特集
2020/01/21

Twitterで集まった5人チームの〝企画書がないゲーム〟が完成するという奇跡!!『3rd eye』制作秘話インタビュー

【第1回】

 日本の同人ゲームの老舗である『東方Project』シリーズ。現在、そのファンメイドのゲームは、日本国内の同人のみならずSteamやPS Storeによるリリースをはじめ、国際的なインディーゲーム市場でも展開されています。

 その結果、近年のインディーゲームシーンと東方のキャラクターがクロスする興味深いタイトルも少なくなく見られます。特に色濃く現れているのが『3rd eye』ではないでしょうか。古明地こいしを主人公に、東方のキャラを欧米の絵本やアニメーションのように大胆にアレンジしたデザインで、暗い精神にまつわる物語を展開するからです。

『3rd eye』制作メンバー。左から、うさまた氏、いってつ氏、さい氏。真ん中のぬいぐるみがことイナリ氏。

 異端の東方ファンゲームはいったいどのようにして生まれたのでしょうか?今回は『3rd eye』を制作したメンバーに集まっていただきました。メインビジュアルのことイナリ氏、シナリオのいってつ氏、プログラムのさい氏、アニメーションのうさまた氏からお話をうかがうと、そこにはチームを組んでのゲーム制作を考えれば、偶然や奇跡としか思えないようなエピソードが数多く語られたのです。

 それはどんな奇跡だったのでしょうか? メンバーのインタビューを3回に分けてお送りします。まず今回は、いったいどんなふうに彼らは集まり、『3rd eye』を作ることにきまったのでしょうか?

『3rd eye』公式HPはコチラ
『3rd eye』steamページはコチラ

聞き手:葛西祝・斉藤大地
文: 葛西祝

すべては中華料理屋で始まった

――まず皆さまはどんなかたちで出会ったのでしょうか?

全員:
 (ややざわつきながら)Twitterでだよね? どこから話したらいいだろ……。

さい氏。『3rd eye』ではプログラマーを務める。そのほか制作の進行など、全体をまとめる仕事を行った。

さい:
 今日はここに来ていないんですけど、まず最初は、Ridilってサークルで音楽家をやっているニシム監督が、『東方Project』のアレンジアルバムにことイナリのイラストを使っていたんですよ。
 そのアルバムはすごく反響があって、「もしよかったら、今度は映像作品とかやりたいですね!」って話をニシム監督とことイナリでしていたんです。映像を作るとなったら音と絵はともかくとして、アニメーションだったり、パッケージだったりはどうするんだろうと考えているときに、それとは別にニシム監督が僕に「ゲームを作りませんか?」みたいな話をTwitterでしていました。それでイラストとシナリオ、あとはプログラムに、ニシム監督が音楽を担当してゲームを作ろうって話になったんですね。

――最初はことイナリさんのイラストを生かした映像制作だったんですね。

さい:
 そうですね。ニシム監督がゲームを作りたい方で、当時「ゲームを作ろう!」と思って同人活動を始めたんですけど、プログラマーに逃げられたらしくて。

――メインのデザイナーの意向を汲めなくてプログラマーが出ていくあたりは少数チームでのゲーム制作瓦解あるあるですよね(笑)。

さい:
 ということでニシム監督は音楽を作りつつ同人活動をしていて、僕のほうは僕のほうで同人のゲーム活動をしていました。
 あるときニシム監督がTwitterで「同人ゲームを作るためにサークルを始めたんだけどいまだに作れる気配がない……」というようなツイートをしていまして、僕が「もしよければ一緒に作りませんか?」みたいに軽いリプライをしたら、「おっ!いいですね!」みたいに盛り上がったんです。

いってつ氏。『3rd eye』ではシナリオライターを担当。ことイナリ氏と同人サークル「汁うどん」を運営している。

いってつ:
 そうすると今度ニシム監督のほうから「プログラマーが見つかったので、ゲームを作りましょう」って話がこっち(いってつ氏とことイナリ氏が運営するサークル「汁うどん」)に来たんです。
 ことイナリのところに、DMで「映像って言ってましたけど、やっぱりゲームを作りませんか?」って話が来て、「じゃあちょっと話を聞きに行こう」ってなって、いってつ、ことイナリ、さい、ニシム監督で中華料理屋に集まり、初めての顔合わせをしました。

