
「これが石鹸屋だ、ここからも石鹸屋だ」 FloweringNight2020 石鹸屋ライブレポート
FloweringNight2020 石鹸屋ライブレポート

CLUB CITTA’ KAWASAKIというライブハウスは、1300人というキャパシティに加え、2階にはライブバーCLUB CITT’A’TTICが併設されているため、クローズドサーキットイベントも開催可能な会場だ。オールナイトイベントも多く開催されている。
だがこの日は無観客生配信ライブ。1階のフロアを出ると、目の前に広がるのはがらんどうのロッカールームだ。薄暗いエントランスホールをぼんやりと眺めていると、大勢の人で賑わっていた過去の景色が脳裏に過る。汗だくの観客たちが座って休憩しているなかを割って歩いたこと、トイレの行列を見て溜息をついたこと、煙たくなった喫煙スペースで談笑する人々の気怠い笑顔が眩しかったこと――感染症の影響なんてなければ、きっとこの日も同じような光景がここで繰り広げられていたはずだ。
観客でひしめき合うはずだった1階のフロアには配信システムが整備されており、その下手後方にはZUN氏、是空とおる氏、伴龍一郎氏によるMCブースが。わたしはその真逆に位置する、上手の後方からステージを観ていた。
すぐそばに配置されたiPadにはリアルタイムでFloweringNightのニコニコ生放送が流れ、「現地に行きたい」「生で観たい」というコメントが散見する。2009年のフラワリの映像を友人とニコニコ動画で観ていた11年前の自分のことや、自分の置かれている状況を客観視し、とても贅沢な経験をさせていただいていることをあらためて噛みしめた。
音楽ライターを生業とするものの、生でライブを観るのは約4ヶ月半ぶりだった。久し振りに生音を浴びてつくづく実感したことは「生でなければ感じられないものがある」ということだ。画面越しでは取り繕えることも、生では誤魔化しがきかない。太っ腹なことに無料配信され、終演後にアーカイブもしばらく公開されたFloweringNight2020。そのレポートを現地に潜入したうえで観て書くのであれば、その生の空気感を文章で伝えられなければ意味がないだろう。
そんな使命感にも近い想いを抱えていると、MCチームの「幽雅に咲かせ、FloweringNight!!!」の掛け声のあとに、舞台袖からメンバーたちの咆哮が響いた。ピンと張ったよく通る特徴的な高音――2番手に登場するのは石鹸屋だ。
これが石鹸屋だ、ここからも石鹸屋だ
「LIVE PHANTOM」をSEにサポートメンバーであるHumans oulのベーシスト・内山博登と、ギタリスト・小林ヒロトが順々に登場。そしてhellnianがガッツポーズをして叫びながらドラムに着き、振袖を翻しながら秀三が颯爽とステージに現れる。
石鹸屋がフラワリに出演するのは2011年ぶり。その頃と比べるとギター兼サブボーカルだった秀三がひとりでメインボーカルを張り、hellnianはトレードマークのモヒカンから坊主頭になりと、それなりの変化もある。だが秀三の和装は、記憶が正しければかなり昔の衣装。ミニ丈の袴から覗く脚線美は時代を経ようとも変わることもない。反射的に「相変わらず脚きれい~」と声が出てしまった。ストレートの白いウィッグに、折り鶴のヘアアクセサリーも映える。
襷とギターを携えた秀三が音を鳴らすと、ライブ定番曲でもある「EX妖魔疾走【百鬼夜行の大行進】」でスタート。ダンスビートなどを取り入れた、各々のプレイテクニックが発揮される楽曲ゆえ、4人が前のめりの演奏を繰り広げる。CLUB CITTA’中に自分たちの音が渦巻いていく様子を、存分に楽しんでいるようだ。サビの(観客と一緒に手をふる)ワイパーも、ラストの「いってらっしゃいませー!」の絶叫も欠かさない。
冒頭決め台詞でお馴染みの「待たせたな石鹸屋だ!」と言うべきところで、「これが石鹸屋だ!」と締めの台詞を口走りそうになって慌てる姿もご愛敬。少々うわずった空気感も、久し振りのステージに高揚しているからこそだろう。
「1曲目で終わっちゃうかと思った」とぼそっとツッコミを入れた秀三は、すぐに「どうもはじめまして石鹸屋です!」「新人です!」と勢いよく切り返す。「今日はZUNさんとかビートなんとかとかいろんな人がいるんだけど、お客さんだけがいないという不思議なライブに呼ばれて、新人石鹸屋はとってもうれしいです!」とフレッシュ新人キャラでMCをすると、「君たちを8回くらい殺すセットリストを用意して参ったので今すぐ殺す!」と宣言。絶叫混じりで語尾が聞き取りづらい彼のMCも、石鹸屋のライブの醍醐味である。
