「もう一度このチームでゲームを作りたい」大人の部活のようにゲームを作った彼らが見据えるその先とは?
【第3回】
児童心理学に注目したシナリオ
——いってつさんは『3rd eye』のシナリオをどんな風に書いてきたんでしょうか。古明寺姉妹を中心に、壊れた家族と姉妹の物語にしたことは興味深いです。
いってつ:
おおまかな話の流れというのは、みんなでちゃんとすり合わせをして決めて、そこから僕がもっと具体的な内容を作っていくという感じでした。
シナリオを通して、こいしが少しずついろんな過去のトラウマを含めた課題を与えられ、それを突破できるかどうか、それができるかできないかでエンディングが変わっていくというのはわりと初期にみんなと話して決まっていました。
チャプター1ではこういう課題があって、チャプター2ではこういう課題があってというのを、実際の子供が成長するに当たってぶつかっていく課題と同じようにしました。
問題がどんどん難しくなっていくんです。チャプター5なんかは正解のほうへ行こうとして間違える人が多かったですね。より細かい部分では子供時代の体験をプレイヤーにも呼び起こさせるような、公園だったり雪原で遊んだりする風景を描いています。
——作中のテキストでジョン・ボウルビィ氏の引用がありますよね。精神科医であり、主に児童の精神分析を行っていた方です。こちらの意図はいかがでしょう、
いってつ:
大学の専攻が教育学だったんですね。もうすでに、手元にテキストがあって、勉強もしていたので、その(子供の)発達段階的な課題というのもどんどん入れようと思ってこういう形になりました。
——ボウルビィ氏が語っていることはシナリオにどう生かされたのでしょうか。
いってつ:
まず、2択の問題を与えられるんです。それをプレイヤーが選ぶわけですけど、そこで良い選択肢を選ぶと、こいしのなかで “発達度”ってステータスが上がっていくんですよ。そうすると、会話もセリフも変わっていきますし、持ち物を触ったときのリアクションも変わっていくんです。
こいしの口調も少しずつ大人に近づいていったり、人の気持ちに寄り添う言動が出てくるんですよ。チャプター1の初めのころは、「人形遊びをみんなで一緒にしましょう」みたいなシーンがあって、自分は(遊んでいて)楽しいって思っている。それは他の人だって当然楽しいんだって感覚が子供にはあるんですよ。
他人と自分が違うという発想がそもそもない。それを乗り越えられるか? というのを描いています。そうすると今度は社会的な問題がちょっと出てきて、たとえばチャプター2だと「一緒に制作するのか? ひとりで制作するのか?」が問われ、チャプター5では「ルールを守るか? 友達のためにルールを破るか?」が問われます。
——シナリオがちょうど子供の発達段階となっているというのはそういうことなんですね。
いってつ:
そうなんです。プレイヤーも『3rd eye』を遊んで、自分の子供時代や、いままでを省みてほしいという思いがありました。
姉のさとりと “秘封俱楽部”が見せる現実
——壁に血文字が浮かんでくると言うのも、海外ホラーの手法ですよね。 “murder”なんて書いてあるところは『シャイニング』だなと。
いってつ:
こいしの部屋では“redrum”なんですけど、姉のさとりの部屋では“murder”なんですよ。
——あらためて、古明寺さとりのキャラクターはどうでしたか。こいしの対照となる姉という印象です。
いってつ:
さとりはもう社会性の象徴っていうか、もう本当に周りの人の目を気にして、自分の妹があんな風になっているから、なんとかこいしにも社会性を身に着けてほしい、大人になってほしいと思っているわけですよ。それがちょっと冷たく出てしまっている。
——(さとりを窓から突き落とし、こいしが竹林へと逃げだしたシーンを見ながら)ここからは現実に入ったことになっているんですよね。
うさまた:
このチャプターの時の、男性陣のやる気がすごかったですよね。
いってつ:
そうなんですよ。僕、さいさん、ニシム監督は秘封俱楽部が大好きなんです。だからああだこうだってね、4時間とか議論して……。
——ここまでで初めて東方の同人らしい匂いのするお話ですね(笑)。どんな話をしたんですか?