うさまた氏。『3rd eye』でアニメーションを担当。

うさまた:
 それでゲーム制作がはじまって、「アニメーターが足りない」ってことで、Twitterでニシム監督が募集していたんです。そこに私が乗っかった感じです。

いってつ:
 アニメーションもことイナリが全部手描きでやろうとしていて、最初にさいが「Spine【※1】使いますか?」って、ことイナリに聞いたら「無理です」となって、それなら「アニメーターを呼ぼう」となって。
【※1】「Spine」 2Dアニメーション専用に開発されたソフトウェア。ビデオゲームによく活用されている。

――バンドの結成秘話みたいでワクワクしますね。完全に「当方ボーカル。ギター・ベースを募集」みたいなノリですよ(笑)! 企画はどんな風に固まっていったんですか?

いってつ:
 中華料理屋で顔合わせしたとき、まずお互いに面識がなかったので、最初に自己紹介して、「どんなゲームを作ろうか?」って話になりました。お互いの作品を見せ合ったりとかして、どんなスキルセットがあるか知ったあと、「じゃあ何ゲーを作ろうか?」って話になったんです。

――まだその段階ではイメージは固まってはいないんですね。

いってつ:
 なんとなくホラーゲームかな?みたいなのはありました。ニシム監督は『夜廻』【※2】みたいなホラーゲームがいいんじゃないか?って話していて、ことイナリもああいう画風なので、それがいいんじゃないかって。
【※2】『夜廻』日本一ソフトウェアのゲームソフト。夜の街で少女が懐中電灯を手に姉と愛犬を探していくADV。暗いところに懐中電灯の光を当て、探索を行っているゲームデザインが特徴。

ことイナリ氏。『3rd eye』のキャラクターデザインはじめ、アート全体を担当。(ご本人は顔出しNGのため、かわりにぬいぐるみ)

ことイナリ:
 そもそもニシム監督が「ゲームを作りませんか?」って言いだしてきたのは、自分が(古明地)こいしの絵を書いて、Twitterに上げていたんですよ。その絵に自分でリプライして「こんな感じでこいしが徘徊するゲームが欲しいわ」みたいなことをなんとなくノリで言ったんです。
 そうしたらニシム監督がリプライして「本当に作ります?」みたいなことを言ってきて、そこからあれよあれよと……中華料理屋に行きついて……。

メンバーが影響を受けたインディーゲーム

――『3rd eye』が古明地こいしを主人公にしたのは、 精神の内部に入り込むゲームメカニクスに合わせ、“第3の目”という能力だったり、心を読む能力を持っていることから逆算されたものかと思いました。

いってつ:
 あの絵をニシム監督もすごく気に入っていましたね。

――近年のインディーゲームを思い起こさせるんですね。『Neverending Nightmares』【※3】のような、暗い状況と精神にまつわるタイトルのアプローチや、『Samorost3』【※4】などに似ていて。
【※3】『Neverending Nightmare』悪夢に悩まされる主人公が、自身の精神世界を探索し、悪夢の正体に迫るADV。暗い作風の絵本作家エドワード・ゴーリーに影響を受けたビジュアルも特徴。

【※4】『Samorost 3』 魔法のフルートの力を使って宇宙を旅し、そのフルートがどこからきたのかの謎を探す、不思議な宇宙ノームの冒険を描くADV。絵本のようなビジュアルが特徴。

いってつ:
 まさに中華料理屋でそんな話が出ていましたね。

――画面設計的には『Layers of fear』【※5】に似ているなとずっと思っていました。 
【※5】『Layers of fear』 心を病んだ画家の精神の奥深くへと入り込み、広大なヴィクトリア時代の屋敷を探索する一人称視点のホラーゲーム。

ことイナリ:
 (影響を受けたタイトルは)『Fran Bow』【※6】ですね。その他には『サイレントヒル』とか。

【※6】『Fran Bow』精神を悪くした女の子を主人公にしたADV。処方された薬を飲むと超現実的な世界が見えるようになり、現実と行き来しながら先へ進むゲームプレイを特徴としている。(画像はsteamより)