「ってゐ!~えいえんてゐver.~」では対バン相手がフロアで暴れまわり「ってゐ!」コールやクラップ、かごめかごめのシンガロングが巻き起こる。やはりこのファストナンバーでギタリストたちによるメタル的展開のフレーズの迫力は格別だ。暴力的なまでに高いテンションで突き抜けると、ドラムに乗せて突如「明星ロケット」や「儚きもの人間」、「Unknown Girl」など対バン相手の曲でコール&レスポンスを始め、その勢いのまま「id恋し いと恋し」になだれ込む。がむしゃらにいろんなものをぶっ壊していくやりたい放題の型破り感がまた爽快。この説得力のあるパワープレイ、15年以上新人をしているだけある。
秀三はフロアにいるビートまりおと「2008年のフラワリ直前にCOOL&CREATEと一緒に秋葉原で予行練習みたいなライブをしたときの空気感と似てる」という旨の会話を交わすと、「あとの3バンドには申し訳ないけど、今年のFloweringNightは豚乙女と石鹸屋しか出なかったね!みたいな感じになるのが理想です!」と笑わせる。
その言葉を証明するかのように、ギターソロも堪能できる軽快ながらにクールかつ哀愁漂う「紅いアムール」、メタルテイストの「東方妖々夢 ~the maximum moving about~」、ライブのキラーチューン「さっきゅんライト」と3曲ぶっ続けに披露。秀三がひとりでメインボーカルを務めるようになった石鹸屋は「楽器隊」のみで構成されており、秀三の声質も相まってかボーカルも「歌」という概念からはみ出した飛び道具的な意味合いも果たしている。音のスケールが一つひとつ大きく、この3曲のセクションはそれらがぶつかり合い弾け合うことで大きな爆発力を生んでいた。
だが石鹸屋の根幹であり最大の魅力は、はちゃめちゃに暴れまわるこの自由度だろうか? パズルの欠けたピースが見つからないような心境を抱えていると、秀三が長めのMCをした。
出演オファーを受けたのはどうやら1年半ほど前らしく、当時の彼は「なんでいまさらフラワリなんだ?」「全員博麗神社うた祭やニコニコ超会議に出ているから目新しさがないじゃないか」と思ったという。だがこの社会情勢になり、必要なのは目新しさではなく、このタイミングにFloweringNightは呼ばれたのではないかと思った――その旨を口にした彼は「いつも最後に『これが石鹸屋だ』と言うんですけど、今日は『これが石鹸屋だ、ここからも石鹸屋だ』ということでひとつ、よろしくお願いします」と笑顔を浮かべた。
演奏されたのはロックバラード「月と星の蓮台野へ」。一音一音に確かな熱を封じ込めていくように、4人が丁寧に音を重ねていく。そう、石鹸屋の根幹にあるのはこのロマンチシズムだ。それを全員が音で語るという構図も非常にロックバンドらしいし、ウェットにならない秀三のボーカルは暗闇で進むべき道を照らすように明るく響く。
4人の音色が完全に混ざり合った情熱的なアウトロから、秀三がギターで爪弾き始めて「東方萃夢想 ~saigetu~」へ。繊細なコードワークと残響音が、彼らの持つ硬派な成分を存分に引き出す楽曲だ。屈強な歌声を放つ秀三に、身体を振り絞ってサビのコーラスをする小林。しっかりと引いて裏で支える内山。曲が進めば進むほど一心不乱にドラムを叩くhellnian。最後秀三が叫ぶようにフェイクを歌う瞬間、同じくして渾身の力を振り絞るように音を放つhellnianというふたりの姿に、このバンドが形を変えながらも続いている強い理由が迸っていた。
まさに「これが石鹸屋だ、ここからも石鹸屋だ」を演奏で証明するステージ。最後の最後に最高のパズルのピースがはまった、圧巻の40分間だった。
セットリスト
1.EX妖魔疾走【百鬼夜行の大行進】
2.ってゐ!~えいえんてゐVer~
3.id恋し いと恋し
4.紅いアムール
5.東方妖々夢 ~the maximum moving about~
6.さっきゅんライト
7.月と星の蓮台野へ
8.東方萃夢想 ~saigetu~
文:沖 さやこ
撮影:羽柴実里、紡
「これが石鹸屋だ、ここからも石鹸屋だ」 FloweringNight2020 石鹸屋ライブレポート おわり