さい:
どんな話をしたっけね?
いってつ:
“蓮メリ感 ”? こういうものを作りたいかというより、そろぞれが蓮メリに対してどういうリビドーを持っているかって話してました(笑)。「あ~いいね~」って。
——開陳しあって「よし!」って終わりみたいな(笑)。
いってつ:
それで「よし!作るか!」と(笑)。
うさまた:
なんか今回は今までと雰囲気が違うぞ、と思って見てたんです。今まではことイナリさんが手綱を引いていたけども、これはいってつさんが一番やる気を見せていたので、なんかやり方が変わりそうだなと。
いってつ:
蓮メリだからね(しみじみと)。
うさまた:
(迷いの竹林を歩くシーンを見ながら)これもいってつさんがやろうとしたんですか?
さい:
どうだったかな……迷いの竹林は、僕が最初にそうしようという話をした気がする。最初、このチャプターは初期の構想だと、いろいろと他の要素があったんですよ。
ただこの時期くらいから、ことイナリさんの作画工数がヤバくて、スケジュールもちょっとヤバいなって話になってきて、ことイナリさんの負担を減らすかたちでチャプターをいい感じにするにはどうしようという話になり、「迷いの竹林みたいにすれば、ループで作れるからアセット数も少なくて済むよね」となりました。
東方の原作にも迷いの竹林があるので、「どこまで歩いていても景色が変わらなくって、抜け出せない」という設定を使うことによって、(現実の東方の世界であるという?)整合性を取ると。
――なるほど。原作からサンプリングしたんですね。
さい:
ありかなー、と思いつつ、すごく不安だったんですよ。言ってしまえばずっと同じ景色をプレイヤーは遊び続けることになるので、けっこう退屈に思われないかなってところがすごくありました。
いってつ:
そういう懸念は僕もあって、蓮子とメリーのセリフをすごく増やしたんですよね。
さい:
いってつさんにそうしてもらって、竹林のあちこちに蓮子とメリーを配置して、ストーリーの本質とは関係ないんだけど、いろんなことを二人に喋ってもらって、蓮メリ感をすごく出してもらいました。
――ここの蓮子はすごく男性的ですよね。
さい:
そうですね……好みですね(しみじみと)。
いってつ:
完全に僕の趣味が出てます(笑)。
――だろうな、と思いました(笑)。
いってつ:
僕の中の蓮子はジェンダー的にけっこう男性寄りの人格なんです。別に蓮メリに百合とかは求めてないんです。なんかそういう傾向が……。
うさまた:
すごいこじれた秘封俱楽部のオタクが出てきてる……。
――秘封俱楽部ファンの男性が持つ、セクシャリティのこじれ方はちょっとありますね(笑)。
さい:
すごい印象に残っていた言葉があって、「蓮子が男性性の役割を演じるのは、すごい女性的なんですよ!」っていってつが言ってたのが、すごく個人的に「あっ、なるほどね!」って。
――こういうことを語られて作画をしていたことイナリさんはどうでしたか。
ことイナリ:
いや、言っても自分も秘封俱楽部は好きなので、まあ、ええやんって。
いってつ:
OK~!って。
――秘封俱楽部の良さは多くを語らないんですね(笑)。
いってつ:
メリーって境界が見えるとか超自然的な力を持っているじゃないですか。一方の蓮子はどこにでも時間と場所がわかるというのは、あれは星を見て計算してやっているので、わりと現実的な力じゃないですか。
というところで、蓮子はメリーがどこかへ行ってしまわないように手綱を握るっていうか、守ってあげるっていうか、自分が押さえておかないといけない、というところで男性的な人格があるんです。……公式みたいに言ってるけど(笑)。
さい:
いまのはいってつさんの妄想ですから!
いってつ:
『3rd eye』は本当に危険で、2年間も制作していたから何が公式で何が自分たちの妄想なのかわかんないんですよ!