いってつ:
 そう。それを2Dで、古明寺こいしでやろうとしたんです。

――じゃあそのあたりをベースのイメージとして、企画は固まっていったと。

さい:
 企画が立つまでそんな感じです。何を作るかまではさくさくっと進んで、みんなの考えが共通していたと思います。(いろんなインディーゲームを見ていることについても)YouTubeで動画をシェアしながらDiscordで通話で会議をしていたんです。そこで『Fran Bow』とかこういうゲームはどうなんだとか。
 僕は当時『Fran Bow』を知らなかったので、それで「こういうゲームね、なるほどね」とメンバーと認識を合わせながらやっていました。

――基本的には2Dホラーで、欧米のインディーゲームにあるような、ああいうタッチのものをやろうとしたんですね。ちなみにニシム監督さんはあまり表に出てこないですが、なにか理由があるんでしょうか。

いってつ:
 音楽とか広報ですよね。

さい:
 なんだろう、僕たちを影で操っているような……。

ーー(笑)。職種としてはプロデューサー兼コンポーザーのニシム監督さんがいて、ディレクター兼、進行管理兼プログラマーのさいさんがいて、プランナー兼シナリオライターのいってつさん、そしてアートディレクターのことイナリさんがいる。すごくインディーゲームのチームらしいですよね。東方の同人シーンとも気配が違っていて、新世代といいますか。

いってつ:
 制作委員会制度で作られているので……(笑)。

『東方Project』にいつごろから触れてきたのか

――とはいえ、皆さんはインディーゲームというよりも『東方Project』で創作しているわけですよね。あらためてなんですが、皆さんの東方歴をうかがってもいいですか。

さい:
 そもそも僕は『東方Project』を知ったのが、けっこう最近なんです。最近と言っても2016年くらいに知って、2017年くらいから同人活動始めた感じなので、東方に触れたのがここ2、3年くらいなんです。

――ニシム監督さんに声をかけられてから同人を始めた感じですよね。

さい:
 そうそう、声をかけられるそのちょっと前から東方の同人活動をはじめましたという感じなんですよ。この時点で2作品ほど作っていました。ゲームを作っていて、1作目は東方の秘封倶楽部のキャラクターを押し出したシューティングゲームを作っていて、2作目に博麗霊夢と八雲紫が主人公のアクションパズルを作っていました。東方のよくある二次創作ゲームみたいな感じでしたね。

――その経験からだと、『3rd eye』のプロジェクトはかなり特殊だと思いますがどうでしょうか。

さい:
 そうですね。ニシム監督から声がかかって、始めてみたらなんか制作委員会みたいな方式で始まって、「おっ、これは僕も経験したことがないし、周囲を見渡してもなかなかない進め方してるな」とはちょっと思ったりしました。

――逆に東方歴がそこまでではないからこそ、先入観がなく進められたというのはありませんか。

さい:
 ああ、それはけっこうありますね。あまり周囲で東方の二次創作をやっている人とか、ゲームを作っている人とか知らなかったので、その辺は新鮮な目というか。既存のやり方とかに縛られずに、いい進め方でできればまあいっかという感じでいたので。

――いってつさんはいかがですか?

いってつ:
 僕が『東方Project』を知ったのは、ニコニコ動画のベータの時にずーっと観ていて、それこそ「『ナイト・オブ・ナイツ』 だー!」とか、「石鹸屋だー!」とか、「手描き劇場だー!」っていうのをずっと観ていました。
 大学に入ってから同人活動を始めて、ことイナリと一緒に小説を作ったり、絵本を作ったりっていうのをやっています。なので、東方を知ったのは10年以上前ですね。

――ちなみに皆さんおいくつですか?

さい:
 僕は28歳です。

いってつ:
 25歳です。

ことイナリ:
 26です。

うさまた:
 32です。

――なるほど、皆さんニコニコ世代以下の年代ですね。僕ら(※聞き手は30代半ば)が大学生ぐらいの時がニコニコ動画がドストライクで、いわゆる「ニコ厨」って呼ばれていた世代なんです。皆さんは中高校生でニコ厨になっていますね(笑)。

いってつ:
 そうです、ほんとのニコ厨でした(笑)。

——当時の皆さまにとって、東方の同人シーンってどう捉えていましたか?

