5月3日(火)~5日(木)という日程になっています。今回の御柱祭は、長野県が独自に6段階で設ける感染警戒レベルにかかわらず、観覧席を除いて見物は諏訪圏域の住民以外は控えるよう要請されるとのことです。とはいえ、コロナウイルス感染対策がなくても、その時期に都合がつかず諏訪を訪問できない人もいると思います。そんな場合でも通年で楽しめる御柱祭関係(上社側)の場所を紹介します。

 徒歩で上社前宮に行く際に、多くの人が起点にするであろう茅野駅。前宮に行く途中で、少し反対方向に進むと「木落し公園」があります。4月に行われる御柱祭(山出し)での見せ場のひとつであり、この坂を文字通り御柱が落ちていきます。

 坂の上には「目処梃子」が付けられている御柱が展示されています。この目処梃子は御柱を曳行(引っ張って進むこと)する際に氏子が乗って舵取りの役目を担うもので、その様子が神奈子のスペルカードである奇祭「目処梃子乱舞」の元ネタだと思われます。下社側の御柱祭では付いてなく、上社側でしか見られないものです。

 ここに限らず展示されてる御柱は、御柱祭に伴い代替わりされた物が使用されています。時期が近づくとしばらく見えなくなり、筆者が2021年10月末に訪れた時にはもうありませんでした。少なくとも2022年5月以降にならないと、新しい御柱は設置されないと思われます。

 上社前宮に行く途中には「川越し公園」という場所もあり、そちらでも御柱が展示されています。「木落し公園」と同様に4月の御柱祭(山出し)での見せ場であり、残雪の八ヶ岳を背景に水の中を進んでいきます。これは御柱を川の雪解け水で洗い清める意味があるといわれています。近くには御柱屋敷と呼ばれる空間があり、そこで5月の御柱祭(里曳き)まで安置されることになります。

 上社本宮のすぐ近くには、諏訪市博物館という施設があります。ここは諏訪大社の信仰を含めた風土・歴史を紹介している場所で、1階の「おんばしら情報ルーム」という常設の展示で詳しく説明がされています。「すわ大昔情報センター」という多数の歴史資料を収蔵しているコーナーもあり、本格的な調べ物をしたい際にもおすすめの施設です。

住所・アクセス

木落し公園(上社側)
長野県茅野市宮川4628

最寄り駅:
茅野駅(JR中央本線)
西口より約930m 徒歩12分程度
川越し公園までは約1.3km 徒歩17分程度

 

川越し公園(上社側)
長野県茅野市宮川3903

最寄り駅:
茅野駅(JR中央本線)
西口より約1.4km 徒歩18分程度
上社前宮までは約950m 徒歩12分程度

 

諏訪市博物館
長野県諏訪市中洲171-2

上社本宮から約240m 徒歩3分程度
開館時間 9:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日 毎週月曜 祝日の翌日
入館料 310円

 

ゆっくりしていってね!!

 本記事の最後に、原作の元ネタに関係しているわけではないですが、東方好きの人ならばきっと楽しめるであろう場所を紹介します。それは諏訪大社上社前宮の本殿からすぐ近くという絶好の立地にある喫茶店で、「茶処山里」という名前です。

 一見ごく普通のお店ですが、中に入るとイラストやぬいぐるみなど東方関係の物が嫌みにならない程度に配置され、棚の中にある諏訪信仰に関する本や東方の聖地巡礼本なども読むことができます。今まで訪れた東方ファンが書き込み続けて5冊目になった交流ノートもあり、この記事に興味を持ってくれている人ならば必ず楽しめる空間となっています。

 飲食面に関しても、そば湯付きのざるそば(温かいそばもあります)・ところてん・リンゴジュースなど、長野・諏訪名物を気軽に楽しめるのも魅力です。提供時の季節に合わせているように見受けられるお菓子付きの飲物セットもあり、疲れた体を休めるにはもってこいです。

 カウンター席からは一之御柱と二之御柱を望むことが可能で、東方要素を抜きにしても良い風景を楽しめます。その立地から東方を知らない人も大勢利用しているので、羽目を外して迷惑をかけるのは避けたいですが、思わず長居したくなるお店です。

営業時間は大体11時から16時程度で、11月末頃から3月上旬頃までは冬期休業となっています。それ以外の時期も不定休ですので、事前にTwitterのアカウント(@maemiyayamazato)をチェックしておくのをおすすめします。

 

後書き

 本記事をご覧いただきありがとうございました!

 一部の東方が好きな人の間では、「諏訪はコンビニ」と言われています。込めている意味は人それぞれだとは思いますが、そう言われる理由のひとつとして膨大な量の東方ネタがあり、コンビニ感覚で通っても飽きないというのがあると思います。そのため、諏訪の聖地巡礼記事は前編と後編に分割という形式になりました。次回の記事では諏訪大社の下社を中心に紹介していきますので、よろしくお願いします。

風神録のルーツを巡る諏訪の旅(前編)――東葉旅人の聖地巡礼手引き おわり

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