――皆さんが『3rd eye』の世界に取り込まれてるじゃないですか(笑)!(死んでいるシーンで)ここで僕は意図がわからなかったんですけど、ここで死んでいる蓮子とメリーが出てくるんですけども。
いってつ:
これはね、さっきまで話していた蓮子とメリーと衣装が違うんですよ。
ことイナリ:
(死体は)『蓮台野夜行』の衣装で、歩いている蓮メリは『燕石博物誌』のものなんです。
――じゃあこれは別のユニバースの蓮メリだったと。現実という設定もあって、東方の原作から離れ過ぎないようにしているチャプターですよね。うどんげがちゃんと薬売りしていたり。
ことイナリ:
『東方永夜抄』の立ち絵を見ながら作画しました。
――ここのチャプターは現実だから東方の原作を反映したデザインですけど、主人公のこいしは原作と違い、かなり『3rd eye』ならではのアレンジがありますよね。このあたりのキャラデザインの姿勢はどうでしたか。
ことイナリ:
服のデザイン案みたいな絵を描いたことがあるんですけど、その時は病院の患者服がありますよね。手術を受ける前に着る服で、ボタンが留められていて背中が開いているもじゃないですか。(こいしの服は)あれのイメージなんです。
“第三の目”に2本のコードがありますけど、あれは背中の開いてる穴からでているという設定です。一応タイトル画面でこいしは後ろを向いているので、そこで穴が開いているのが確認できます。
――それはこいしがちょっとした患者のようなイメージも入っていますか。
いってつ:
最初はもっと病院らしさを強く出すイメージだったんです。
――(こいしが自己紹介するシーンまで進める)
いってつ:
『3rd eye』中で、唯一の自己紹介シーンです。他は本物じゃないので。……これはもう、僕は完全に同人誌を書くつもりで脚本を書いていたんです。
ここで目薬を(蓮メリが)差すとこいしが見えるんですよね。それからこいしの存在について蓮子とメリーで議論するんです。「目薬を差したことによって出てくるのは、薬による幻覚ではないか?」でもふたりともまったく同じものが見えているよねって。
これって人間の根源的な何かの象徴なんじゃないの? でもそれにしては具体的すぎるって議論をするんです。それがもう、めっちゃ好きで。
――自分でそこまで!(笑)
いってつ:
自分で作ってこうして見て「面白いな~!」と(興奮気味に)。
さい:
でもそんな小難しい話をするのは、すごく蓮メリって感じがあって、自分も実装していてすごくいいなと思ってました。
――このチャプターは東方の同人らしさと海外インディーゲームらしさが混ざった不思議な印象がありますね。
いってつ:
(蓮子がこいしに目薬のビンをぶつけられるシーンを観ながら)これで蓮子もこいしが見えるようになるんですが、自分では本当は認めたくないんです!(ここでいってつ氏は秘封俱楽部への思い入れを数分ほど語る)
――もともと秘封俱楽部というのが、東方の中でも現実とフィクションの境界線をずっと行き来するようなキャラクターでもありますし、「これは現実なのか虚構なのか」という時に出がちでもありますよね。「自分たちについて言及しているのか、作品について言及しているのかわからない」みたいにだんだんとなっていったりするのをたまに見かけますし。
いってつ:
まさにそういう本を書いたこともあります(笑)。
第三の目と人間の自由意志(※以下ネタバレあり)
——ネタバレになっちゃうんですけど、最後の選択肢は一番『3rd eye』っぽいギミックと思ったんですね。プレイヤーが選択肢を選んだことをこいしが拒むじゃないですか。
いってつ:
これは選べないようになっています。どちらを選んでもこいしが「いや、私が決めるんだ」ってセリフが出てきて、どっちの選択肢も選ばずに進みます。
——この「選べない」ということがすごく『3rd eye』っぽいんです。これはどなたが考えられたんですか?「私が決めるんだ!」っていって、劇中にほとんど出てこなかった青空がフワーって広がるという。
いってつ:
この選択肢は僕の発明です。……ごめんなさい!最後のシーンのイメージはことイナリです。
——ここはすごくいいシーンだと思いました。どういう思いで作られたんですか?