いってつ:
 当時は中学生や高校生で、なかなか同人ショップには今以上に行きづらかったと思うんですよ。(都内在住なので)近くにはあるんですよ。なんですけど、得体の知れないっていうか。(ことイナリ氏に向かって)同人ショップって怖い場所じゃなかった? そうでもない?

ことイナリ:
 それよりも(原作の)ゲームが面白かったので、二次創作の同人誌もゲームにもそこまで興味がなかったんですよ。せいぜいPixivで絵を漁るくらいで。

——そこまでズブズブにはハマっていなかった感じでしょうか。

ことイナリ:
 ファンコミュニティにはハマってなかった感じですね。

——あらためて、ことイナリさんの東方歴はどれくらいになりますか?

ことイナリ:
 いってつと同じで2007年あたりのニコニコ動画で『魔理沙は大変なものを盗んでいきました』とか観ていました。ちょうどその時ネットでFlash動画をよく観ていて、そこからニコニコ動画に行って、東方を知った、という感じなんですね。
 そのとき学校の友達が『東方紅魔郷』から『東方風神録』まで全部貸してくれたことがあって、それで原作をプレイしたんですよ。それからズブズブと……みたいな感じです(笑)。

――ことイナリさんはPixivに東方のファンアートを2010年ごろから上げていましたけど、そのとき学生だったんですね。

ことイナリ:
 そうです。高校生でした。

——絵はいつごろから描き始めていましたか?

ことイナリ:
 それは幼稚園とか、そのくらいで。小学校のときに自由帳を何冊も(絵で)埋めているようなタイプでした。

――いってつさんがそもそも小説を書き始めたきっかけはなんですか?

いってつ:
 実は小説は小学校1年生の時から書いていました。
 ものごころついたときにすでに映画が好きだったんですよ。子供ながらに「映画、作りたいな~」ってなんとなく思っていて、いろいろ調べていたところ、映画の元になるのってだいたい本だったりするわけじゃないですか。当時『インディ・ジョーンズ』や『スターウォーズ』のノベライズ本を読んで、原作小説がある作品だと思っていて。
 ということは「本を書いて売れれば、映画を作ってもらえるんだ!」っていう風に思って、小説家になろうと(笑)。

——かわいいきっかけなんですね(笑)。もう同人に行くべくしていった幼少期。

いってつ:
 かわいいやつです(笑)。すっごく無垢なやつす。小1にしてコピー本を作っていました。この前掃除していたら出てきて、裏紙を折って、真ん中を切って8ページの本を作っていたんですね。それを見て「うわあ……同人誌じゃん」と。

——教室の同人誌ですね(笑)。その後、中高の部活動でもやっていましたか?

いってつ:
 大学で演劇部をやっていました。そこで脚本を書いたりしていました。

――いってつさんとおふたりでサークルをやられていますが、どういったかたちで出会ったのでしょうか。

いってつ:
 それはですね、塾がたまたま一緒だったんです(笑)。ことイナリとは違う学校だったですよ。塾で「どういう音楽を聴くの?」みたいな話になったときに、「知らないと思うけど、石鹸屋ってバンドが好きだよ」って話をしたら、ことイナリは知ってたんですよ。ふたりともニコ厨だったのがわかったんです。

ことイナリ:
 「それ、東方のやつでしょ?」って。

いってつ:
 で、高校生のあいだは同人活動はなかなかできないので、ことイナリは絵を描いて、僕は小説を書いていました。そのまま大学に進んで、学校は別だったんですけど、「もうじゃあ、(同人活動)やってみようぜ!」ってなって、ことイナリが画集を作る手伝いをしたり、僕が小説を作って、挿絵を書いてもらったり、絵を一緒に作ったりしていました。……漫画も作ったよね?

ことイナリ:
 うん、漫画も作った。

――いってつさんは東方ではどんなふうな小説をやっていたんですか?

いってつ:
 東方の小説は、昔は現実世界から見た幻想郷ってアプローチが多かったです。東方のキャラクターってだいたい何かしら元ネタがあったりするわけですよね。現実世界からそういう東方の人物だちがどういうふうに観測されるか?って話です。
 自分ですごく気に入っている話が、月を観察していた男が、月面で妖精を見るんです。「月面に妖精がいる!」っていうんですけど、望遠鏡で見えるわけがないと周りにすごくバカにされて、でもムキになって「いや、いるんだよ!見てくれよ」ってどんどん狂っていっちゃうんです。
 それで実際に見ていた妖精がクラウンピースなんです。人を狂気に狩りたてる炎を持つキャラクターで、実はそれが見えていたと。そういうのを書いていましたね。

――不条理文学的ですし、どこか『3rd eye』にも繋がるものがありますね。やはりそうした作品などを多く読んできたのでしょうか。

いってつ:
 うーん……でもいろいろ読んでいるので、不条理文学ばっかりが好きってわけじゃないんです。僕が前に書いた秘封俱楽部の小説も、「エッセイを書きたい!」って願望で本を書いていても全然売れなくて、ああどうしよう……ってなったときに、自分が蓮子とメリーという女の子が旅行している話にしたら売れるだろうと思ってやりはじめたんです。
 でもやっているうちに、自分が蓮子とメリーの境界線が曖昧になっていっておかしくなってしまう、という小説です。やっぱりそういう話が多いですね。

――いってつさんはその他オリジナルの小説も執筆されていますよね。

いってつ:
 実は別のところで、『架空LE』っていって、自分たちで警察組織を考えて、その装備をしてみんなで遊ぶみたいな世界があったりして、そういうところでも遊んでいたりします。

――それだけではなく、いってつさんは写真などもやられていますよね。

いってつ:
 いちばんタチの悪いやつですね(笑)。ずっと小説ばっかりだったので、昔から視覚表現にすごく憧れがあって、写真を始めたんです。それをコミティアに持って行って、一冊も売れなかったりとかして……。

――Instagramに挙げている写真を見させていただいて、サイバーパンクな方向性で面白かったです。いってつさんはいろんな分野に興味をお持ちではと思いました。

いってつ:
 映画がすごく好きなんです。

さい:
 (いってつ氏とことイナリ氏を見ながら)このふたりは映画すごく好きですよ。

――おお、どんな映画を観ていますか?

いってつ:
 ホラーとかSFとかが多いですね。

ことイナリ:
 自分はホラーが多いですね。

――ことイナリさんはそういえばTwitterにも『シャイニング』のイラストを上げられていましたね。……そういえばその続編である『ドクター・スリープ』を観たんですけど超よかったですよ!

いってつ:
 あれはよかったですよね。キューブリック派にもキング派にも優しくて。

——うさまたさんは東方はいつごろから触れてましたか?

うさまた:
 私はですね、学生時代東方にハマった経験はなくて……。『Bad Apple!!』とか流行ってるなー、とかチルノちゃんとかフランちゃんとか人気だなーと思ってたんですけど。私はただTVアニメが好きなだけで、ずっと普通にゲーム会社で社会人をやっていて、 アニメーション制作を受注して、SpriteStudio【※7】というツールで2年間作り続けていたところ、手を動かし続けてスキルは付いたんですが、仕事の内容に疲れてしまって。しんどくなったんです。
 それで自分でも何か作ってみようって考えたんです。いままでお仕事で受けていたアニメーション(キャラや画風)はアニメ塗りがとても多かったんですね。そこでTwitterで募集しているときに、ことイナリさんの絵を観て、「この絵を動かせたら」と思いました。
 そこから3rd eyeの魅力に引き込まれて、自分で描けない絵を動かしたいと考えました。

【※7】 「SpriteStudio」汎用性の高い 2D アニメーション作成ツール。キャラクターのアニメーションやエフェクトなど幅広く使用されている。

——なるほど、東方とはやや距離がある感じでしょうか。

うさまた:
 東方自体は、いま勤めている会社には元タイトーの社員さんがたくさんいらっしゃって、その繋がりで、ZUNさんとの知り合いもとても多くて話を聞いていたので、私もどこかで東方と繋がれないかなと思っていました。

——東方はいつかやりたいと思っていたんですね。横目に見ていて、いつかやりたいものだったと。

うさまた:
 そうですね。いいきっかけになりました。(東方は)なぜ人気があり続けるんだろうと知らない者からすると不思議な感覚がありまして。TVアニメとかそういうとこでも見かけませんし。私、申し訳ないんですけど、そろそろ今年(東方が)なくなるんじゃないかと……。