いってつ:
これはふたつの相反する考えがあります。まずひとつは「こいしが大人になった」っていうか、自分で決めるんだという、人に与えられた選択肢じゃなくて、自分で考えてこれから生きていくんだって決意です。
一方で、プレイヤーは選択肢を選べないじゃないですか。「この世界に自由意志はあるのか」?っていう。『3rd eye』とはこいしの持つ “第三の目”に加えて、 “第三者の目”って意図もエンディングで出てきます。
——まさにメタな意味合いがありますよね。
いってつ:
ここまでたどり着いて、プレイヤーは「自分で選べるようになったんだね。よかったねこいしちゃん!」っていう気持ちなんでしょうけど、最後にこいしが「私、ちゃんとしなきゃ。第三の目もあるからね」っていう。
“第三の目”って周りの人の目とか、社会の目だったりするんですよ。いい子になるためには周りの目のことを考えなきゃいけないんですけど、それ(に配慮すること)は自由意思なのかどうか……というところで、最後プレイヤーに意思を渡して、終わるんです。
——プレイヤーもまた観られているんだよね、と。自由意志で選択肢を選んだんだけど、それも観られていたという仕掛けですね。インディーゲームのメタな仕掛けで、最後プレイヤーの存在をゲームプレイで意識させるのは多いんですが、それがゲーム内に留まらず「社会の目に観られている」という含みが面白いですね。
いってつ:
たとえば電車に乗ったとして、「イスに座るのか、座らないか」とか、自分で決めるだけじゃなくて、近くにおばあさんがいて、立ったままでいるのでどうするかみたいな状況があるとします。
自分自身の判断以上に周りの人の目だったり、自分が判断しているように見えるけど、それは他者から受ける影響だったりとか、圧力だとかによって決められたものかもしれない。(その中でやった行動は)自分の自由意志と言えるのか?という。
——人がある環境のなかでやれることが絞られ、ある行動をせざるを得なくなるというのは、環境が行動を決めていることでありそれは自由意志といえるのかどうかという。エンディングのこいしはそういう意味で社会に迎合したのかなとも見えました。……言葉を選ばずに言いますと、性格の悪いストーリーだなと。
いってつ:
いや、悪意ですよね。
——ただ性格の悪いストーリーや社会に迎合することを別に悪いように描いていなくて、やっぱりことイナリさんといってつさんのおふたりが制作について話しているときに「こんな感じで行こう」と思ったんですか?
いってつ:
「そんな感じで行こう」ってなったっけ……?
ことイナリ:
まあ哲学じゃないけど……哲学っていうか……この辺で共有している死生観が強く出ているな、って思います。
——このあたりは海外のインディーゲームと大きな差分と思うんですね。あまり肯定的に書かれるメッセージじゃないと。「社会の目によって決められているんだ!」って、気張るところであって、家族の問題をしょうがないよねってエンディングになることってあんまり観たことがないなと。これは日本の匂いがします。
いってつ:
逆に世の中で、犯罪を起こしちゃった人って、ほとんどの人が「自分から悪いことしてやる」って犯行に及ぶんじゃなくて、お金がないとか、周りからの圧力だとかでやむにやまれずやってしまったとかがほとんどで。
でもそれってその人ひとりだけの責任なんですか? みたいな。社会が犯罪者を生み出したんじゃないか、という話もあるところで、「自由意志は僕らにあるのか、いい子であるためには第三の目が必要で、第三の目のために犯罪を起こすものもいるよね」という。
性善説と性悪説
——「第三の目」とはゲームデザインをはじめ、そうした意味合いが含まれているんですね。チャプター5の展開などはまさにそう感じました。
いってつ:
そうですね。あれはまさにルールをどう受け取るか、という話だったんです。
ことイナリ:
基本的にこのゲームに出てきているキャラクターの言動は、性善説じゃなくて性悪説に基づいているんです。
——なるほど。でもコミカルさもあって、後味悪い感じではないですよね。先ほどお話にでた『不思議の国のアリス』のようだというのはわかります。たとえばチルノ本人は首を斬られて満足してるんですよね。
いってつ:
雪だるまになれた! やったー! なので。
——ことイナリさんやいってつさん自身は性善説・性悪説どちらで見ていますか。