いってつ:
 言われ続けている……。

——「いつ落ちるのか」と言われ続けていますが、いまだ3000サークルありますからね。

いってつ:
 僕が中学生のときからオワコンって言われ続けていますからね。

——こうしてお話をうかがうと、みなさん東方のシーンに関わりながら、少し距離を置いている感じがありますね。

いってつ:
 今にして思うと、同人即売会に行ったのって大学に入ってからでしたし、東方は好きでしたけど、あんまり……そういう意味では同人のイベントとかには全然行かなかったですし。

ことイナリ:
 それこそ今はTwitterがあるけれど、当時はなかったので、同人イベントは好きな作家の本を買いにいくためのものって思っていて。それを目当てにしていかないとイベント会場ってものすごく大変な所なので、友達からも「行かないほうがいい」って言われていて(笑)。目当ての作家がいないなら、自分は行かなくていいや、と。

——なるほど、皆さんはどこか同人文化から切れている世代だと感じますね。

いってつ:
 ニュースでも2ちゃんねる(現・5ちゃんねる)がすごく叩かれている時代だったので、(ことイナリ氏に向かって)ちょっと怖かったよね? 掲示板とか。

ことイナリ:
 まあ掲示板は見てなかった。

いってつ:
 だから2ちゃんとかに行けば、東方で交流をしている場所があるのは知っていましたが、怖くてなかなか……。

——SNSにあたるコミュニケーションのできる場が無かったんですね。なので、ニコニコ動画を始めとした動画サイトで楽しく観つつ、自分でも二次創作をするという。この世代に特有の消費行動みたいな。

いってつ:
 当時から(ことイナリ氏は)絵を描いてはいたよね?

ことイナリ:
 そうですね。

――まとめますと、東方ってどんなふうに捉えていますか。

いってつ:
 東方ってやっぱり、創作したいって人にすごくやさしい世界なんです。悪く言えば「東方でエロを書けば売れるぜ」みたいなのあるじゃないですか。
 あれって半分本当だと思っていて、東方で書けば誰かが絶対に観てくれて、誰かが絶対反響をくれるから、やっぱりすごく登竜門的な場所と言うか、自分の力を試す場所としてすごくやさしくて、素敵な場所だと思うんです。
 そういう世界を作ってくれたZUNさんだったり、企業として東方と言う世界を継続させようという人たちとか、やっぱりすごくありがたかったな、と『3rd eye』制作の中で思いましたね。

偶然生まれた海外インディーゲーム的な運命のチーム

——『3rd eye』がインディーゲームの流れをスッと受け入れているのは、皆さんの東方同人シーンとの距離感が大きい気がしますね。どこか海外インディーのチーム設計に近いんですよ。東欧のインディーチームみたいに、専門のエンジニアと美大卒のアーティストらが組むみたいな。

いってつ:
 (インディーゲームを知るようになったのも)ニコニコ動画からですね。実況プレイ動画とか。

さい:
 Twitterで話を聞いたりとか。Steamのストアを観ていて「おっ!」ていうよりも、そういうほうが多いですね。

ことイナリ:
 口コミとか。

さい:
 動画などで広まって、気になったらSteamで買うと言う感じですよね。

うさまた:
 私も実況を観ていますね。

——ちなみにゲーム実況ってどなたを観ていますか?

うさまた:
 弟者です。弟者好き……。

ことイナリ:
 ミノル……。

いってつ:
 ぼくは誰とは決まっていないですね。

ことイナリ:
 実況動画よりもプレイ動画をみるほうが多いですね。YouTubeで海外プレイヤーの実況を観ていて。

——なるほど、皆さんSNSやゲーム実況を経由して海外インディーを見ている感じなんですね。

いってつ:
 そうですね。ぼくはゲームを作るなんて夢にも思っていなかったので。(当初は)映像だったらがんばればなんとかいけるんじゃないの? みたいな。

——さきほど、いってつさんは演劇部をやってらっしゃったそうですが、その経験は『3rd eye』でも反映されていませんか。あの作品も少し演劇的な要素がありますし。

いってつ:
 そうですね。『3rd eye』って見た目は舞台と一緒なんですよね。2次元で、奥行きがちょっとあって。僕、このゲームの話の書き方は、ずっと舞台の脚本を書いているイメージだったんです。

さい:
 新作でもちゃんと脚本を作ってくるんですよ。ト書きが入っているんですよ。

いってつ:
 (笑)。ほんとの最初は「脚本を書けば、プログラマーにもアニメーターにも伝わるだろう」と思って書いたんですよ。でも「全然わかりません」って言われてしまって(笑)。

——「これこれ背景がある」とか「ここにこのキャラが現れる」とか書いてあるんですね(笑)。

いってつ:
 ト書きでそんな風に書いたら「わかりません、ちゃんと指定してください!」と。仕様を書けってプログラマーにも言われて、「この木はどこに生やすんですか?ソファーは右にあるんですか? 左にあるんですか?とか」とイラストレーターにも言われ……。

さい:
 何も考えずに(シナリオを)お願いしたら、脚本を渡されて「えっ、これどうしよう……」と。

いってつ:
 ゲームを作ったことがないので、「脚本を渡せば、話の流れがわかるだろうな」って思い込んでいたんですよね。

——いってつさんは東方サークルを長らくやっていらっしゃいますけど、本格的なゲーム制作は『3rd eye』が初めてだったんですね。こういってはなんですが、ここまでにゲーム制作がストップしてしまうような危ないポイントが数多く観られ、本当によく完成まで行きついたと思いましたよ

うさまた:
 お話を聞いていて分かると思うんですけど、企画書がないんですよ。(普通のプロジェクトなら)その時点でもう即死ですよね(笑)。それで私は「あっこれは(察し)楽しもうと」(笑)。

——「5人チームで企画書がない」は本当にヤバいですね……逆によくゲームの完成イメージをメンバーで共有できましたね。まずチーム設計のTwitterでメンバー募集の時点で危なくて、ふつうはそこでうまく出来ないメンバーが入って、揉めて終わっちゃうのがほとんどなんですよ。それを考えると『3rd eye』は運命のチームだなと。

いってつ:
 それは、さいさんがすごく頑張ってくれて……。

さい:
 なんか企画書を作って、カチッと型に嵌めて作っていくのはあんまり向いていなさそうだなあと当時からすごく思っていました。成り行きに身を任せて、いいものができたらそれが一番いいかなと思っていって。
 プログラマーとしてはモノをつくってみんなに見せてイメージを共有しようと感じて進めていましたね。

——ひたすらプロトタイプを作って、みんなで「ああじゃない、こうじゃない」って言い合って進めていったんですね。大分さいさんがプログラマーだけではなく、チームをまとめられている印象があります。

さい:
 そうですね。情報共有が上手く行かないと「絶対にこれ、チームが崩壊するな」と当時からすごく思っていて。

——さいさんはプログラマー兼ディレクター兼、プロジェクトマネージャーですね……うさまたさんは一番ビデオゲーム業界での仕事は長いですよね。通常のお仕事と比べてこのプロジェクトで不安になったことはありませんでしたか。

うさまた:
 ……まあ、そうですね(苦笑)。……企画書がなかったことなど……。参加していて自分は楽しいんですよ。楽しいんですけど、「2ヶ月後のデジゲー博に体験版を出す!」っていうのは一体どういうつもりでスケジュールを組んでいるんだろうと。
 でもとりあえずやってみるかとなると、さいさんが想像以上に仕事のできる方で、いってつさんも初めてのゲーム制作なのにめちゃくちゃ勉強しているんですよ。さいさんもその姿勢に対して教えるんですよ。「こうしたほうが効率がいいよ」って。Excelの本とかプレゼントして。
 それを見て、「あっ、これは大丈夫かもしれない」と思いました。

——お話をうかがっていると、本当にさいさんの面倒見の良さが際立ちますね。そしてみんなすごく真面目なチームだと思います。

うさまた:
 真面目プラス、各メンバーで担当している物が違うじゃないですか。それに対して文句を言わないというか、信頼しているんですよね。それがとても大きかったと思います。

(第2回へ続く)

Twitterで集まった5人チームの〝企画書がないゲーム〟が完成するという奇跡!!『3rd eye』制作秘話インタビュー おわり