ことイナリ:
基本的に人間は性悪説で見ている節はあるな、ってたまに感じます。
いってつ:
教育学的には「人は性善説」って説を取るんですよね。大体どこの国でも。子供は基本的に善なる存在で、社会的な外圧をうまく制御して、一緒に育ててあげれば悪人ではなくて、善良な市民になるって考えで教育って進められるんです。
僕はずっと(人間は)性悪説だと思っていたんですけど、最近はけっこう性善説です。
——その考え方の転向は興味深いですね。子供から大人になるにつれ、性善説から性悪説と逆になることは多いと思うんですけども。
いってつ:
僕は最近、実際に悪いことをしちゃった人の手記とか、刑務所で、裁判中にどういうことを話したかみたいな本を読んだり、ちょっと前に(Twitterで)バズっていた『ケーキの切れない非行少年たち』という、均等にケーキを切り分けることができない少年院の子供の話を読んでいました。
社会の中で悪いことをしちゃう人って、社会に迎合できないというのはその人の判断で迎合しなかったんじゃなくて、うまく溶け込めなかったからであって、その人自身が最初から悪の存在だったわけじゃない、っていうのを最近は感じています。
——社会の環境というものを注視しているように聞こえます。
いってつ:
悪いことをしたその人ひとりを責めるんですけど、でもその人をそういう風に育てたのは周りの人ですから。家族もそうだし、周囲の人もそうですし、環境自体もそうですし。その人ひとりを本当に責めていいの? みたいに思います。
——白黒の判断のつかないグレーゾーンを見ていこうという形でしょうか。
ことイナリ:
このゲームでは、選択するのは自分でなにをするかを選ぶということで。
いってつ:
でもその選択はあれだよ? 周りからの外圧に強いられたものかもしれない。
ことイナリ:
まあたぶんそういう発想だよね。
——ゲームもそういう意味で難しいですよね。まさにゲームデザインに合わせてゲームをプレイするということは、意図に沿ってやらされているものか、それとも自分が決めているのか。あるいはキャラクターは決めているのかという。
メンバーにとって思い出深いシーン
——『3rd eye』のシーンやギミックを作っていて、これが楽しかったというものはありますか。
さい:
僕が印象深かったのは、……なんだろう、「締め切りやべー!!!」しか頭になかったです。
全員:
(爆笑)
さい:
いってつさんがあれだけ熱く語ってくれた後なのに(笑)!余談なんですけどエンジニアはね、上から降りてきたものを「締め切りやべー!!!」って言いながら作る生き物なので。実現することしかやってなかったです。
いってつ:
週一の会議でも「ぼくがこういうのをやりたいです」って「選択肢がバン! バン! ってあったら、どっちも選ばないで去っていくみたいなのをやりたいです!」って言ったら、さいさんは「じゃあ吹き出しの位置どうしますか?」って(笑)。
さい:
実装できるかどうかの話しかしてない(笑)。
——(笑)。本当に不思議なチームですね。
うさまた:
さいさんは作業している中で、(ゲームで)足りないものを黙って実装する人なんですよ。たとえばシーンの切り替えでは、こいしが画面の端から端まで歩くのは時間がかかるので、ボタンひとつ押したら(別のシーンに)飛べるようになったりとか。さいさんがそれを必要だと思ったからですよ。
——遊びやすくする仕掛けをメンバーに黙って作ったと。
さい:
喋っても伝わらないだろうな、と。
うさまた:
その辺がさいさんらしいなと(笑)。効率の良いやり方。
――うさまたさんは開発で思い出深いシーンはありますか。
うさまた:
各チャプターのオープニングを作っているのはすごく楽しくて、(特に)チャプター3のオープニングぐらいから(凝りました)。
チャプター3までのオープニングって、すごくシンプルなんです。『アメリカン・ホラー・ストーリー』【※】みたいな、すぐに終わるものだったんですけど、そこからもうちょっとストーリー性が出たほうがいいかなと思って、勝手に作りました。
【※】『アメリカン・ホラー・ストーリー』アメリカで放映されたアンソロジー形式のホラードラマ。
——このオープニングは神がかってますね。
うさまた:
このオープニングってスマートフォンが出てくるんですけど、ゲーム本編では出てこないんですよ(笑)。これを作っているとき、まだすべての絵が揃っていなかったので、いまあるもので作ろうとして、勝手に作ったものなんです。正直ゲーム本編と関係ないんです(笑)。
——初期の案ではスマートフォンも出てくる展開でしたか。
いってつ:
全然、予定になかったです。というのも、うさまたさんがオープニングムービーを作るのに使った素材って、ことイナリが毎日描いていた習作の中で描かれたイメージボードなんですよ。
それは本当にざっくりとしたイメージなので、脚本と全然関係ないものがあるわけです。でもうさまたさんはその区別をつけないから、普通にいい素材を拾ってきて、いいものを作って、それを僕が見て「おお!すげえ!」って思いつつ、脚本に入ってないんだけどという。
うさまた:
描いた絵は「これは使うものだろう」と勝手に思っちゃったんですよ(笑)。そこも許されて。
それぞれにとっての『3rd eye』
――そろそろまとめにします。皆さんにとって『3rd eye』プロジェクトとはなんでしたか。
さい:
ゲームの制作の仕方としては、すごく新鮮な体験で、けっこう上手く行った例だと思っています。今後のゲームの作り方としても全然ありだと思っていて、むしろみんなこういうゲームの作り方をもっとしてほしいなって思いすごくあります。
それぞれのメンバーがプロフェッショナリズムを持って、思い思いで作って、こういうものができましたみたいな作り方って、すごく体験として面白いし、できるのであれば他の人にもこの楽しさを伝えたいな、って思います。
――さいさんにとって『3rd eye』はいいモデルケースとなったんですね。
さい:
そうですね。いいモデルケースをひとつ得られたなと思っていて。僕自身にとってよりも(ゲーム制作の)世界にとってよいものになったというか。
――いってつさんにとって『3rd eye』プロジェクトはどうでしたか。
いってつ:
僕は、すごく人間的に成長させてもらえる機会を得られたな、と思っていました。
(ことイナリ氏と)ふたりで一緒に制作はしていたんですけど、でもたったふたりのチームで、同人即売会に本を持って行って、細々と交流するのが関の山だったのが、5人集まってみんなで一緒に走ると、ソニーさんから名刺をもらったりするようになって、世界中からコメントがもらえるようになって、Steamにもゲームを出せるようになったっていう。
人と人が協力するとものすごく大きいものが作れるようになるんだって、肌で実感して「すげー……人間ってすげー」と思いました。
――本当に性善説な展開ですね!
いってつ:
本当にそうなんですよ。小説をひとりで書いていても自分だけの闘いじゃないですか。それをみんなで、僕もいっぱい助けられました。
僕の方でできることで、「プログラムでなこれを調整できないか」ってところを「ついでになんとかします!」だったり、お互いの連携だったり、助け合いだったり、ゲームも全然関係ないやり取りがすごく楽しかったり、死ぬ前にたぶん思い出す時代だろうなと。
――おお、青春ですね。ことイナリさんはいかがでしたか。
ことイナリ:
なんていうんでしょうね、やっぱりこの作品がきっかけで観てくれる人がいろんなところから増えたんですよね。東方以外からも増えて、それこそ日本国外からもめちゃめちゃ増えて、やっぱりそういう意味ではきっかけになったていうか、そんな感じですね。
いってつ:
フリーイラストレーターといってもね、食べていけるようなお金を貰えていない中で、ひとつ掴んだな、みたいな。
ことイナリ:
掴んだっていうか、やっぱり違うことやってみようかなとか自分の中でも思えるようになったきっかけでもあるという。
――なるほど。うさまたさんにとってはどうでしたか。
うさまた:
上手いたとえが思いつかないんですが、……部活みたいだなと(笑)。
全員:
ああ~、もう優勝(笑)。
うさまた:
とても楽しい体験をさせてもらったんですけど、日々、(仕事を)続けていると同じことの繰り返しになってしまうんです。それを学校の授業だと例えると、(『3rd eye』の制作は)息抜きにもなるし、さらに自分を鍛える場として、大人の部活みたいにすごく楽しく過ごせたなと思います。
これからの制作について
――やっぱい未来について聞きたいんですけど、このチームで次回作は考えていますか。皆さん、もう一回ゲームを作りたいと思っていますか?
さい:
このチームだったらやりたいです!僕個人としては、もう一回このチームですごくゲームを作りたいなと思っていて。
――たとえばいってつさん、ことイナリさんのサークル「汁うどん」で考案している作品などありますか。
ことイナリ:
自分がいま、オリジナルの作品を描いているんですよ。Twitterで、オリジナルのハッシュタグを付けて、一枚絵の絵本みたいな感じでキャプションを付けてというのを繰り返しています。
映像で欲しいな、って思うことがあって、だからあわよくば、映像をオリジナルで作りたいなあと思います。
――アニメーションなどですかね。
ことイナリ:
ですね。やっぱり自分で描いた絵を自分でアニメーションしたいですね。カートゥーンアニメみたいな、5分の短編でもいいですし、そういうのを作ってみたいなという欲があるんです。
――いってつさんはいかがですか。
いってつ:
やっぱり、このチームだった是非またやりたいなという気持ちがあって、やっぱり製作の2年間で僕が全然ゲームのことを知らないので、さいさんやみんなと一緒に作り方を考える時間がすごくたくさんあったんですね。
次に作るときは、その時間を圧縮できるはずなので、短い期間でもっといいものが作れるはずなので、また挑戦したいっていう気持ちですね。
――何を作りたいというよりも、もう一度挑戦したいと。
いってつ:
もっと上手くできるはずなんだと思うんです。
――うさまたさんはこれからやっていきたいってことは何ですか。
うさまた:
今回、制作に参加して、横の繋がりが増えたので、いろんな人との繋がりを広げれば、もっと面白いことができそうだなと思いますし、私のわがままを言うと、楽しい体験がしたいので、ことイナリさんとか、自分の好きなイラストレーターさんの応援とか、なにか手伝えることがあれば、それが一番楽しそうだな、と思います。
――さいさんはどうでしょうか。
さい:
僕もうさまたといっしょで、このメンバーで作ったタイトルがすごく楽しくて、あとこのメンバーで体験できる楽しいことっていっぱいあるかなあと思っているので、またこのメンバーでゲームを作れたらいいなあと思います。
いってつ:
冬コミ(取材は2019年12月中旬)で、同人ゲームとして『3rd eye』を見せるのは最後になるんですよ。結構寂しいものがあって。
――この場にいませんが、ニシム監督さんも「またこのチームでやりたい」という思いがありますかね。
さい:
そうですね。感じられますね。……やりましょう!
――おお!これからまた皆さんで中華料理屋で企画会議するんですね(笑)。
うさまた:
このチームの次回作にご期待ください!みたいな(笑)。
いってつ:
なんなら4人でジャンプしましょう(笑)。きららジャンプ(笑)!
『3rd eye』は東方シリーズで性悪説の世界観で、児童の発達や社会との関係も示す、とてもダークなホラーゲームです。これを東方の同人ゲームシーンと、海外のインディーゲームシーンの潮流が混ざり合った、時代的なものだと観ることもできるでしょう。
実際に制作している皆さんにはどんな闇が……と思いきや、実際にお話をうかがってみると、とてもメンバーの仲の良さや信頼が伝わってくるものでした。
実際の制作についても驚かされるお話が多かったです。「企画書もなかった」ことをはじめ、即時チームが解散してもおかしくないような要素がいくつも見られながら、アートディレクション、シナリオ、アニメーション、そしてプログラムから制作進行まで各メンバーがスムーズに連携しており、見事に作り上げていったお話は、ある奇跡をみるかのようで感慨深いものがありました。
この運命のチームが、また新たな作品を制作するとすれば期待できる。そう確信させるチームのムードと制作のお話となりました。
(おわり)
聞き手:葛西祝・斉藤大地
文: 葛西祝
「もう一度このチームでゲームを作りたい」大人の部活のようにゲームを作った彼らが見据えるその先とは? おわり